2.師匠と弟子と
1.最強の盾
楽園宿舎
そこにジョーズとリムはいた。なぜそこにいるのかも、トールがどうなったのかも分からない。リムもぼんやりとした記憶があるが、どうなったかは分からない。ただ一つ分かる事は、目の前に謎の厳つい男と短パンの少年がいる事だけだ。
そこへソフィアが現れた。
《こんにちは皆さん。こちらにいるのが先日戦死した2代目トール王の次なる王、3代目トール王となります。》
その言葉を聞いてリムは泣き崩れ、ジョーズは下唇を血が出るほどに噛み締めた。2人の心にドス黒い闇のような感覚がまとわりつく。
…
しばらく時間が経ち、2人は落ち着きを取り戻した。
「こいつが3代目?」
「みたいよ?かわいいねぇ。」
プルプルと震える頭に冠を付けた男の子を、リムとジョーズはじっと見つめる。男の子は半ベソをかきながら柱の影からじっと2人を見ていた。
「マジかぁ。俺らは2代目の復讐をしなきゃなのにどーすんだよ?んで、コイツは?」
ジョーズは頭をポリポリと掻きながら、王の側で怖い顔をしながらこちらを睨む大男を指差す。大男は全身に鎧を纏い、背中に大きな盾を背負っている。
「ジョーちゃん、年上に向かってコイツはダメだよ。こんにちは!あなたはだーれ?」
リムもなかなかどうして度胸の座った物言いをする能天気な性格だった。大男は急にニコッと笑顔を見せて答える。
「俺の名前はジーナス。王を支える盾となるべくここにいる。先輩方、ご指導の程よろしく頼みます。」
見た目とは裏腹に、とても丁寧で爽やかな男だった。
3代目トール王 能力:短パン少年
特記事項なし。
ジーナス 能力:イージス
絶対的な防御力を誇る最強の盾『イージス』を持つ大男。イージスを中心として、巨大なバリアを張れる。中心から距離が離れるほど防御力は下がる。
「ジーさん、だな。」
「ジーちゃん、ね!よろしく。」
2人の呼び方は一瞬のうちにほとんど決まった。
「んでどーするよ?3代目はこんなだし、今からの事は俺が決める!でいいよな?」
「私たちにはやらなきゃいけないことがあるしね!」
2人の目には復讐という炎が宿っている。それを見たジーナスが2人に話しかけた。
「先輩方、いったいなにがあったんですか?」
リムとジョーズは今までの経緯を話し、2代目トール王の仇をとらなければ先には進めないという意思を伝えた。
「なるほどですね。失礼ながら。」
そう言いジーナスは鎧の付いた手で2人の頭に1発づつ拳骨をいれる。
「いて。」「痛ーい。」
ジーナスは腰に手を当て、鼻息を荒くして2人を捲し立てる。
「俺たちの王はこちらの3代目トール王様だ。2代目の願いはなんだ?神トールを神王にする事ではないのか?復讐する事が、2代目の願いか?違うだろう?俺たちは生き、強くなり、王を頂点に導くのが使命だ。違うか?」
怖い顔で大声を出すジーナスはそこまで言うと急にニコッと笑う。
「しかし道中でその獣の男に出会ったら、俺たちで引導を渡してやろう。俺がお前たちの最強の盾となろう。」
両手で顔を覆い、リムがうんうんと言いながら涙を流す。
「お前にはわかんねーよデカブツが!」
ジョーズは悪態をついて転がっている樽を蹴り飛ばし部屋から出て行ってしまった。
「ありがとう、ジーちゃん。ジョーちゃんもあんな事言ってたけど、きっと、分かっているから。」
涙を流しお礼を言うリムの頭を、今度は優しく撫でた。
「神様だよ。」
途中から話に飽きて蝶々を追いかけ回していたトールが急に立ち止まり叫び出した。
「港街『ディエゴ』でリリムと落ち合い共に行動せよ。」
それだけ言うと倒れるように眠った。地面すれすれでジーナスに受け止められる。
「がんばりましたね、王。」
ジーナスは腕の中ですやすやと眠るトールを優しい目で見つめた。
2.神7と3天神
一行は港街『ディエゴ』に着いた。
「それでよ、どこ行けばいいんだよオウサマ。」
ジョーズは先程の事でまだ腹の虫が収まっていないらしく嫌な言い方をする。
「お前、嫌い。」
トールはジョーズを指差し、殴りかかろうとするジョーズから逃げるようにジーナスの足元に身を隠し、ベーっと舌をだした。
「はっは、仲がよろしいようで何よりですな。」
ジーナスは大きな声で呑気に笑った。
「やー、あんたらがトール様んとこの子だね!わー!可愛いねぇ。こっちおいでー。」
振り返ると赤色のポニーテールを風になびかせ、ニコニコしながら女性が手を振り近づいてくる。チャイナドレスのような露出の激しい服を着ており、二の腕には『Ⅶ』の文字。よく見るとその後ろに大きな弓を背負った色黒の女と和服の女がいる。
「誰だあんたら?」
ジョーズが弓を構え、警戒体制に入る。
「うちのオウサマに気安く…。」
言う間もなくジーナスの腕からスルッと抜けたトールが女性に抱きついた。胸に顔をうずめ、ニコニコしながら叫ぶ。
「おっぱい!」
女性はそれでも嫌な顔をせずに頭を撫でてスッとこちらを見る。開いた口が塞がらない様子のジョーズたち。
「ふーん。あなたがジョーズ、あなたがリムでそっちの人が…あー、ジーナスね。んでこの子が王様トールってわけね。」
全てを見透かしたかのような言い方をする。
「私はリリム。あなた達の神トールとウチの神リリムは幼馴染なんだ。今日からしばらくは一緒に行動する様に言われてるから、よろしくね!」
ニコニコしながら手を差し出す。ジョーズはフンっとそっぽを向きジーナスはペコリとお辞儀をする。
「リリちゃん、よろしくね!」
リムはリリムの手を取り、ブンブンと振り回した。
「リム…相変わらずな子。元気そうね。」
切ないような、悲しいような瞳でリムを見つめるリリム。
「あんたらみたいなよく分からないやつら、いなくても俺たちだけで十分なんだけどな。」
相変わらず機嫌が悪そうに悪態をつくジョーズ。
刹那、先程までかなり向こうにいた色黒の女性がジョーズの額にピタリと矢の切先を当てる。よく見ると女性の目は琥珀色に輝いていた。
「その目、アンバーアイズ…どうして。」
動揺するジョーズを琥珀色の目でじっと見つめる女性。その殺気に身動きを取れずにいた。
その時パンパンと手を叩く音がする。
「はいはい、そこまでー。マーリーンそれ以上はやめときなさい。」
リリムがそう言うが、マーリーンと呼ばれたその女性は弓を緩める気配がない。
「この少年は王を侮辱した。許されない。」
琥珀色の目に宿る殺気が、ますます強くなる。
「マーリーン、やめろと言っている。」
先程までニコニコとしていたリリムの目に力が入りマーリーンを睨みつける。
「申し訳、ありません。」
一瞬のうちにジョーズの目の前から消え、和服の女性の隣へと戻っていた。あの獣の男の舐めるような殺気とはまた違う、刺すような殺気に当てられたジョーズはその場にへたり込む。
「こいつら…。」
「リリちゃんカッコいい!」
被せるように叫ぶリムは先程のリリムの睨む目を真似して目をキリッとさせている。
「でも、この人達どっかで見たような…?」
思い出そうとしてしばらく考えたが、何も思い出せなかった。
「ごめんねー。さぁて、とりあえずここじゃなんだし、移動しよっか。」
そう言い、全員を先導して少し離れた何もない平原へと向かった。
…
そよそよと風が吹くその平原には一本の大きな木がそびえたっている。その根元に座る一堂に先程の一件は無かったかのようにニコニコしながらリリムは振り向き両手を広げながら話し始める。
「先代の王、食べられちゃったんだってー?」
いつも能天気なリムの顔が強張る。
「てめぇ。」
ジョーズがリリムに殴りかかろうとするが、マーリーンに取り押さえられジタバタとしていた。
「リリム殿、それはあんまりではありませんか?」
さすがのジーナスも怒りをあらわにする。
「現実を受け入れろって言ってんの。」
急にリリムの目が据わる。3人はギョッとした目でリリムを見て、全員目を逸らした。
「あんたらは王を犠牲にして生き残った。それは本来騎士としてあるまじき行為よ。あんたらがしっかりしていたなら、もしかしたら王だけは生き延びられたかもしれない。」
リムとジョーズは血が出るほど下唇を噛み、小刻みに震えて地面を見つめる。その通りだった。命令とはいえ、2人は王を置いて逃げ出したのだ。戦って勝てる相手でないのは明らかだったが、本来生き延びなければいけなかったのは騎士である自分たちでは無く王なのだ。『命令を言い訳にして逃げた』それが現実。
「悔しい?」
問いかけるリリムに2人はコクコクと頷いた。その姿を見たリリムはにっこりと笑い、問う。
「よろしい。仇敵の名前はライズ。神7の1人で‶喰神"と呼ばれる男ね。ライズはまた、必ずあなたたちの前に姿を現す。どうしたい?」
リリムの問いかけに2人は同時に答えた。
『(ぶっ)殺す。』
リリムはうんうんと満足げな笑みを浮かべ、パンっと手を叩く。
「マーリーン、タマキよろしくねー。」
『御意』
言い終わると同時にジョーズとリムはそれぞれに連れ去られた。
「これは?いったいどういう了見ですかな?」
すやすやと眠るトールを抱くジーナスの手に力が入る。痛かったのか、トールは泣き始めた。
「あーららー、ダメよジーナス。子供には優しくしなくちゃ。あの子達は大丈夫。私の箱庭騎士団の精鋭だからね!」
パチリとウインクするリリムを見て、ジーナスは頬を赤らめて目を背けた。
「あなたはあなたのできる事をなさい。修行の間に王をやられたなんて言ったらあの2人に顔向けできないでしょう?」
ジーナスはムッとした顔をして言われるまでも無い、と鼻を鳴らした。
「ジョーズは復讐の闇、リムは後悔の闇がSEEDに溢れていた。負の感情は闇を纏い、SEEDと一緒に成長して大樹になる。傀儡が闇の大樹に覆われた時…もう分かるよね?」
「黒の傀儡になる…か。」
ジーナスは独り言のように呟き、リリムは遠くを見つめた。
「ところでリリム殿、神7とは?」
聞き慣れない言葉にジーナスは疑問を持った。
「あー、そうね。そこは私よりも適任がいるわ。」
リリムがそう呟くと、いつの間にか麦わら帽子の少女がジーナスの横でトール王の頬をつついていた。
《神7について知りたいのですね?》
ソフィアは全て聞いていたと言わんばかりに説明を始める。
神7
現在ヴァルハラウォーズに参戦している中でも特に戦力の高い7人。神7になると称号(二つ名)が与えられる。
その上には更に戦力の高い3神がおり、その3神の事を『3天神』という。
3天神と神7合わせて10神が現在最も神王に近いと言われている。
「ちなみに、最近出た中では。Xの‶喰神"ライズ。私も会った事は無いけれど噂では聞いた事あるよ。」
先日襲ってきたライズはそれほどの大物という事だった。
《上位10人は直接戦った事が無いので強さは序列通りとは限りませんが、強力な騎士『円卓騎士団』を従えている王が多いらしいですよ。出会ったら尻尾をまいて逃げた方がよろしいかと(笑)》
ジーナスは目を瞑り、ボソリと呟く。
「彼らの復讐への道のりは険しいか。俺も、覚悟を決めねばな。」
3.師匠と弟子 side大弓のマーリーン
どのくらい移動したのだろうか。薄暗い森の中でジョーズはあぐらをかき、両手は後ろで縛られている。
「どこだよここ!俺には時間がないんだ。」
マーリーンが暗闇の中からスッと姿を現した。
「お前はなぜ王と共に歩まない?」
その質問に対して目をギラッとさせて答える。
「俺にとっての王様は、2代目だけだ。」
フゥとため息をつき、マーリーンはジョーズの側に腰掛ける。
「何故先代にこだわる?死んだ者は蘇らない。王も言っていたが、現実は受け入れるべきではないのか?」
ジョーズは歯を食いしばり、側に立つ木に思いっきり頭突きをした。
「あんたに言われなくても、分かってるんだよそんな事!」
血が額から滴り落ちる。同時に大粒の涙が流れ落ちた。
「分かってるんだ。だけど…。」
「だけどなんだ?言い訳をするな。お前はお前の騎士としての立場を放棄しているだけだ。」
「うるさい!」
「先代の亡霊を追いかけその先になにがある?」
「黙レ…」
目に怒りがこもる。瞳がドス黒くなり、今にも襲いかかって来そうな目つきでマーリーンを睨んだ。
《これが王の言っていた修羅の感情か…》
「お前の気持ちはよく分かった。試すような事を言って悪かったよ。」
そう言い、マーリーンは自身の髪を結んでいた布でジョーズの額を優しく手当てし、両手を縛った縄を切った。
「先代の事を、とても大切に思っているのだな。」
ジョーズはコクリとうなずき空をボーッと眺める。
「お前の敵は強大だ。もう一度戦ったら死ぬかもしれない。それでも戦うか?」
琥珀色の瞳でじっとジョーズを見つめる。
「王様が死んだのは俺のせいなんだ。俺がちゃんと見ていれば、あんな事にはならなかったんだ。」
「ジョーズのせいではないよ。」
「その後もそうだ。殺気は感じるのに全然見えないんだ。自分の後ろにいるような、みんなの後ろにいるような気味の悪い殺気が怖くて、身動きが取れなかった。」
「そうか。」
「王様が俺とリムを逃そうと動いた時に王様の後ろにいる事が分かったんだ。でも助けに行く事もできなかった。」
「うん。」
「王様の命令で撤退する時も、戻ろうとするリムを、俺が止めたんだ。戻るのが…怖かったんだ。」
「うん。」
「王様が戦っているのが分かってても動けなかった。待つ事しか考えられなかった。だから…」
マーリーンは泣きながら叫ぶジョーズをそっと抱きしめ、優しく頭を撫でる。
「もう大丈夫だ。お前を責められるものなど、どこにもいない。」
そのまま長い時間、ジョーズはマーリーンの胸の中で声が枯れるまで泣いた。
…
「で、ここで何するんだよ?」
真っ赤になった鼻をすすりながら尋ねる。
「私はお前を強くする。お前がお前の手で先代の仇を討つ事ができるように、私は私にできる最大限のサポートをしよう。」
スッと立ち上がり、ジョーズに向けて手を差し伸べる。
「よ、よろしく頼む。」
頬を赫らめ照れ臭そうに目を背けながらも、差し出された手をしっかりと握った。その姿を見たマーリーンは初めてにっこりと微笑んだ。
「所でさ、その目って琥珀眼だよな?武器も『大弓』だし。俺と同じ能力だけど、どういう事だよ?」
初めから気になっていた事を聞いてみる。
「何も、知らないのだな。」
『能力』
同じ能力でも練度とそもそものキャラにより力量が違う。マーリーンはジョーズの上位互換に当たる上、数日前に生み出されたジョーズより練度が段違いに高かった。
より強力な能力ほど同じ能力を持つ者が少なく、特に円卓騎士団と呼ばれる過去のヴァルハラウォーズの際に現神王オーディンの箱庭騎士団であった9つの能力は、1人しか存在しない。2代目トール王の能力である神滅士も下位互換は存在しない。
「ちなみに私の琥珀眼は能力では無く生まれつきだ。」
ウインクをして琥珀眼を見せびらかす。
「ずりーなそれ。俺なんか琥珀眼を使うとすぐ疲れて眠くなっちゃうんだぞ。」
ぶつぶつと言いながら側にある瓦礫の残骸を蹴り飛ばす。
《今の練度では仕方がないか》
マーリーンは腕組みをしながら、ジョーズの話に心の中で返事をした。
「ジョーズ。お前は相手が見えなかったと言ったな?」
「見えなかったんだよ。」
「琥珀眼は見るのでは無く殺気を感じるのだ。敵の殺気を感じて捕捉するんだ。分かるか?」
「分からん。」
やれやれと頭を振るマーリーン。
「まずは、そこからだな。」
「よろしくお願いします!師匠!」
「それから大切な事を伝えておく。」
いつも以上に真面目な顔でジョーズの目を見つめる。
「私達の仕事は援護だ。自分の欲望に囚われてはいけない。目の前に殺したい相手がいても、仲間を信じ今自分が一番倒すべき敵を、自分にしか倒せない敵を討つ。それが役割だ。分かるか?」
琥珀色の眼で見つめられたジョーズは、ニッと笑って親指を立てる。その姿を見て、マーリーンはまたにっこりと微笑んだ。
4.師匠と弟子side巫女のタマキ
どれほどの時間が経ったか分からない。
「ねぇねぇ、お名前は?」
「…」
この押し問答も、いったい何度目だろう。見た目は27.8歳ほどであろうか。物静かで妖艶な女性はこれぞ、巫女といえる格好だ。
「その格好、巫女だよね?いつも換装してるの?」
「…」
虚な目をしたその女性は何も話さない。さすがのリムも大きなため息をついた。
「ため息…いくない…幸せ…逃げる…リリム…言ってた。」
「誰のせいで…って喋ったー?」
驚きの表情でリムが飛び跳ねる。おしゃべりが好きなリムからしたら本当に長い時間に感じたのだろう。
「ねぇねぇ、お名前は?」
「…タマキ。」
「ターちゃんも、巫女なの?」
「…そ。」
「いつも換装しているの?」
「…初めから。」
会話が成立する。なんて喜ばしいのだろうとリムは飛び跳ねる。
でも…
「私が…お前…強くする…リリムの…命令。」
会話のテンポが合わない。話すスピードが遅すぎて聞き取りにくいのだ。耳を傾けてうんうんと一生懸命に聞くリム。
「よろしくね!」
満面の笑みでそう言うが、ニコリともしないタマキを見て危うくまたため息が漏れそうになる。
「…お前…巫女?」
「そうだよー。」
「変な…カッコ。」
「あー、そだよね。見ててね。」
換装 白魔導
リムが詠唱すると全身が白い光に包まれて、やがてタマキと同じ様な格好に変化した。
「おー。」
初めて見る表情の変化だ。パチパチと手を叩くタマキを見て、リムはポリポリと頭をかき照れる。
「狂戦士…は?」
「もっちろん。」
換装 狂戦士
今度は赤い光に包まれ、全身が青い毛に覆われ両手に長く鋭い爪の生えた半獣の姿に変わる。
「でもこれ、恥ずかしいからみんなの前ではやりたくないんだー。」
胸の部分がしっかりとはだけている為、年頃の娘には確かに少し恥ずかしい格好だ。またパチパチと手を叩くタマキ。
「他…は?」
「他!?他は…ないです。」
タマキはガッカリしたような表情を見せる。しかしリムにはこれ以上期待に応える術が無かった。
「…なる。だいたい…分かった…見てて。」
じっとタマキを見つめる。次の瞬間…
「あれ?」
瞬きする間もなく、タマキが狂戦士モードになっている。自分のとほとんど変わらない見た目だが、白魔導の時は綺麗な漆黒の髪だった物が、キラキラの黄金の毛になっていた。
「…イヤン。」
胸の部分をサッと隠すタマキを見て、リムは反射的に目を逸らし謝る。しかし次に視線を送ったその時。
「あれれ?」
またタマキの見た目が変わっている。今度はもう、完全に裸だ。背中からは大きな羽が生え、宙に浮き、全身が輝いているように見える。
「…イヤン。」
驚きじっと見つめるリムに、またタマキが体を隠す素振りを見せるが今度は視線を外さない。しかし、やっぱりいつの間にかタマキは元の巫女の姿に戻っていた。
「なんで?」
自分は換装するのに詠唱と少しの時間が必要なのに、タマキには全くそんな素振りは見えない。だが確実に換装していた。
「…お前…まだまだ。」
リムはしゅんとしながら、しかし今よりもっと先に進める可能性を感じ喜びに震えた。
「先生!私、頑張る!」
いつもの能天気な感じからは想像も付かないハキハキとした声で、リムは応えた。
「…先生?」
いつも無表情なタマキが何故か少し嬉しそうな顔をしているように見えたのだがよく見るとやっぱり無表情だった。
「…1つ…言っておく。」
「はい、先生。」
「巫女は…戦う…事…役割…違うくて。」
「はいっ!」
「仲間を…生かす…事…役割。」
「!?はいっ」
「…絶対に…死なせ…ない…意思が…大切。」
「分かってま…せんでした。」
タマキに見つめられ、リムは後悔を口にする。
「…あの時、前のトーちゃんが死んでしまった時、私は何もしませんでした。きっとリリちゃんの言うように私がサポートしていればトーちゃんは死ななくて済んだのかもしれない。」
リムの頬には涙がつたう。
「ジョーちゃんもあんなに責任を感じなくてよかったのかもしれない。私が…私のせいで…」
涙を流すリムの瞳に漆黒の影が見える。
《負の感情…だな》
ススッとリムの側に近寄るタマキ。
ズビシ
「痛ったー。なんで?」
タマキの見事なチョップがリムの頭に突き刺さる。
「リム…後悔は…先に…立たない…リリムが…言って…たよ…。」
頭をさすりながらタマキを見上げる。
「後ろ…を…はぁ。後ろを振り返る者に未来はない。リム。後悔をするくらいならこの先誰一人として死なせるな。それが私達の役割だ。」
急におしゃべりになったタマキに驚きを隠せないリムだが、その目から影は消えていた。
「…先生…らしい…事…言っちゃ…った。」
タマキは今日一番の満足げな顔を見せた。
「先生は本当はおしゃべりなのかな?」
ニヤニヤしながらタマキの顔を見るが、いつもの無表情のままで返事もない。リムは過去を振り返らず、先に進む決意をした。
5.‶拳神"リリム
リムとジョーズがそれぞれ修行に入ってから、もう3日は経っていた。ジーナス達のいる草原にはたくさんの虫がいるようで、トール王は夢中になって飛び跳ねる虫を追いかけている。
「リリム殿、少しよろしいですかな?」
あぐらをかいて草原に座るジーナスは横で寝転んで昼寝をするリリムに話しかけた。
「なーにー?眠いんだから手短にね。」
つまらなそうに空を見上げるリリムは、眠たいようで少し不機嫌だ。
「その腕の数字はなんです?」
ジーナスは最初から気になっていた二の腕に刻まれた『Ⅶ』の事を聞いていた。
「あー、これ?私実は神7の一人なの。」
しれっとすごい事を言っている…気がする。
「Ⅶの‶拳神"リリム。改めましてよろしくー。」
ニヤッとイタズラっぽく笑うリリム。
「やはりそうでしたか。」
「あまり驚いてないなー、つまんない人。」
プイッとまたつまらなそうに空を見上げ、口笛を吹き始めた。
「もう一つよろしいですかな?」
「あんたつまらないからやーよ。」
「リム殿とはお知り合いですかな?」
「あのね、聞いてますかー?」
起き上がりながらジーナスの肩をツンツンして、リリムは頬を膨らませる。
「まぁ、いっか。ジーナスはさ、SEEDが潰された私達はどーなると思う?」
「考えた事もありませんな。」
「やっぱつまらない人。」
ジーナスはやれやれといった表情で続きを促す。
「リムはね、昔私の箱庭騎士団の一人だったの。私が箱庭リリムの王になって、一番最初の騎士がリムだった。すっごく仲がよくてね、いつも一緒に笑ってたっけ。」
遠くを見つめながら、リリムは続ける。
「でもタマキが参入した時にね、私が私の意思で『制裁』したのよ。あんなに仲が良かったのに、なんとも思わず『制裁』する自分に、正直驚いたわ。」
握った拳をゆっくりと開きじっと見つめる。その手は震えているように見えた。
「長い時を王として存在して分かった事がある。私達のSEEDは、破壊されると新たなSEEDとなって誰かの手に渡る。つまりは『転生』するって事。私が破壊してしまったリムのSEEDは、巡り巡ってトール様のとこに行ったって事ね。」
ジーナスは黙って話を聞きながら、最初に会った時の違和感がなんだったのか理解する。
「それであの反応だったのですな。」
リリムは一度視線をジーナスに向け、また空を見上げた。
「まさかここでリムと再開するとはね…正直参ったわ。どんな顔してあの子と話していいのか、分からないんだもの。今までみたいにリリちゃんって呼んでくるあの子を見たらなんだか辛くってね。」
切なそうな顔をして、また遠くを見つめた。
「しかしリム殿はあなたの事を覚えてはいない様子でしたよ?演技ができるタイプでもない。」
「そーね、だから、そういう事でしょう?」
ジーナスは首を傾げる。
「過去の記憶が一切ないって事ね。」
色々な事に合点がいったのか、ジーナスは頷き失礼しましたと頭を下げた。
「私もあなた達に聞きたい事があるんだよね。」
「何です?俺は転生して間もない身なので答えられる事は少ないですが。」
リリムは急に真顔になり、じっと見つめながら質問し始めた。
「神ってさ、正義だと思う?」
「質問の意味が分かりませんな。」
「私は…」
ドーン
話を続けようとしたその時、虫を追いかけて走り回っていたトール王の目の前に土煙が上がった。同時に遠方2箇所にも狼煙が上がる。何かが…起ころうとしていた。