1.トール参戦
1.継ぐ意志
ヴァルハラウォーズ開戦から3年余。神王オーディンが何者かに殺害された。
この事柄は即座に他の全ての神々へと伝わる。
涙を流す者。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる者。
爆笑する者。
ニヤける者。
反応はさまざまだった。
トールはそのどれでもなく、ただ今まで通りの日々を過ごしていた。
「あなたはいつまでそうしているのかしら?」
いつの間にかそばに立っていたリリムがふとそんな事を言った。
「お前も、しつこいやつだな。」
トールは相変わらず一瞥もせず悪態をつく。
そんなトールをちらっと見たリリムは急にクスクスと笑い出した。
「いい目をしてるじゃない?安心した。じゃあね。」
くるりと踵を返すとリリムは去っていく。
トールには見えなかったが、リリムはうれしそうな表情を浮かべていた。
リリムが去った後、トールはむくっと起き上がり呟く。
「ジジイ…。あんたの思い、全てを背負って俺がこの世界を取ってやる。だから安心して眠れよな。」
遠くを見つめながら、トールは決意を口にした。
「独り言なんてキモ過ぎです~。」
いつの間にかちょこんと横に座っていた麦わら帽子の少女がこっちを見ている
心なしか、目が赤く見えるが気のせいだろう。
「ソフィア手を貸せ。俺はどうしたら神王になれる?」
ソフィアは少し驚いた顔をしてすっと目を背け、呟いた。
「オーディン様の言った通りか〜。」
トールは立ち上がり、居城へと歩いて行く。
その後をちょこちょこと追っかけるソフィアのおさげを、吹く風がゆらゆらと揺らしていた。
2.SEED
「それでは神トール様。これがあなたの箱庭です。」
ソフィアは水晶玉のようなものを手渡し唐突に訳の分からない説明を始める。
トールは久々に戦う準備をしようと息巻いていたが、徒労となったようだ。
不機嫌そうに玉座へと座り説明を促す。
「まずはヴァルハラウォーズの世界に入りましょう。
その水晶通称『箱庭』を手に持って精神を集中させてみて下さい。」
言われるがままに水晶玉を持ち、精神を集中させる。
ドクンッ
ふと目を開ける。特に変わった様子はないが何か違和感を感じる。
横に立つソフィアが説明を続けた。
「何も変わってないと感じるかもしれませんがここはもうヴァルハラの世界です。
ヴァルハラウォーズは言わばボードゲームみたいなものです。
箱庭には1人の王と最大9人からなる箱庭騎士団が存在し、王が騎士を率いて他の王と戦うのです。
オーディン様曰く、いくら自身の力が強くとも己を信じる者がいなくては真の王たらん。だそうです。」
トールはやれやれと頭を抱える。
「その言葉は耳にタコができるほど聞いたな。」
トールはそのままソフィアに続きを促す。ソフィアは淡々と説明を続けた。
「ではまず王についての説明です。王はあなたの化身。
己の考えで動き、考え、行動し、時に神と対話して世界の王となる為戦います。
世界の王になる、それは即ちあなたが神王になる、という事になります。
神の力は基本的にはヴァルハラの世界に干渉できないよう神王の力によって制御されていますのでご注意下さい。
あなたにできる事は自身の箱庭の王を世界の王に導く手助けをする程度です。」
トールはこういうゲームじみたものが昔から苦手だった為、戦意を失いかけていた。
「ジジイ…めんどくさい事を。」
そんなトールの姿に、冷ややかな目線を向けつつソフィアは話を続ける。
「まずは王を作りましょう。こちら!王の傀儡と騎士の傀儡でございます。」
ソフィアは赤い人形を1つと白い人形を9つ用意した。これが王と騎士の素になるようだ。
「次にこちらのSEEDと呼ばれる種をご覧下さい。」
ソフィアは肩にかけた鞄からから玉ねぎの様な物を出して、誇らしげに掲げて見せた。
「こちらの玉ね…コホン。」
わざとらしく咳をつきそのまま何事も無かったかのように淡々と説明する。
「こちらのSEEDには能力と人格が備わっています。
また、他人と同じ人格の持ち主はこの世に1人もおりません。
もちろん戦力など基礎値が高い方が良いのですが、ゴミにはゴミなりのメリットもございます。それは、他の神に狙われない事です。
先程説明した通り同じ能力はこの世に2つと存在しません。
つまり、よりレア度の高い良い能力は他の神に狙われる事となります。」
ふと、トールは顔をしかめる。
「狙われる?」
「そうです。王について説明します。王が能力を失う条件は2つあります。」
1.他の神に倒されSEEDを奪われる、もしくは破壊される。
2.神が王に制裁を加えSEEDを破壊する。
「能力を奪う事ができる為、より良い能力は狙われやすくなります。王が使えないと思ったら制裁を加えてSEEDを潰し、新たなSEEDを植えて新たな王を立てる事が可能です。説明が長くなりましたが早速、王の傀儡にこのSEEDを植えてみて下さい。」
トールは言われるがまま、ソフィアの用意したSEEDを赤色の人形の胸元に押し当てる。
すると人形がSEEDを取り込み、みるみるうちに人の形を成していった。
見た目は…そう、漫画でしか見ないようなまさに盗人姿の者がなぜか王冠をかぶっている。それが1番しっくりくる言い方ではないだろうか。
「これは!えーとSEED辞典によると…。能力はドロボウのようですね。初代トール王、まさにトール様の生写しですねウププ…。」
トールはソフィアを睨みつけ、目線を目の前に生まれた王に落としてボソッと呟く。
「こいつは…すぐに制裁だな。」
新しいSEEDが手に入ったらすぐこの盗人王を始末する決意を固めた。
こうして神トールとその箱庭の盗人みたいな王の物語は始まってすぐに終わる。
3.制裁
…
……
………
「…ここは?」
けたたましく鳴る雷の音に不快感を覚える。
目を覚ましたその男は緑の頭巾を鼻にさげ、鼻下から口を一周するように髭をこさえた一見すると泥棒のような出立ちである。
《おはようございます。王様、お目覚めはいかがですか?》
泥棒のような男は王様と呼ばれ、そこで初めて自分の頭に張り付いて離れない王冠がある事に気付く。
《あなたはこの箱庭トールの王、トール様です。私はソフィア。神トール様を神王とするべくあなた様のサポートをさせて頂きます。》
目の前にちょこんと座る金髪おさげの女の子は丁寧な話し方でそう告げる。
「この、俺が…王?」
よろよろと立ち上がり近くの鏡を見る。立派な泥棒が立っていた。
《そうです。あなたがこの箱庭の初代トール王なのです。そして王、あなたには今からやってもらわなければならない事があります。》
淡々と説明をする少女。
《今この世界では神王オーディン様の後継者を決めるべく『ヴァルハラウォーズ』の最中でございます。王のやるべき事は2つ。》
1.この世界のトップに立つ事。
2.宿敵‶全能"ゼウスを討つ事。
《たったこれだけです。簡単でしょう?》
簡単だったら誰も苦労はしない。つまり王として迫り来る敵を倒せばいいという事のようだ。
《次に王と共に戦う『騎士』をお作りいただきます。今回はこちらのSEEDをお使い下さい。》
そう言いソフィアは赤い鞄から10個の玉ねぎのような物を取り出す。
《この玉ねぎはSEED。この世界では人々の素となる種でございます。SEEDをこちらの白い傀儡に入れると王の忠実なる騎士となります。》
鳴り響く雷が大きくなった気がする。訳もわからないままトールは受け取ったSEEDを袋に詰め込んだ。
…その時
雷帝の一撃
激しい落雷と鳴り響く轟音と共に初代トール王の姿は跡形もなく消えた。
4.神滅士
「制裁を使ったんですね?トール様。ちょっと早くはありませんか?私頑張っていたのに。」
ソフィアはお怒り気味だ。
「ふん。新たなSEEDが出たのだ。今の泥棒王はいらないだろう?より強い王の方が最初からスムーズに事が進む。」
当然の話だ。
「まぁ確かにそうですが、『制裁』…トール様のいう所のトールハンマー?(笑)についての注意点を伝えますね。」
なにか小馬鹿にされた感じがしてトールは不機嫌になる。
「『制裁』を加えますと、王のSEEDが消滅して赤の傀儡に戻ります。そこに新たなSEEDを植えると新たな王が誕生するのですが、問題がありまして…。」
トールは先に説明しておけよと思ったが言うのはやめ、腕を組んだまま話を聞く。
1.王の記憶は全て無くなる。
2.騎士達の記憶は無くならないので王を消された恨みがいずれトール様に向く可能性がある。
「以上2点です。以後お気をつけ下さい。騎士の反乱は、後々命取りになりかねませんので。」
トールは微動だにせずじっと目を瞑っている。
「では改めまして王の傀儡にSEEDを植えましょう。
新たなSEEDを植えるおつもりでしょうが、前にもお伝えした通り良い能力は他の王に狙われやすくなりますのでよくお考えになって…。」
話を聞かずなんの迷いもなく新たなSEEDを赤色の人形に植える。
「決まっている。」
赤色の人形がみるみるうちに大きな剣を持った金髪の青年に変わっていく。その瞳は青く燃え、あからさまに強者だ。今度の王冠は頭では無く、チャームのような形で腕にぶらさがっていた。
「これは!トール様、これは大変ですよ。」
ソフィアが珍しく慌てた表情を見せる。どこかウキウキしているような、とにかく普段は見ない浮かれた感じだ。
「私も興奮が止まりません。このSEEDは最上級に位置する滅士。神滅士ですよ!」
神滅士
神を倒す事に特化した剣士。神の生み出した傀儡に無類の強さを誇る。
説明を聞いてもさっぱり分から無いので素直に聞く事にする。
「神王オーディン様が前回のヴァルハラウォーズで王となった時の最強の箱庭騎士団、通称『円卓騎士団』の一人です。当時は‶全能"ゼウス率いる傀儡の軍勢に圧倒的な力を見せていた、と言われています。」
興奮冷めやらない様子のソフィアは早口で捲し立てる。その様子から、とてつもない戦力を手に入れたのだという事は容易に想像できた。
「ふん。ジジイの忘れ形見といった所か。」
歴代最強と言われた神王オーディン。
その槍は全ての物を貫き、その盾は何者をも寄せ付けないと言われている。
そのオーディンを神の王に押し上げた存在『円卓騎士団』。昔話でよく話題になったが実際には存在しない御伽話とも言われていた。それが、このヴァルハラの世界に存在していたのだ。
「…コホン、失礼しました。ではついでに騎士も作っておいて下さいね。
騎士は最大9人まで作る事が可能ですが、連れて歩けるのは3人までです。騎士はSEEDを奪われる事は無いですが、倒されてSEEDが破壊されると消滅します。なお、騎士の能力を変えたい場合は王の一存でSEEDを破壊する事が可能です。つまりは王による『制裁』です。ですがあまり『制裁』を加えすぎますと… 」
「反乱が起きる、だろ?」
冷静になったソフィアの言葉を遮るように結論を言う。
「チッ」
ソフィアは明らかにトールに聞こえるように舌打ちをしたが、トールはそのまま腕組みをして気にも留めない。この2人、相性は良くはないようだがこの後長くパートナーになる事となる。
「それでは、箱庭の世界を見てみましょう。まずは始まりの街『楽園』で情報収集すると良いですよ。」
5.トール参戦
「…王様。」
「王様!お目覚め下さい!」
けたたましい声で目が覚める。実に不快だ。目の前には大きな弓を背負った少年と青い髪の少女がいた。フゥとため息をつくその男に、少年と少女は更に激しくまくしたてる。
「トール王こんにちは!私は魔導士のリム。トール王って言いにくいから今日からトーちゃんね!よろしくっ!」
「おいリム!王様に向かってなんだよその言葉遣い。俺が見本みせてやるよ。
おはようごぜえます王様。俺は弓使いのジョーズでありまする。以後おしみりおきを。」
馴れ馴れしい少女も、慣れない丁寧語で一生懸命話そうとするこの少年も嫌な感じは全くしない。
リム 能力:巫女
回復などサポートに特化した魔道士。換装をして攻撃も可能。性格は能天気で誰とでも仲良くなれる。
ジョーズ 能力:大弓
遠距離からの狙撃を得意とし、高い索敵能力を有す琥珀眼を持つ。性格は真面目だがお兄さんぶるのがたまにキズ。
「世は…トール王。神トールを神王にする為、お前たちと共に今日よりヴァルハラウォーズに参戦する。背中は任せたぞ。」
強い目でそう訴えるトールの姿にリムとジョーズも激しく頷き忠誠を誓う。
《2代目トール王様。決起は終わりましたか?》
どこからともなく現れたおさげの少女が不思議な事を言う。
「2代目?だと?世の先代がいるという事か?お前たち、先代の事をなにか知っているか?」
リムもジョーズも首を傾げる。
《誰も知りませんよ。初代王は誰にも看取られず、1人で勇敢にお亡くなりになられましたので。》
わざとらしく泣くソフィアを冷めた目で見るトールに動揺の色はない。
「そうか。ところでソフィアよ。世はこれから何をすればいい?どうするのが神トールを神王にする近道なのだ?」
《王様。あなたはこの箱庭で神トールの声が聞こえる唯一の人間でございます。まずは神トールにご挨拶を。》
なるほど、とトールは誰に教えられるわけでもなく目を閉じ自らの心で会話する。
《神トールよ。世は2代目トール王。あなたの箱庭を先導し、必ずやあなたを神王の座に押し上げる事を約束しよう。》
ピリッ
脳に電気が走った様な感覚がトールに走る。
《我が名はトール。王よ、まずは始まりの街『楽園』に向かうがいい。楽園にリリムという娘がおる。我が友の化身の者だ。まずはリリムと協力して進むがよい。》
トールはヴァルハラウォーズに入る前にリリムと話を付けていた。リリムは今回のヴァルハラウォーズの開戦当初から参戦していた為ノウハウはしっかりしており、信用できると判断した。
「神トールの仰せのままに。リム、ジョーズ出陣する。目的地は『楽園』世について来い。」
トールは2人の騎士を引き連れ楽園へと旅立つ。
6.初陣
「ひぃ…ひぃ…はぁ。」
大弓を杖代わりにしてノロノロと歩くジョーズ。まだ居城を出て数時間程度だが、ジョーズは疲弊しきっていた。
「ちょっとー、ジョーちゃん。遅れてるよー。そんなんじゃ敵が出た時にトーちゃんの盾になれないでしょ?」
ジョーズとは対照的にぴょんぴょんと身軽に進むリム。
「俺は遠くからの援護が仕事だからわざと遠くを歩いているんだよ。お前が王の盾になれよ。」
トールはやれやれといった感じでフゥとため息を吐く。
「リム、ジョーズ。少し休憩をしよう。急ぐ道でもあるまい。」
本来なら急ぐ道ではあるが、まずはリムとジョーズの2人とコミュニケーションを取る事を重視した。
「トーちゃんやっさしぃ。でも、あまりジョーちゃんを甘やかしてもいい事ないよ?」
元気いっぱいのリムは頬を膨らまし、怒っているようだ。トールはやれやれといった感じでリムをなだめる。
《ヒヒッ》
その時何かが笑う様な声がした気がする。その気配は一瞬で、すぐに感じなくなった。
「ちょっとー、ジョーちゃん。笑う余裕があるなら休憩なんて無しなんだからね。」
リムはジョーズがいたずらをしていると思い込み、注意をした。
「笑う余裕なんて…ねぇよ。」
ジョーズは確かに少し遠くでお爺さんみたいになっていた。ではさっきのは?トールは身構える。
「リム、ジョーズ。客だ。世が出る。お前たちは、援護せよ。」
トールの声かけにコクリと頷き、同時にジョーズが詠唱を始める。
琥珀眼
詠唱をするとジョーズの右目が琥珀色に変わる。
「いた、南に2キロ。‶女神"アテナ軍の傀儡。数は5。援護に入る。」
敵の位置を捕捉し一瞬のうちにその場から消えるジョーズ。狙撃の為500M後方の高台へと移動したのだ。
「ソフィア、‶女神"アテナの説明をせよ。」
聞き慣れない名前に腕を組んだままトールが何もいない場所に疑問を投げる。
‶女神"アテナ
‶全能"ゼウス配下の敵勢力3大神の1人。とても美しく妖艶な姿をしているという。
「ご苦労。」
腕を解くと左手に付いた王冠のチャームが輝きを放つ。
「リム、今回お前の出番はないぞ。」
突き出す左腕に光が灯り、激しい閃光がトールを包み込む。
「分かってますよー。私は今回見物ー。」
そう言ってリムは近くの大岩に腰掛け頬杖をついた。
「さて、世も出るか。早くしないとジョーズに全て持っていかれてしまう。」
目を見開き両手を合わせ、輝きの中から剣を引き抜く。
神死剣
トールの持つ剣は禍々しいオーラを纏い、青白く光を放っている。
「ヴォォォ」
地面が震えるほどの大きな声をあげ、四つ足の黒い獣と木で作ったかの様な黒い人形が勢いよく走ってくる。
《あれは傀儡。私たちが白の傀儡にSEEDを植えるように、やつらは黒の傀儡にSEEDを植えて送り出してきます。ちなみに今向かってくるモノのデータを出しておきますね…。》
どこからともなく表れたソフィアが説明口調で空間にデータを投影した。
『マリオネット(α)』
黒の傀儡から生まれるモンスター。
能力:素手 特記事項なし。
『ハウンドドッグ(α)』
能力:犬 素早い動きに注意。
「ふん。ご苦労な事だな。さて、掃除をするか。」
剣技 轟雷演武
鞘から出した剣を円を描くように回してそのまま雷の速度で踊るかのようにマリオネットの間を通り過ぎ、キンッと剣を鞘に収めた。
先程まで勢いよく向かってきていたマリオネットの動きが鈍り、トールの方を振り向く。
ギギギ…ズルッ
飛びかかろうとするマリオネットだが、全ての個体の首は下に転がっており、そのまま崩れ落ちる様に4つの死体が地面に倒れ込む。
「さっすがトーちゃん。リムにも見えなかったよー。」
パチパチと手を叩き、足をパタパタとさせながら嬉しそうに笑う。
その時背後からハウンドドッグがリムに飛びかかった。
ヒュッ
しかしその牙がリムに届く事は無く、体ごと数メートル先まで吹き飛ばされた。
「5匹いるっていったろ?油断するなよな。」
ジョーズの弓矢がハウンドドッグの眉間を完璧に捉え、一撃でしとめていた。
「ジョーちゃんがいるから大丈夫でしょ? 援護があと0.1秒遅かったらこのワンちゃんの首は地面に転がってたんだろうけど。ね?トーちゃん。」
ニコッと笑うリムにジョーズは頭をポリポリと掻き、トールは剣を収めた。
「私たちの初陣は大勝利、だね!」
本当に嬉しそうに笑うリムを見てトールは初めてニコリと笑顔を見せた。
燃えるような夕焼け空の下で、初陣を終えた3人は今夜はここで野宿をする事にする。先程倒した黒の傀儡は灰のようになり、消えていった。
トールはメラメラと燃える焚火に目を細め、あっちこっちに動き回るリムと、木に腰掛けウトウトとするジョーズを一瞥した。
「こいつらも、SEEDを壊されたら灰となって消えてしまうのか?…嫌なものだ。」
そう言うと、スッと立ち上がり、二人を呼ぶ。眠そうに眼をこするジョーズと、遠くから手を振りながら駆け寄ってくるリム。焚火を囲んで三人は酒を酌み交わしながら、トールはポツリと話し始める。
「世にはやらねばならぬ事がある。その為にはお前たちの力が必要だ。力を貸してほしい。世が必ずやお前たちを守り、この世界を戦い抜いてみせる。世に付いてこい。改めて、背中は預けたぞ。」
真っすぐな目でそう言うと、真剣な顔で聞いていたリムとジョーズはこくりと頷いた。
その二人を見てトールはまたにこりと笑顔を見せ、お前たちは『家族』だと言おうとして、ガラでもないとやめた。
7.強襲
辺りは星空の明かりと消えかけた焚火のプスプスという音のみが響く静かな夜だった。初陣から3日が経ち、一行は戦いにも慣れ始めていた。
「もうすぐ楽園に着くね。楽しみだねぇトーちゃん。」
リムは頬杖をつきながらニコニコとご機嫌なようだ。ジョーズは相変わらず戦闘で疲れたのかすやすやと眠っている。
「あぁ。今の所は順調なようだな。」
消えかけた焚火を見つめながらトールは呟いた。
…その時
ジョーズが急に起き上がり、青ざめた表情を見せる。
「こんな接近されるまで気付かないなんて…。王様ごめん。敵が近くまで来てます。…多分。」
トールはふと周りを見渡すが一見誰も見当たらない。リムも何が何だか分からないといった困惑の表情を浮かべている。
(ヒヒヒ)
あの時の笑い声が聞こえる。ジョーズは冷や汗をかき、その汗が地面にぽたぽたと落ちた。
(神滅士がこの辺りで生まれたと聞いて来てみれば、本当にいるとはねぇ。)
舐めるような視線を感じる。甲高い声の持ち主は姿が見えないが、確かに近くにいる様だ。
(これは‶軍神"様にいい手土産ができましたねぇ。神滅士を私の騎士にしたら、神7の順位昇格も待ったなしですかねぇ?)
声は聞こえるものの相変わらず一向に姿は見えない。
(しかし、いやーな匂いがしますねぇ。早めに片付けるとしますかぁ。)
ジョーズには分かっているのか?視線を送るが青白い顔をしながら小刻みに震え地面を見つめている。リムは?表情は見えないが動く事ができないようだ。
「まずい…状況だな。」
トールは2人の姿を見て、今の自分達では太刀打ちのできない相手と会敵している事を察した。
「リム、ジョーズこの場を…。」
「王様!動いちゃダメだ!」
2人に撤退の命令を出そうとした瞬間だった。自らの後ろに禍々しい牙がついた大きな口のようなモノが姿を現す。
「な…?」
咄嗟に剣を抜き、丸呑みにしようとするその口のようなモノを受け止めた。ジョーズは弓を構えるが、距離が近すぎて狙いが定まらない。
「くそっ。リム!」
「分かってるよ!換装!」
リムが詠唱を始めたその時、トールは決意を込めた目で二人を見つめ叫ぶ。
「貴様らよく聞け。今のままでは全滅し、全てを失う。我らが大願、神トールを神王にする為に今は逃げろ!お前たちがいれば、世の願いは必ず叶う。」
必死に抵抗するトールだが、今にも力尽き崩れ落ちそうになっている。その姿を見た2人は目を合わせ、声を揃えて叫んだ。
『断る!』
トールは驚いたような、そして悲しそうな表情を浮かべ、その後ニコリと笑い呟く。
「最後まで…言うことを聞かぬ奴らよ。」
トールは一瞬目を閉じ、そして見開いた。
「これは命令だ!一時撤退し、力をつけ此奴を滅する。ゆけ!今は全力で楽園を目指し振り向くでない。世は此奴を足止めし、必ずやお前たちの元に戻る。」
剣を振りかざし王は叫んだ。2人は顔を見合わせ、少し困惑の表情を浮かべた後トールの方を向き直す。
『御意!』
2人は走り出す。リムは涙を流し、何度も何度も振り返ろうとした。
「振り向くなリム!王様の願いは俺たちの願いでもある。王様の命令は絶対だ。必ずやるぞ!俺とリムと王様の3人で、いつか必ずあいつを殺す。今は王様を信じて、撤退だ。」
そう言うジョーズの目も潤んでいた。震える左腕を右手で抑え、2人は必死に走る。
走り去った2人を見て、トールはホッため息を漏らした。
「逃がすわけないよねぇ。アイツらも喰っとかないと、後々つけ狙われるのも面倒だからねぇ?おい、やつらを捕まえておきなさい。」
舌なめずりをしながらズズズと姿を現すソレは、人というよりは獣だ。その獣は誰かに指示を出した。
「行かせるわけがない。奴らは世の家族なのだ。長として家族を守るのが王の務めである。奴らと約束をした。世は貴様を倒し必ずやつらの元に戻る。」
トールはそう言うと、神死剣を真っすぐ前に構え、剣がまとったオーラを天空に向けて打ち上げる。
雷帝の剣戟砲
打ちあがった光が天空を照らし、辺り一面に雷のような斬撃が降り注いだ。
…
一方、楽園に向かう2人は遠くに鳴り響く落雷に気付いて足を止める。
「王様が戦っている。くそっ!これでよかったのかよ。」
「トーちゃん、無事でいて。」
そう話している側で、何かが蠢く音がした。
「くっ。琥珀眼…ぐ…。」
アンバーアイズを発動しようとした時、ジョーズは目から血が流れ膝をつく。
「ジョーちゃん、もう限界なんだから無理しないで。ここは…私が戦う。」
震える足でリムは魔力を込める。少し向こうの草むらから、豹のような獣が姿を現した。
「グルル…お前たちの足止めを我が王から仰せつかっている。抵抗するのなら…その足食いちぎる。」
そう言うとその豹のような獣は立ち上がり、みるみるうちに巨大化していく。リムは足が震え立っていられなくなった。
そこに3つの人影が現れる。
「ふぅ、お待たせ!マーリーンはこの大きい猫ちゃんを。タマキは私と一緒にあっちよ。状況は最悪。急ぐよ。」
『御意』
3人の人影は一瞬のうちにちりじりになり、2人は闇へと消えていった。その場に残った色黒の女性は綺麗な琥珀色の目をしていた。
「テンカ。2人を楽園へ。」
了解という返事がどこからともなく聞こえて目の前が歪み、リムの記憶はそこで途絶えた。
一方、トールの戦場では、どれほどの時間が経ったか、降り注ぐ斬撃が止んでいた。戦闘の衝撃は凄まじく、周囲は斬撃の嵐で粉々になっていた。
ガラ…
岩を押しのけるように人影が1つ動いた。
「奴らは無事、着いたのだろうか?そうである事を…願う。」
トールは力を使い果たし、今にも倒れそうになりながらも楽園に向けてヨロヨロと歩を進める。
「まさか今のレベルでここまでやるとはねぇ。」
背後から獣のような姿の何かがカチリと牙を鳴らし、口を閉じる。
ギリギリ…
獣は歯ぎしりをしながら急にイライラした表情に変わり、叫んだ。
「2匹取り逃しちまったじゃねぇかボケ。クソ腹立つ。なーにが家族だ。ふざけんなよ。皆殺しだからな。このライズ様が必ず見つけ出して、皆殺しにしてやんよ。」
そう言い放ち、歩き続けるトールの頭を鷲掴みにして口へと運ぶ。
バキッ
グチャッ
ペッ
ライズと名乗る獣のような男は口からSEEDを吐き出し、ボールの様に扱いながら闇夜へと消えていった。
そこへ先ほどリムの所から向かった二人が到着する。
「血痕…間に合わなかったか。この魔力の痕跡…ライズね。」
「…追う?」
「いいえタマキ。奴は鼻が利くの。一旦マーリーンと合流して帰るわよ。」
「…御意。」
赤色の髪を靡かせたその女性は右の拳を握りしめた。
…
「見事にやられましたねートール様。」
言っている言葉とは裏腹に、ソフィアはニヤニヤしているように見える。神トールは奥歯をギリギリと噛みしめ呟いた。
「ライス…殺してやる。必ず復讐してやるからな。」
トールの目は血走っていた。
「ライズですよートール様。」
トールの様子を冷めた目で見ていたソフィアはボソリとツッコミを入れた。