高レベルプレイヤー、田舎町にあらわる
1
死体の第一発見者は俺だった。
アルフレッドは胸から血を流して倒れていた。昨晩から降り続いた雨で、血は泥とまじりあってヘドロのように道に張り付いていた。
血の気のない顔には、驚愕の表情が張り付いたようだった。
そして今、刃は俺に向けられていた。
「俺じゃない」
緊張で声が震えている。青白く光る剣は、今にも俺の喉を切り裂きそうだ。
「俺はやってない。俺がアルフレッドを殺すわけがない」
「……」
剣を構えた大男の目が、兜の奥で俺を見ていた。
アルフレッドを殺した犯人を殺すまで、この男は諦めない。記録帳を完成させる使命に突き動かされているのだ。
「俺を殺しても使命は終わらない。その剣にふさわしい殺しじゃないはずだ」
大男への説得を試みながら、俺の頭は急速に今までのことを思い出そうとしていた。
アルフレッドがいかにして死んだのかを解き明かさなければ、俺が殺される。
思い出せ。何があったのかを。必ず手がかりがあるはずだ。
2
夕暮れごろに降り始めた雨は土砂降りになり、ついには雷まで鳴り始めた。
帝国領の東端にある田舎町では、こんな時にできることは少ない。自然と、宿屋に若い連中が集まっていた。
「どうだい、今年の野菜は?」
「この雨じゃ明日は大変だ。畑の世話で一日がつぶれちまう」
なんてお決まりの会話が出尽くした頃に、「ポロン」という竪琴の音が宿の中に響いた。
「みなさん、ここで一曲どうですか?」
詩人のバルドが町を訪れたのは少し前のことだ。帝国各地を渡り歩き、見聞を広めているという。こんな田舎町では、詩人は他所の出来事を聞かせてくれる貴重な情報源であり、同時に数少ない娯楽でもあった。
バルドは一人でたびをしているとは信じられないような、細っこい優男だ。それに、鼻にかかった甲高い声でしゃべる。田舎の男どもから好かれるタイプではないが、詩人としてはその雰囲気が、謎めいた語りに合っているのだろう。
「今日はどんなネタを聞かせてくれるんだ?」
俺は興味をひかれた。いつもの宿屋、いつもの顔ぶれ、いつもの話題。この田舎町が嫌いなわけじゃないが、時には刺激が欲しくなるものだ。
「このところ、不穏な知らせが飛び交っています。紫色に染まる月、大都市オスティアの内乱、死せる魔術士の復活、湾岸に現る半魚人の軍勢……」
バルドは竪琴をつま弾きながら、演目を選ぼうとしていた。すでに宿に集まった男達は、詩人の語る事件の数々に期待を寄せている。ほとんどの客がバルドを見ていた。
「ここのところ、妙な事件ばかりが起きやがる」
「世の中で何かが起きてるのか?」
「皇帝まで暗殺されそうになったと聞くぞ」
噂は風に乗って届くという。帝国を震撼させる奇妙な事件の数々に、田舎町の住民すら色めき立っていた。
「よろしい。では皇帝に差し向けられた刺客の真実をお話しましょう」
バルドの竪琴の音が響きをましていく。本格的に演目が始まったようだ。
「皇帝イサク4世はその日、市長の就任式へ出席するため、オスティアを訪れていた。銀のヒゲに紫の月が映るころ、彼は砦のテラスへ出た。オスティアの内乱は首謀者の打倒によりようやく終結したところだった。皇帝はテラスから、町に残る争いの跡を眺め、心を痛めていた」
詩人の朗々たる声が響く。宿の中は静まりかえっていた。
「皇帝の近衛隊長がテラスへ進み出た。皇帝が振り返るよりも早く、近衛隊長は、なんと腰に差した剣を抜いた!」
「なにっ!」
皇帝の暗殺未遂は、不穏なことが続く帝国の中でもいちばんの重大ごとだ。その真実をめぐって様々な憶測が流れたが、はたしてバルドが語ることはどれだけの真実を語っているのだろうか。
「恐るべき真実を、この調べに乗せて語ろう! 近衛隊長の正体は、すがたかたちを自在に変える変身生物だったのだ! 皇帝を狙うため、近衛隊長を殺し、その姿を奪って成り代わっていた!」
バルドの演奏と歌唱は熱を増していく。
一転して、宿屋の中は熱気に包まれていた。
「うおお!」
「卑劣な手段で皇帝の命を狙うとは!」
バンバンと机を打ち鳴らし、絶叫する。彼らは威勢だけはいいのである。
「チェンジリングの刃が皇帝の首筋へと振り下ろされるまさにその時、それを阻むものが現れた!」
男達が口々に歓声を上げている時だった。宿の入口が開き、ひとりの男が現れた。
男の風体はまさに異様と言ってよかった。
鏡のように磨かれた金属の鎧に身を包み、顔までも兜ですっぽりと覆い隠している。兜が影を落として顔を覆い隠し、眼光だけがうかがえる。腰には剣を差していた……そこらの剣ではないことは、柄に施された見事な意匠で分かった。
まるでこれから戦場に赴こうとするような姿でありながら、ふしぎと恐ろしくは感じなかった。罪もない人を害するような存在ではないという気配のようなものがあった。
「……」
詩人から男に注目が移ると、その大男は手ぶりで《続けてくれ》と示した。
「現れた男が聖なる剣をかざした! 剣の光を浴びたチェンジリングは変身を解かれ、醜い素顔を隠して逃げ去った! かくして、皇帝の命、そして帝国の未来は守られた!」
演目を闖入者に止められたとあっては詩人の名折れだろう。バルドは高らかに歌い上げ、喝采がそれに応えた。
「姿を変える暗殺者を阻むとは、すごいやつがいたものだ!」
「まさに英雄と呼ぶにふさわしい! お目にかかりたいものだな!」
最新の英雄譚は、こんな田舎町でも男達の心をくすぐるらしい。彼らがバルドを讃えている中、俺はやってきた男の元へと向かった。
「あんた、冒険者か?」
いくら冒険者でも、ここまでの重武装で雨中を旅するとは、かなりの豪傑に違いない。どんなやつなのか、興味をひかれた。
男は、《そうだ》と頷いた。
「こんな雨の中、大変だったろう。俺も昔は冒険者だったんだが、膝に矢を受けて引退したんだ。今はこの町の農場で働いてる。馬の世話をしてるんだ」
ふしぎな男だった。あまり話そうとしないのに、一緒に居るとなぜかこっちが調子よく話をしてしまう。
俺が名前を聞くと、男は《プレイアブル》と答えた。
妙な名だが、しっくりくるような気がした。普通の冒険者でないのはたしかだ。
「こんなところに、何をしに来たんだ?」
この男には何か重大な運命があるのではないかという気がしてきた。俺にはとうていわかりようもない重大な何かが。その一端にでも触れたいと思っていた。
プレイアブルは懐から一冊の帳面を取りだした。記録帳と記されている。
一目で分かった。ただの帳面ではない。強い力が宿っている。
男が小手を着けたままの手でジャーナルをめくると、ページにはほのかに光る文字が記されていた。
俺が見ている前で、ジャーナルに記された文字が変わっていく。
最初にページを開いたときには、『東端の町へ辿り着く』と書かれていた。その左にチェックマークが付けられ、新たな文字が生まれてきた……『アルフレッドに会う』だ。
「どういう仕組みなんだ?」
ひとりでに文字が現れる帳面とは。魔法の力だろうか?
プレイアブルは答えに窮したようだった。彼自身、ジャーナルの仕組みを理解はしていないらしい。かわりに、《使命があらわれる》と答えた。
「あんたにやるべきことができると、ここに記されるってことか?」
プレイアブルは頷いた。
「ということは、アルフレッドを訪ねてきたのか。ちょうどいい。オレはそのアルフレッドの農場で働いているんだ。朝になったら案内してやるよ」
プレイアブルからほっとしたような雰囲気が伝わってきた。兜で顔は見えないが、なぜか意図がはっきり伝わってきた。
「おいあんた」と、鍛冶屋のゲオルグが近づいてきた。
「ずいぶん立派な鎧じゃねえか。こいつは何でできてるんだ?」
ゲオルグは田舎の男にふさわしい仕草で、プレイアブルに話しかけようとした。つまり、彼が着ている鎧の、肩当てのあたりを叩こうとしたのだ。その素材を知りたかったのだろう。
だが、それは敵わなかった。
「ぐおっ!?」
カキンッ! と甲高い音がした。
不意に、ゲオルグがのけぞり、尻もちをついた。まるで、見えないものにいきなり押されたかのようだった。
「なんだ!?」
ざわめきが広がる。大の男がひとり倒れたら、すわケンカが始まったかと思うものだろう。この町の男は血の気が多いし、ましてやいまは酒が入っているのだ。
「待て、待て、今のはゲオルグが悪い」
俺は手を振って彼らをなだめてから、鍛冶屋を助け起こした。
「い、いま何をしやがった? いきなり叩かれたみたいだった。それに俺が悪いってどういうことだ?」
混乱しているゲオルグを立たせる。ケガはなさそうだ。
「あんたの鎧……魔法がかかってるな?」
プレイアブルの着ているピカピカの鎧がただの鎧ではないことは明らかだった。冒険者だったときの経験から、おそらく古代の金属が使われているとあたりを着けていたが、魔法の力まで備えているとは驚きだ。
「見たところ、攻撃を自動反射するようだ。違うか?」
プレイアブルが頷いた。
「なんと!」バルドが声をあげた。さすが、詩人は耳がいい。
「攻撃を跳ね返す鎧なんて、伝説級……いや、神話級の位階だ!」
これが宿の男達の興味をさらにひいた。
「それじゃあ、その剣にも何か秘密があるのか? 兜やブーツにも?」
ゲオルグはさすがに近づくのをためらっているようだが、鍛冶屋として武具には興味があるらしい。
「よほどの冒険をくぐり抜けてきたんだろう。話を聞かせてくれよ」
引退したとはいえ、俺も元冒険者だ。これほどの凄腕に会ったからには、興味をそそられる。
「亭主、この鎧男に一杯出してやってくれ。俺のオゴリだ」
さしものプレイアブルも、酒が入れば口が緩くなる、といったところか。
大男はくぐり抜けてきた迷宮や、恐ろしい怪物との戦いについての話を語りはじめた。みな身を乗り出して聞き入った。
二杯目はゲオルグが奢り、彼が持つ剣のことを聞き出した。それは銘を『影刈』といい、暗闇では明かりを放ち、悪しき者を払いのける力を持つという。
三杯目はバルドが奢り、悪名高い黒薔薇神殿で彼が体験したことを聞き出した。異次元からの尖兵との戦いを経て、かの古代遺跡に眠る宝を手にしたという。
「それも、ジャーナルの導きで?」
その頃には、俺たちはすっかり酔っ払っていた。プレイアブルが語る、現実離れした冒険のことをどれぐらい理解できていたか自信はない。
けっきょく、ひとりまたひとりと酔い潰れていった。プレイアブルが五杯目を飲む姿を最後に、俺の記憶はぷっつりと途切れた。
3
気づくと朝になっていた。
雨を防ぐために閉じられた窓の隙間から、光りが差し込んできている。大騒ぎした男どもが床にひっくり返ってイビキをかいていた。
プレイアブルの姿はなかった。ちゃっかり客室に上がっていったのだろう。
雨はすっかりやんでいた。けっきょく、一晩降り続いたおかげでみな宿から出られなかったようだ。
「さすがに飲み過ぎたな……」
少しフラつく頭を押さえながら、外の空気を吸うために扉を開けた。
そして……そこでそれを見つけた。
血と泥にまみれた死体。仰向けにひっくり返って、手足を投げ出していた。
その側には、大ぶりのナイフが落ちていた。フルーツの皮を剥くためのものではない。明らかに、殺傷用だ。
そこにいたのは……俺の友人にして雇い主である、農場主のアルフレッドだった。
「お……起きろ! みんな……起きろ!」
それだけ言うのが精一杯だった。混乱して、何が起きたのかを考えることもできなかった。
皆が悲しみ、嘆いた。
アルフレッドは町で慕われていた。羽振りもよく、困りごとをよく解決してくれた。
殺されるような筋合いはないはずだ。
「なんてことだ。まさか、アルフレッドが……」
「こんなことは間違っている。野盗が殺したのか?」
「あの雨の中、何者かが町にやってきたのか?」
彼を墓に埋めてやる手はずをしなければ。……そう思っていたとき、宿からプレイアブルが現れた。
相変わらず磨き抜かれた鎧は、太陽の下だとギラギラと光る。今は、それがいらだたしく思えた。
「あんた……アルフレッドに用があるんだったな」
自分でもぶっきらぼうな言い方だったと思う。理不尽な不幸から立ち直っていなかったのだ。
プレイアブルは首を振った。そしてジャーナルを開いた。
「こんな時に何を……」
という間に、そのジャーナルには新たな文字が浮かび上がってきた。
『アルフレッドを殺した犯人を突き止め、報復する』
プレイアブルが、油断のない目つきであたりを見回した。……なぜか兜の下の表情がわかった。
「し、しかし、それじゃあまるで……こうなることが分かっててやってきたみたいじゃないか」
と、ゲオルグ。
「いえ……彼はそういう、特別な存在なのかも」
詩人のバルドがつぶやいた。
「同感だ」俺は頷いた。「ジャーナルのことといい、運命のようなものが彼を導いているのだろう」
「しかし、雨の中でアルフレッドを襲い、殺害したのは……いったい誰なんだ?」
ざわめきが広がっている。大事件を聞きつけて、町じゅうから人が集まりつつあった。
「状況をまとめよう」
俺はアルフレッドの友人として、犯人を突き止めなければならない。
「昨晩は雨が降っていた。日が沈んだ後、若い男達のほとんどは宿に集まっていた。誰か、夜に出歩いたやつはいるか?」
「あんな雨の中、出歩いたりしないよ」
少なくとも、この通りを通ったものはいないらしい。
「ということは、日が暮れてからここを通ったのは、プレイアブル、あんただけだ」
雨の中、宿に入ってきたのだ。その姿は誰もがはっきり見ている。
「宿に入る前、アルフレッドはここにいたのか?」
プレイアブルは首を振った。
「ということは、アルフレッドが殺されたのは、あんたが宿にやってきたより後ってことか。くそ……友達が宿の外で死んだっていうのに、俺はすぐそばで飲んだくれてたなんて……」
ほんの少しでも気を払っていれば。気づけていたかもしれないのに。
「待てよ。それじゃあ、アルフレッドは悲鳴もあげず、暴れてもいないってことか? さすがに大声を上げてれば、誰か気づいたはずだ」
宿の中にいた連中は、大なり小なり俺と同じことを思ったらしい。顔を見回すが、誰も物音を聞いていないようだ。
「あの……」
おずおずと、ルーカスが手を挙げた。
「事件と関係あるのかは分からないけど、物音なら聞いたよ」
「本当か?」
ルーカスは宿の向かいに住んでいる。つまり、アルフレッドが亡くなった通りのすぐ前だ。宿から聞こえなかった音を聞いていてもふしぎはない。
「あんたたちが騒いで、よく眠れなかったから覚えてるよ。竪琴の音が鳴ってる時に、ハンマーで金属を叩いたような音が聞こえたんだ」
「ハンマー?」
思わずゲオルグを見た。ハンマーと言えば鍛冶屋だ。
「お、おい。俺が宿にいたのはみんな見てただろ。それに、いくら仕事道具だからって飲みに集まるのに持ち歩かないよ」
「それもそうだな」
しかし……だとしたら、いったいなんの音だろう?
「私が口を挟むことではないかもしれませんが」
詩人のバルドが、青ざめた顔を押さえながら言った。
「誰も現場を見ていないなら、怪しいのは……最初に死体を見つけた人ではないですか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。その言葉の意味を理解するのに、かなりの時間が必要だった。
「俺を疑ってるのか?」
「あなたはアルフレッドさんに雇われていたんでしょう? 他の人には分からない恨みがあるのかもしれない。みんなが酔い潰れている間に酒場を抜け出して、たまたま彼と口論になったとか……」
「馬鹿馬鹿しい! 真夜中で、雨が降っているのになぜ俺が外に出なきゃいけないんだ。アルフレッドだって、宿に用事があっても日が昇ってから来るはずだろう」
怒りに声が荒くなっている。思わずバルドにつかみかかるのをぐっと堪えた。
「そ、そうだ。あんたはよそ者だから知らないんだろう。こいつがどれほどアルフレッドに恩を感じているか」
「しかし、他に説明がつかないでしょう」
「……」
その時、俺とバルドの間に大男が割り込んだ。プレアイブルだ。
「な、なんだよ?」
プレイアブルはジャーナルをしまい込んでから……あろうことか、腰の剣を抜いた。
「ひいっ……!」
思わず、悲鳴が喉からこぼれだした。元冒険者として、実力の違いぐらいは分かる。神話級の装備を使いこなすような相手に狙われたら……ひとたまりもない。
「やめろ! こいつは、本当に……」
「よせ……」
ゲオルグが俺をかばおうとする。その友情はありがたかったが、この相手の前ではあまりにも無意味だ。
「この男が本気なら、この町全員を相手にすることもできる。そして、使命を果たすまでやめるつもりはない……そうだな?」
青く光を放つ剣を構えたプレイアブルが、ゆっくりと頷いた。
「俺じゃない」緊張で声が震えている。「俺はやってない。俺がアルフレッドを殺すわけがない」
この夜に起きたことが、頭の中を駆け巡った。一瞬のうちに思い出される。
バルドの歌。大騒ぎ。ハンマーのような音。神話級の装備の数々。
不意に頭の中で点と点が結ばれ、線が浮かび上がって来た――
「わかった。アルフレッドを殺したのが誰か……わかったぞ!」
4
「あんたの使命はアルフレッドを殺した犯人を突き止めること……そうだな?」
プレイアブルは分厚い兜ごと頷いた。
「だったら、俺を殺しても使命は終わらない。この場にいる誰を殺してもだ」
「じゃあ……アルフレッドさんを殺したのは野盗か、それとも獣が?」
ルーカスの問いにはまだ答えられない。確信がなかった。
「……あんたの使命を果たす手伝いができるはずだ。ついてきてくれないか」
プレイアブルをじっと見つめた。そして……彼は剣を収めた。
「どこへ行くんだ?」と、ゲオルグ。
「アルフレッドの農場だ。確かめたいことがある」
「それなら、彼を運んだ方が……」
遺体には布が被せてある。俺は頷いた。何人かの男達が、遺体を一緒に運んでくれた。
プレイアブルと共に、アルフレッドの屋敷へと辿り着いた。
「あんたはなぜアルフレッドを訪ねてきたんだ?」
「……」
大男は懐から手紙を取りだした。そこには、アルフレッドが彼に頼みたいことがある……という内容が記されていた。
「こんな田舎で、あんたのようなものの力を借りる必要なんてない……そうか、やはり……」
屋敷と言っても、それほど大きなものじゃない。1回には執務室と客間、2階にはアルフレッドの寝室がある。俺たちはその寝室へと向かい……そして、そこに真実があった。
「こ、これは……!」
そこには……死体があった。眠っているところを襲われたのだろう。喉をかき切られた男の遺体。ベッドは血まみれになっていた。死後、時間が過ぎて……その血はすでに乾いていた。
「……アルフレッドだ、間違いない」
「ど、どいうことだ。俺たちは全員、アルフレッドの遺体を見た……なのに、ここにもアルフレッドの遺体があるなんて」
混乱するゲオルグ。ムリもない。俺も、信じられない気持ちだ。
「俺たちが通りで見たあの死体……あれこそ、アルフレッドを殺した犯人だ」
「で……でも、あれは、アルフレッドさんでしょう?」
バルドはますます青ざめていた。一日に2つも死体を見るなんて、詩人にとってもはじめての体験なのだろう。
「あんたの歌に出てきたじゃないか。あれは、変身生物だ」
「なんだと……!」
「それじゃあ、まさか!」
「そうだ。犯人はアルフレッドを殺して……何日も前から、彼に成り代わっていたんだ」
悔しさが溢れそうだ。友達が殺されたことに気づいていないどころじゃない。その犯人と何日も生活していたなんて。
「……」
プレイアブルが俺を見ていた。《どういうことだ》と聞きたいのだろう。
「つまり、こうだ。こいつはアルフレッドになりすまし、あんたを呼び出した。目的は、復讐だろう……皇帝の暗殺を防いだのは、あんたなんだろう?」
大男は否定も肯定もしなかった。
「なんと……じゃあ、皇帝暗殺を防がれたチェンジリングが彼への復讐のために、なんの関係もないアルフレッドを殺し、俺たちを利用していたのか」
「そして、彼を呼び出して、殺す機会を伺うつもりだったんだろう……だが、すぐに絶好の機会が訪れた」
「と……いうと?」
「激しい雨の夜に標的が無防備に町にやってきた。雨音で音は紛れる。一撃で背後からナイフで一突きすれば殺せる……そう考えたんだろう」
一同の視線がプレイアブルに集まった。だが、彼は《覚えがない》と言うように両掌を上に向けた。
「ああ。本人は気づかなかったんだろう……気づかないうちに襲撃は終わってたんだ」
「……そうか、俺にも分かったぞ!」
と、ゲオルグ。
「チェンジリングは宿の前でこの男に斬りつけた。だが……その鎧が攻撃を反射して、ダメージはチェンジリングに跳ね返り……」
「そうだ。反射したダメージで、自分自身が息絶えた。ルーカスが聞いたという音は、その反射の音だろう。ゲオルグが吹っ飛ばされた時、俺も『カキン』という音を聞いたよ」
静けさが訪れた。
「……」
プレイアブルは、《なるほど》という仕草でジャーナルを取りだした。『アルフレッドを殺した犯人を突き止め、報復する』という使命が、まだそこには記されているはずだ。
「つまり、あんたは……犯人への報復を終えていた。だが、まだ突き止めていなかったんだ。これで……犯人を突き止めたはずだ」
プレイアブルが大きく頷き、ジャーナルを示した。
浮かび上がっていた使命にはチェックマークがつき……『完了』の二文字が最後に記されていた。
5
アルフレッドの葬儀は滞りなく行われた。
真実を明らかにしなければ、彼を殺したチェンジリングを墓に埋めることになっていたと思うとゾッとする。
農場は……放っておくわけにもいかない。町の人たちと話し合って、俺がアルフレッドの仕事を継ぐことになるだろう。
宿の前にあった死体にプレイアブルが『影刈』をかざすと、遺体はアルフレッドの姿から、人間の形をした怪物へと変わった――いや、戻った。それこそが、チェンジリングの本当の姿だったのだ。
俺の推理は正しかったのだ。
プレイアブルはアルフレッドの葬儀を終えたあと、旅立っていった。
彼はいくらかの弔慰金を俺に残してくれた。謎めいた男だったが、自分が原因で亡くなったことに思うところがあったのだろう。
彼にとっては、無数に経験した小さな事件のひとつに過ぎないのかもしれない。
紫の月、復活した魔術士、半魚人の軍勢……まるで運命で定められているかのように頻発する事件。その中心に、彼はいるのだろう。
チェンジリングによって命を奪われたアルフレッドの名誉を回復することも、彼なしではできなかった。
世界の命運は英雄に託し――俺は俺で、生きていくしかないのだ。