解決編
現在屋敷の中にいる全員の証言を聞き出したあと、屋敷の探索を終え、一行は再び居間に戻ってきた。
中央のソファーにどっかと座り直し、山田は言う。
「まず、犬(マルコス)に関しては、庭で遊んでいただけだろうから問題ないと思うんだ。僕と、ソフィーさんと、川口君、使用人3人、優さんと秀さんもまた、違うかな。こっちは、なんとなくって感じなんだけど。
それで僕、思うんですが……
被害者が愛純さんということで、やっぱり、犯人は寿美香さんじゃないでしょうか? エリスさんも疑っていましたしね」
「はあ!? なんでうちやねん!」
案の定、彼女は怒りをあらわにした。
その母親を援護するように、優愛が疑問を唱える。
「でも、ママとあたしは、電気が消えて愛純ママが倒れるまで、ずっと話してたんだよ?」
「う~ん……。小柄な愛純さんが風邪引かないように毛布を掛けに行くふりをして……ってそりゃないか」
「第一、電気はいつ消したんですか」
それは、執事として、普段から屋敷の構造を理解している阿部も疑問に思っていたことだ。電気を消すタイミング。そう。言うまでもなく、娘の優愛と向かい合って話していた寿美香には、どだい無理なことである。
「じゃあ、寿美香さんじゃないか……」
「そうや。うちがやるわけあるかい!」
山田は少しがっかりしたようだったが、誤解の晴れた寿美香は勝ち誇った様子で言い放つ。
それでも山田は推理を続けた。
「寿美香さんがないなら、優愛さんもないですよね。残るはエリスさんと大黒寺さんですけど、エリスさんは、寿美香さんの話ではフランス語しか話さないそうですし、もはや関係ないんじゃないですかね。寿美香さんは疑ってるようですけど、それも問題ないでしょう」
どうも、むりくりまとめたような推理だが、仕方がない。
「本当に、これ以外に今日この家にいる人はいないんですよね?」
「いません。私、3回も確認しましたので」
メイドに念押ししてきっぱりいないと言われてから、山田は覚悟を決めたように、はっきりと言い放った。
「犯人は、大黒寺さんだ!!」
一瞬の沈黙。
ややあって、阿部が山田に訊ねる。
「理由は?」
「理由は……部屋に入って来たときの奇妙な格好ですよ!! あれは絶対、血を隠すためでしょう!!」
山田はなんとか考え付いた動機を話したが、今度は、飯島から訊ねられた。
「それでどうやって襲ったの?」
「それは……つまり、鈍器を隠し持っていたんじゃないかな」
「鈍器なんて、見つからなかったじゃん」
優愛は怒りを通り越して呆れ顔だ。兄の優も畳みかけるように言う。
「それに、なんで父さんが、愛純義母さんを襲う必要があるんだよ?」
「じゃあ……あれは血のりとか、もしくはケチャップで、愛純さんは寝ていただけという……」
「なんやねん、それ!」
呆れた寿美香は、とうとう、怒って客室へ戻って行ってしまった。
「あ、待ってよママ!」
「きゃ、客室へご案内します!」
慌てて優愛とメイドの飯島たちが追う。
「じゃあ、僕も仕事に戻りますよ」
「俺たちも部屋戻るか」
阿部も持ち場へ戻り、優と秀も自室へ戻っていく。
事件現場である居間には、探偵たち、ソフィー、エリスとマルコスの5人だけが残された。
そこで、助手の川口君が、一歩、前に出る。ここからは彼の独擅場だ。
「では……ちょうど役者も揃っていますし、僕の推理を始めたいと思います」
「役者?」
山田の問いに、川口君は頷く。
「そうです。今回の傷害(?)未遂事件の、いわば重要参考人です」
「重要参考人って、オレ達がですか?」
マルクスが訊くと、川口君は、もうひとつ頷いてみせる。
「まず、今帰った7人は違いますよね。もちろん、被害者の愛純さんも違います」
川口君は、ひとつひとつ、確かめるように言っていく。
「使用人の3人は事件当時仕事中だったし、今も仕事中だ。それに愛純さんを襲う動機もない。優くんと秀くんの兄弟も違うでしょう。理由は先述の通りです。
“不可能だから”
優愛さんは愛純さんとは仲が良い様子でしたし、第一に、ずっと母親の寿美香さんと話していた。
というわけで、寿美香さんも違います。
もし何か不審なことをすれば、どちらかが気づいたでしょうから。
次に、電気の消えたあとに、愛純さんや部屋にいた者たちの後ろから入ってきた大黒寺さんも違うでしょうね」
テレビドラマの探偵よろしく、歩きながら自らの推理を述べると、彼はきっぱりと言いきった。
「つまり、犯人はこの5人の中にいるんです!」
「えっ? 誰誰?」
川口君の言葉を受け、派手に叫んだのは、本来なら探偵役であるはずの山田だった。まったくこの人は……頭がいいのか、悪いのか、よくわからない人である。
「山田さんが暇している間、僕はソフィーさんと英語で話をして、その際いくつかの発見がありました」
目配せされたソフィーは、大きく頷いてみせる。
「実は大黒寺さんは、今回、前妻たちを集めて、妻と子供たちのために仲直りパーティーを開こうとしていたらしいです。急に呼び寄せろと言い出したりして、一体どうしたのかと訊ねたとき、こっそりそう教えてくれたのだ、と。
電気が再び点いたあとに現れた彼がつけていた、あの付け鼻は恐らくそういうやつじゃないかと……」
「え? そうなの?」
山田の驚きに、川口君はふたたび頷く。
「ご覧の通り、前妻の寿美香さんは勝ち気で、エリスさんとは常に睨みあっていた。今日は大人しいが、娘の彼女が言うにはエリスさんもかなり勝ち気であり、新しい妻の存在と娘の養育権が大黒寺さんにあるのには納得していなかったらしいです。だが子供たちは、腹違いのソフィーさんも含め、みな仲が良く、問題なのは妻と元妻の3人だった。
寿美香さんにはアリバイがある。
けど、一人離れていたエリスさんには、アリバイがない……」
そしてスッと片手を持ち上げ、その指でエリスを示して、きっぱりと言い放った。
「だから、犯人はあなたです……エリスさん」
助手の推理に、山田探偵がふと疑問を示す。
「でもエリスさんは、電気のスイッチから一番遠く離れた場所にいた。僕たちに気づかれずに、ドアの方まで行くのは不可能では?」
山田の疑問はもっともだ。だが、川口君はそれも想定の範囲内だという風に、力強く頷いた。
「何も彼女自身が電気を消す必要はありません。他の誰かに、消してもらえればいいのですから」
「誰かって、誰が?」
マルコスの問いに、川口君はわずかにたじろぎを見せる。
「それは……。でも、意図的に共犯になったわけではない、と思います……たぶん」
そして、ちらとエリスの方に目をやる。彼女は今、誰とも目を合わせることなく、ただ一点だけを見つめていた。
エリスは今、一体、何を想い、何を考えているのだろう……。
しんと静まり返った中、川口君は、静かに語り始める。
「ここからは、僕の想像でしかありませんが……。
エリスさんが外ばかり眺めていたのは、恐らく、愛純さんを襲う機会を計るため、なるべくじっとしていたのでは?
そして、会話に夢中だった寿美香さんと優愛さん、ソフィーさんと僕、山田さん、それから寝ていた愛純さんは気づかなかったが、じっとしていたエリスさんは “あること” に気がついた。
だからその瞬間を利用した。
ずっと窓の外を見ていた彼女には、電気を消した人物が見えていたんです……。
電気のスイッチもドアも、彼女と向かい合っている壁にある。外は暗く、部屋の中が明るいため、室内から見た窓は、鏡のように反射する。だからエリスさんには、電気が消える瞬間がいち早く分かったんだ。
もともと緋色の斑点のドレスを着ていた彼女は、たとえ返り血を浴びても遠目にはわからない。
傷害(?)未遂事件があったあとだから、血のにおいが充満しているのも当然だ。実際、そんなひどい怪我ではなかったが。
だから、寿美香さんと僕を除いて、誰も不審には思わなかった……」
そして、その推理を、エリスは横を向いたまま、黙って聞いていた。