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事件編(3)

 まもなくして、騒ぎを聞きつけた他の者もやってくる。


「なんだかすごい音がしたようですが、何かあったんですか?」


「さっき救急車も来てました……よねぇ?」


 不安そうな顔で訊ねるのは、執事の阿部とメイドの飯島だ。隣には内木と、双子たちもいる。

 川口君が事情を説明すると、彼らは事件の間、どこにいたのか教えてくれた。


「俺たちは自分の部屋にいました。な、そうだよな?」


「うん。僕たちの部屋は2階の奥ですし、事件が起こったのも気づきませんでしたよ」


 双子の優と秀が、顔を見合わせて言う。


「あれ? じゃあ何で来たの? 気づいてなかったんでしょ?」


「ちょ、ちょっと、山田さん……」


 山田のいささか不躾な問いにも、秀は嫌な顔ひとつしないで答えてくれた。


「阿部さんに呼ばれたんですよ。何か居間の方からすごい音がしたようだから、一緒に来てくれって。案外怖がりなんですね」


「ぷぷぷ。そうなんだ?」


「う、うるさいよ!」


 秀の話に飯島はクスリと笑い、阿部は恥ずかしそうに赤面した。この二人、なかなかに仲が良い様子である。きっと普段からこんな調子なのだろう。



「ところで、今さっき来られた方は、事件が起こるまでの間、何をされていましたか?」


 川口君の問いに、今度は、優が答える。


「俺たちはずっと自分の部屋にいたよ、なあ?」


「ええ。それは僕が保証します」


 秀も頷く。

 だが山田はそこに食い下がった。


「で、何してたの?」


「い、いや、それは……」


「そこは察してくださいよ」


 随分と慌てた様子。どうも、他人には知られたくない事情があるかのようだ。


「なるほど、男二人でいろいろ……ねぇ……」


「ちょ、ちょっと山田さん!」


 山田の遠慮のない発言に、川口君は慌てた。もし二人の事情が複雑な事情であれば、これは彼らのプライバシーにも関わってくる問題だ。

 そんな話を、いま、ここで続けさせるわけにはいかない。


 ……と思ったのだが、そんな心配は杞憂だったらしい。


「その言い方は語弊があるからやめろ」


 兄の優が、半ば呆れたように、半ばムカついたように吐き捨てた。



 ともあれ、彼らのアリバイは証明されたということだ。

 次は執事たちのアリバイである。


「僕はキッチンで、夕食の片づけをしていました」


「私と内木も、2階の客室でベッドメイクをしていました」


「それは私が保証します」


 つまり、彼ら5人は事件の存在すら知らなかったということになる。そのことで、嘘をついているとも思えない。

 ふと、山田はそこで一人足らない事に気付いた。


「あれ……? そういえば、犬は?」


「犬? この家、犬なんかおったん?」


「ううん……。うち、犬は飼ってないはずだけど……」


 寿美香と優愛が首をかしげる。そのかたわらで、ふいにドアが開いて誰かが入ってきた。

 どこにいたのか、きぐるみに葉っぱがついているマルコスである。


「犬ってあんたかいな!」


「犬じゃなくてマルコス。エリス様付の執事だよ」


「はん! 様付けかい! エリスもええ身分よのう!」


 フンと鼻を鳴らす寿美香をよそに、川口君が言う。


「あの……すみませんが、お着物に葉っぱがついておられますよ」


「ああ……。この庭は周りに木が多いんですよ」


 マルコスが肩の葉っぱを払いながら言うと、山田はひとり、納得したように頷いた。


「なるほど……犬だから庭で遊んでいたんだな」


「だから、犬じゃないって!」


 度重なる『犬』扱いに、またしてもマルコスが吠えた。



 あと部屋にいなかったのは大黒寺だけだが、あの付け鼻はなんだったのだろうか?

 部屋の外にいた彼らによると、電気が消えていたのはこの部屋だけであり、突然の停電というわけではなさそうだった。

 それまでの間、誰もうたたねしていた愛純を邪魔した者もいなければ、近づいた者もいない。


 真っ暗だったあの数分間、一体なにがあったのだろうか?



「彼女を襲うような人物……なんているんでしょうか」


 川口君が呟くと、面倒くさそうに寿美香が答えた。


「さあ……エリスとか怪しいんやないの? 何考えとるか分からへんし」


「No!」

(いや!)


 ソフィーの叫び声が響く。慌てて、マルコスが否定した。


「エリス様は、そんなことなさるお方じゃありません!」


 そんなエリスが彼に目線を送り、その視線を感じ取ったマルコスが代わりに答える。


「彼女は、そういう寿美香さんこそ怪しいと言っています。何言っているか分からないし、食事の間も愛純さんを見る視線が怖かった、と」


 案の定、寿美香は気を悪くして、顔をしかめ、マルコスにつかみかかった。


「誰が何言うてるかわからへんて!?」


 慌てて、彼女の子供たち…優、秀、優愛が宥めにかかる。


「ちょっとお袋、少し落ち着けよ」


「そうそう。ちょっと気が短いのが、母さんの悪い癖だよ」


「うっさいな、あんたら!」


「ホントだよ。エリスさん疑うのは分かるけど、それが愛純ママを襲った理由にはなんないじゃん」


「それは、そやけど……」


 寿美香は肩を落としたが、川口君には彼女が犯行を犯したようには見えなかった。


「でも、優愛さんと寿美香さんは電気が消える時までずっと二人で話していたのだから、相手に怪しまれずに明かりを消し、愛純さんを襲うなんてことできるでしょうか?」


「それだったら、ソフィーさんもそうかな」


 山田が付け足す。


「そうですね。彼女は僕と話していましたし、それもむずかしいと思います」


「使用人3人は言うまでもなく、違う、と…」


 言うまでもなく、阿部、飯島、内木のことである。


「ちょい待ち! うちのこと疑っといて、なんでそう言い切れんねん! 証拠は!!」


「え? そりゃあ……」


 アリバイがある。そう言おうとしたが、そこへ割って入ってきた阿部に遮られた。


「わかりました、作業場へ案内します」


 本来なら関係者以外には入ってほしくない作業場だが、アリバイを証明するためにはしかたがない。寿美香の気迫に押され、重い腰を上げることにした。

 彼らからしても、若い女主人を故意に怪我させたと疑われてしまっては、たまったものではないだろう。


 そんなわけで念のためにと作業途中の場所へ向かったのだが、やはり言うまでもなかった。

 阿部がいたキッチンも、飯島たちがいた客室も、愛純たちがいた居間からは、かなりの距離が離れているのである。

 それぞれの場所にいて、愛純が倒れた瞬間にやってくるにしては時間がかかりすぎるし、彼らの人柄から見ても、嘘をついて別の場所に隠れていたようには思えない。

 また、優の部屋も秀の部屋も2階にあると分かり、階段を下りてまた上って、というのはあの数分間では無理だと分かった。


 そもそも、ドアの前には大黒寺が立っていたのだ。

 彼に気付かれず、部屋に入って愛純を襲うなど、できるはずがない。


「だとすると、やはり、犯人は居間にいた4人の中にいるんですよ」


「あと犬」


 山田が付け足す。またマルコスが吠えた。


「だから犬じゃないって言ってんだろ! しつこいな!」


「それと、愛純さん」


「本人が自分からってことですか? その説はもう、なくなったはずですよ」


「あと大黒寺さん」


「それは、まあ……あの付け鼻も気になりますし……」


「それと僕達」


「なんで僕達なんですか!! 山田さん、やってないですよね!?」


 山田にツッコミを入れながら、真相解明は、もう少し先になりそうだ……と川口君は思わず頭を抱えた。

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