事件編(1)
ソフィーに連れられ、山田探偵と助手・川口君の二人は大黒寺家の屋敷にやってきていた。
大きな屋敷を見上げ、二人は感嘆の声をもらす。
「ほお~。これが、かの大黒寺家のお屋敷かぁ~」
「想像以上に、立派なお屋敷ですね」
その屋敷は、日本国内とは思えないくらい広く立派な屋敷で、庭には噴水があり、異国の城を思わせるようなつくりになっていた。
そしてその驚きは、玄関に一歩足を踏み入れたとたん、更なる驚きへと変化した。
「なんだこりゃ!」
広々としたその玄関ホールには、見るからに高級なカーペットが敷き詰められており、花瓶には色とりどりの花が生けられ、壁には芸術的な絵画が数枚掛けられている。
それほどまでの豪邸を、山田と川口君は、今、初めて目の当たりにした。
極めつけは、玄関脇で深々と頭を下げる3人の使用人たちだ。
「ソフィーお嬢様、おかえりなさいませ。そして探偵様方、ようこそいらっしゃいました。私はこの家の専属執事で、阿部と申します」
「ようこそいらっしゃいました。私はメイドの飯島と申します」
「同じく、メイドの内木と申します。本日はごゆっくりおくつろぎくださいませ」
彼らの対応は、まるで二人が今日ここに来ることを予期していたかのような徹底ぶりだった。
妙に待遇がいいと思っていると、ソフィーがこっそりと教えてくれた。
……といっても英語だったので、それを川口君が聞き取って山田に通訳する。
「僕たちが来ることは、あらかじめ伝えてあったそうです。そして彼らは、この屋敷で唯一の使用人だそうですよ。こんなに広いお屋敷なのに使用人が3人しかいないというのも、少し不思議なものですね」
**
そうして二人は応接間へと案内され、そこでも創りの豪華さに驚かされたが、既に数名の男女がそこに待たされていたのには更に驚かされた。
一番上座に座っていた、年長者と思われる人物――そのビール腹を抱えた小柄な男が、立ち上がって二人の元に寄ってくる。
ソフィーが耳打ちし、それが彼女の父親……そして資産家の当主・大黒寺辰夫なのだと分かった。
「なんだ、ソフィー。わざわざ探偵なんぞ呼びおって。言っただろ、あんなの近所の子供のイタズラだ。相手にすることはない――で、その探偵というのはどこだ?」
「あのー、ここにいるん……」
山田が言いかけたそのとき、背後からものすごい剣幕で一人の女性が駆け寄ってきた。
「あんた、ここにおったんかいな! 探したで!」
少し関西訛りがあるようにも聞こえる。
大黒寺の腕を引っ張って行こうとする彼女に、川口君は訊ねた。
「あの……失礼ですが、どなたですか?」
すると彼女は半ば呆れたように溜息を吐きながらも、丁寧に紹介してくれた。
「はぁ? そんなんも知らんのかいな……まぁええけど。
うちは、西口寿美香。この人(大黒寺辰夫)の元妻……つまり、一番最初の妻で、今日は元ダンナに親権がある息子たちのところに、関西からわざわざ会いに来てたんや」
息子たち…と寿美香は、奥のソファーで談笑している二人の青年をあごで指す。二人とも、少しやせ気味のようだが、それでもかなりの男前である。
「あのよう似とらん双子の兄の方が優で、この家の長男。そんで双子の弟でこの家の次男坊、秀。それから向こうにいるのが……」
彼女の視線が、青年たちから少し離れた場所に向かう。
部屋の中央で談笑している、健康的な肌色をした、朗らかな女の子だ。
「あの子は、うちが数年前に大黒寺と復縁したときの娘、優愛。
その3人が、大黒寺の子で、うちの産んだ子供たちや。まとめると、うちはこの人(大黒寺)の最初の妻であり三番目の妻、ってことになるな」
「ひぇえ……」
なんて複雑な家系なんだ。山田は思わず声を漏らした。
「そんで二番目の妻の娘で、秀と優愛の間にいる大黒寺家の長女ゆうんが、この子や」
この子…とまたも彼女は、あごで目の前のソフィーを指し示す。
そしてそのあごが、窓辺に一人たたずむ一人のヨーロッパ風の顔立ちの美女に向かった。
「そんであの女。あの女が、二番目の妻、エリス。エリス・テラル。あの窓辺んところで一人物思いにふけっている女や」
言われて、山田も川口君も、窓際の彼女に視線を移す。
エリスは、くすんだ緋色の斑点が入った同系色のロングドレスを着た、妙な色っぽさを醸し出している女性だった。
二人が挨拶に行こうとすると、寿美香が溜息をついてそれを止めた。
「やめた方がええと思うで。あの人、フランス人やて、フランス語しか話さへんみたいやから」
「そうですか……」
彼女が大黒寺を連れ、息子たちのいる方へ戻っていくと、山田と川口君は思わず顔を見合わせる。
「なんか、とんでもないところに来てしまいましたね……」
広い応接間を見まわしながら、二人はまたひとつ、溜息をついた。
**
数分後。
山田と川口君は、差し出された紅茶の味に舌鼓を打ちながら、大黒寺邸の応接間でくつろいでいた。
本来の目的も忘れて、いい気なものである。普段はこんな高価なお茶を飲むこともないから、余計にそう思う。
するとそのとき、二人の足元で一匹の子犬がじゃれているのに気づいた。
「アレ? この家、犬飼ってたんだ……でもそれにしてはちょっと大きすぎるような?」
山田が撫でようとすると、犬は突然起き上がり、驚いたことに、二本足で立ち始めた。
いや、正確にいえば、それは犬ではない。
犬のきぐるみを着た、髪の長い、褐色の肌の一人の青年だ。
「誰が犬だよ!! オレはマルコス。エリス様付きの執事さ」
「そ、それは失礼しました……」
エリス――さっき窓辺に座っていた、大黒寺の二番目の妻だという女性だ。
(でも……なぜにきぐるみ?)
(これはある意味、『犬』ってのも間違ってないような……)
これは笑うところなのか、それとも真面目に言っているのか。
苦い思いで二人が眺めていると、そこに、いつのまに現れたのか、一人の小柄な少女の姿があった。
「あなた達が、夫が言っていた探偵さんなのね?」
「夫?」
少女がてっきり大黒寺の娘の優愛だろうと思っていたので、『夫』という言葉に思わず首をかしげる。
考えてみれば、優愛は小麦肌で、目の前にいる色白の少女でないことくらいは分かっていたはずなのだが。
「そうよ。わたしの夫、大黒寺辰夫はこの家の当主なの。そしてわたしは、大黒寺家の現女主人、彼の三番目の…厳密には四番目の妻の、大黒寺愛純よ」
「「ええっ!?」」
二人して、素っ頓狂な声を上げてしまう。
年齢こそ知らないが、目の前の女性は、てっきり幼い少女なのだとばかり思っていた……。
それが実は、当主の妻で、現在の女主人だったのだ。
「あなたが、奥様であらせられましたか……」
「ええ」
愛純は、にっこりと頷く。
「お二人とも、例の手紙のことで心配して来てくださったのでしょう?
ソフィーちゃんから聞いた話では『今夜、事件が起こる』そうだけど……大黒寺はイタズラだと確信しているようなの。警察も探偵も呼ぶだけ無駄だ、って言ってるわ」
そこまで言って、途端に、彼女の表情が曇る。
「でも、わたしはそうは思えないのよ。夫を信じていないわけじゃないけれど、あの人は少し楽観的すぎるところがあるから……。
ソフィーちゃんの直感は正しいと思うわ。わたしも、あの手紙を見てから、ずっといやな予感を感じているもの。
きっと今夜、何かが起こる。そしてそれが、わたしたちにとって、とても良くないことのような気がしているの……」
山田と川口君は顔を見合わせ、そして大きく頷いた。
「大丈夫ですよ。そのために僕達が来たんです。それに山田さんは優秀な探偵ですから。僕達がいるこの場で、事件なんて起こさせません」
「ふふ。頼もしいわね。それじゃあ……そのお言葉を信じて、頼りにしているわ」
愛純はそう言って、夫や血の繋がらない子供たちのいるもとへと戻って行った。
その華奢な後ろ姿を見ながら、山田と川口君はそれぞれ頭の中で今の状況を整理する。
『Mr.T』なる人物から届いたという、突然の脅迫状。
そして、当主の大黒寺。現在の妻・愛純。
最初の妻・寿美香の子供で、長男・優と次男・秀の双子の兄弟。
二番目の妻・フランス人のエリスの娘で、英語しか話せないソフィー。
復縁した寿美香との間に生まれた、末娘の優愛。
そして執事の阿部、メイドの飯島と内木、それからエリスの執事であるマルコス。
12人の間に入り交じる様々な感情……。
山田も川口君も、今になって気付いた。
「これは――脅迫状以前に、本当にとんでもないところに来ちゃったな……」