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序章

 そこは、町外れの小さな雑居ビルの2階。

「山田探偵事務所」と書かれた質素な看板がある、小さな部屋。

 しがない一人の男が経営する、個人探偵事務所のオフィスである。


「いやぁ……今日も平和ですね」


 助手の川口君が、デスクの前にゆったりと腰掛ける山田にお茶を差し入れる。

 その茶を飲みながら、彼は言った。


「……ああ、暇だな」


「いや、そこは『平和』って言ってくださいよ。まあ、暇なのは大きな事件もないってことで、いいにはいいんですが……」


 毎度のことながら、フゥと溜息をつく川口君。

 隣の山田は能天気に茶をすすっている。

 いがぐり頭に丸眼鏡、そして生まれたての赤ちゃんのようなぷにぷにとした顔。ただ茶をすするだけの姿がよく似合う。言ってしまえば「じじくさい」姿だが、それがまた妙に哀愁があった。


 人は彼のことをこう呼ぶ。哀愁探偵山田、と。


 自慢の鼻で事件を嗅ぎつけ、瞬く間にやってきて、颯爽と解決して去っていく。

 世間では、それを名探偵と呼ぶ声も多いのだとか。

 山田の哀愁漂う姿からは、どうも、年寄りがお茶を飲んで休憩しているだけのようにしか見えないが……。



――ピンポーン。


 ふいに、滅多に鳴らないインターホンが音を鳴らし、川口君が慌てて応対に出た。

 ドアを開けると、そこには目鼻立ちの整った異国風の美女が一人、切羽詰まった顔で立ちすくんでいる。


「どうなさいました?」


「……」


 声をかけてみるが、反応はない。


「とりあえず、ここじゃなんですから、どうぞ上がってください。今、お茶をお入れします」


 美女は言われるがままに事務所の奥へ通され、山田のデスク前の応接セットに腰を下ろす。

 まもなく川口君が3人分のお茶を持ってくると、山田と川口君の二人は美女の向かいに腰をかけ、早速話を切り出した。


「……それで、今回はどんなご用件で?」


 けれど、美女は二人を一瞥しただけで、何も言わない。


「困ったなぁ……あ、もしかして外国人? ねえ君、英語分かる?」


 「君」というのは今、紛れもなく川口君のことである。


「え? ええ……少しだけなら……」


「じゃあ聞いてみてよ」


 なぜあなたがお聞きしないのですか、と川口君は言わない。

 英検1級の山田は過去、小学生で英検3級に合格した実力の持ち主であり、無論、川口君もそのことを承知だが、彼は、同時に山田探偵がその実力を滅多に披露しないこともよく知っている。

 だから、そんな質問をすること自体、無意味なのだ。


 一歩前に出た川口君は、恐る恐るながらも英語で問いかけてみた。


「Excuse me. May I help you?」

(すみません。私に御用がおありですか?)


 すると、美女がようやくその重い口を開いて、こう言った。


「Yes. I'm Sophie Daikokuji. Please help me.」

(ええ。私は大黒寺ソフィーと申します。どうか私を助けてください。)


「ダイコクジ? ダイコクジってあの、資産家の大黒寺?」


 山田の問いに、ソフィーは頷く。


「Yes. Look at this.」

(はい。これを見てください。)


 彼女がそう言ってカバンの中から取り出した一枚の手紙には、こう記されていた。



【今夜8時、大黒寺の屋敷で事件が起こる 覚悟しておけ   Mr.T】



 今朝、使用人がポストを確認しようとして、郵便物に交じっていたのを見つけたのだという。

 ワープロの文字で書かれているため、筆跡から犯人を特定することもできない。

 それで、山田探偵のもとに助けを求めに来たわけだ。

 差し出された手紙を食い入るように見つめていた山田は、ふと、隣の助手に訊ねる。


「ねえ、これって脅迫状ってやつ?」


 脅迫状。そう……これが脅迫でなければ何だと言うのか。

 発見されやすいようにポストに紛れ込ませ、筆跡から特定されないように工夫し、「事件が起きる」と宣言した。

 それは間違いなく、大黒寺家の面々に対する脅迫状だった。


「「えぇーーー!?」」


 一瞬の沈黙のあと、山田の……そして川口君の叫び声が、オフィス中に木霊した。

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