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セザン編  君だけを愛しているんだ。③

侯爵の頼みはかなりハードだった。


ユリアンの成績は下から数えた方が早い。

ほとんど何もわかっていない。

この半年で成績を上げろ?


本人にやる気がなければ無理だろう。


「ユリアン、君の成績を上げるために頼まれたセザンだ。とにかくスパルタでいくから!」

初めて会った日に彼女にそう言うと涙目になって俯いていた。

他の男ならここで「可哀想だから優しく」と思うのだろうけど、なんとも思わなかった。

とにかくダリアの横にずっといる為にはこの子の成績を上げるしかない。


それからは昼間も夕方も勉強を教えた。


「ここはね、これとこれを合わせて考えたらいいんだ」

「あ、そうか!」

最初の基礎の計算をさせてみたらそれすらわかっていなかった。

まずは基本を全て教えた。

彼女は馬鹿だったのではなくて、基本がわからないのに無理矢理みんなと同じレベルの勉強から始めたのでついていけなかっただけだった。


基礎をしっかり覚えて仕舞えば、あとはどんどん吸収していって、教える方も楽しくなった。


「今度はこれやってみて」

「うん、わかった」


ある日ーー


「セザンってわたしのことわからないからって呆れて見捨てないでくれて、本当に感謝してるの」


「当たり前だろう、君が成績が上がらないと俺が困るからね」


「……え?」


「俺はある人に君の成績を上げるように依頼されたんだ」


「……そうだったんだ……」

ユリアンが少し傷ついた顔をしたのに気付いたが俺はみなかったことにした。


「だから俺が卒業するまでになんとかもっと成績を上げないといけないんだ」


「……どうして?わたしの成績を上げるのに期限があるの?卒業してからも教えてくれないの?」


「俺は卒業したら外交官として働き出すんだ、だから君を教えることはもうできないと思う」


「………わたし……成績が上がったら最後にご褒美欲しい」


「ご褒美?」


「うん、無理なことは言わないよ、でもちょっとだけ我儘聞いて欲しい」


俺は彼女の気持ちなんか知らなかったから、「わかった、ただし俺の出来ることだけだよ」


気軽に約束してしまった。



ーーーーー


何度もユリアンといるところをダリアに見られた。

食堂で食べた後急いで勉強をするので、二人で昼食を摂ることが多くなった。


放課後も図書室で勉強を教えた。


さすがに自宅で二人っきりでいるのは、俺も抵抗があったので教えるのは学園だけと決めていた。


休日は宿題として課題を与えていた。


誤解されている、それはわかっていた。


ダリアに何度告白されても断りの返事しかしていない。態度も冷たい。


彼女が悲しげにしているのに後を追うこともできない。

他の男がダリアに優しく話しかけ、それに笑顔で返す姿を見て、何度拳を握りしめていたか。


俺がちっぽけなプライドの所為で、ダリアの横に並べる男になりたい、人に守ってもらわなければ婚約者になれないならなりたくないと思ったことが、今更ながらこんなに後悔するとは思わなかった。


「好きです」

ダリアは明るく毎日言ってたけど、本当は手がいつも小刻みに震えていた。

俺が断るたびにひどく傷ついているのだってわかっていた。


最低な俺がもうダリアに告白するなんて出来ない。

何度も諦めようとした。

でもやっぱり諦めきれなくて、目がいつもダリアを追ってしまう。


楽しそうに友達と笑うダリア、他の男子と親しく話すダリア。

本当はその笑顔も隣にいる権利も全て俺のものなのに。

俺はダリアの横にいられない自分にイライラしながら過ごすしかなかった。

自業自得なんだ。




卒業式の一週間前からダリアが、朝家に顔を出さなくなった。


「お兄ちゃん、とうとう捨てられたね」

マーガレットは俺に対していつも辛辣だった。

ダリアはマーガレットを妹のように可愛がり、俺がいない時でもダリアは我が家に遊びにきて母とマーガレットと仲良くしていた。


親父は俺と侯爵との約束を知っているから黙って何も言わずにいてくれた。


ただ、ダリアが全く顔を出さなくなった時に一言。


「セザン、お前の気持ちはわかっている。でもそれが相手に伝わっていなければ、お前はただの残酷な冷たい男でしかない、その結果が今なんだろう」


俺は俯くしかなかった。


俺はユリアンの成績を上げることに必死になった。


成績が上がっていくことがユリアン本人もだが、俺も楽しかった。

つい夢中になって彼女に近づきすぎていたのかもしれない。


ダリアが俺に関わらなくなった卒業式までの一週間は俺にとって長く辛いだけの時間だった。


ーーーーー


そして卒業式。


約束の首位での卒業。


そして外交官になったことで、これからは誰からも文句を言われず堂々とダリアの横にいられる。


なのにこの虚しさはなんなんだろう。


5年間彼女にプロポーズをするためだけに必死で頑張ってきたのに、彼女からの告白を断り続け、最後にはもう話しかけられなくなった。


俺を避けているのがあからさまにわかった。


廊下を歩いていると彼女の姿が目に入った。

サッと隠れるのが分かっても声をかけられない。


そして俺の横にはユリアンがニコニコしながらいる。

残りはユリアンの成績。

最終テストは卒業式の3日前。

ユリアンの成績がわかるのは卒業式当日だった。


俺たちの卒業式の間、下級生は試験の結果の用紙を渡される。

その結果次第で俺の運命も変わる。



卒業式で卒業生代表の挨拶をした。

これは卒業生にとって憧れ。


だけど俺にとってはこんなことどうでもよかった。

早くユリアンの結果を知りたかった。


卒業式が終わりユリアンと約束した空き教室に急いで行った。


入った瞬間、


「ユリアン、結果は?」

息を弾ませながら俺はユリアンに早く結果を教えてほしいと顔も見ずに聞いた。


「うん、205名中68番だったよ」


「よし!」

俺は嬉しくてユリアンに「頑張ったな」と褒めた。


「セザン、卒業おめでとう。ずっとそばにいてくれてありがとう、寂しくなっちゃうわ」


「ううん、本当はまだ一緒にいてあげたかったけどごめんな」


俺はユリアンに教えるのが楽しかった。

だから言った言葉だった。


「……だったらずっとわたしのそばにいてよ。セザンに成績が上がったら一つだけ我儘聞いて欲しいとお願いしたでしょう?」


「ユリアン、ごめん。それはできない。

君に教えることはできない。学生の間だから出来たんだ。学園ならたくさん人がいる、だから勉強を教えていても二人っきりになることはない。でも学園を卒業したら教えるのは二人になってしまう、それは無理だ」


「どうして?ずっとそばにいてくれたじゃない?わたしのこと少しでも好いてくれていたと思っていたのは勘違いだったの?」


「悪い、そう思わせていたのなら謝る。君の成績が上がっていくのがつい楽しくて君に近すぎていたのかもしれない」


「そんな……わたしは貴方が好きなの」


「ごめん、俺には好きな子がいるんだ。その子のために学園を首席で卒業したんだ、君の成績を上げるのもその子との婚約を認めてもらうために頼まれたんだ」


「……嘘、だっていつも笑顔でわたしのそばにいてくれたじゃない。わたし達みんなから恋人同士だって噂されていたのよ?わたしも貴方の優しさをずっと愛情だと思っていたわ」


「……悪い、君を恋愛対象だと一度も思ったことはなかった」


「あの優しさはなんだったの?」


「……君は俺にとって成績を上げろと頼まれた子だったから」


「最低!……わたしが勘違いしただけなの?あの優しさも笑顔も?少しもわたしを好きではなかったの?全く?」


「俺はずっと好きな子がいるんだ、それに君には成績を上げるようある人に頼まれたと最初に言ったはずだよ」


俺は確かに彼女にそう言ったはずだった。

それに成績を上げるため必死だったけど、別に彼女に身体的には近づきすぎたことも、触れたこともない。


好きだと思わせるような態度も取ったつもりはなかった。


「……わたし……帰るわ」


彼女は涙を溜めて、恨みがましい瞳をしてキッと睨んで帰って行った。


俺はそれを黙って見送った。



卒業式が終わり、あとは自宅に帰り正装して卒業パーティーに行くことになっている。


俺は隣のクラスのダリアのところへ急いだ。

思ったより時間を取られた。

早くダリアを捕まえなきゃ。

やっと、ダリアに自分から話しかけられる。



俺は気を急きながら彼女の姿を探した。


エリーを見つけて

「エリー!ダリアは?」


「………話しかけないで!」

エリーは俺を睨みあげてそう言うと去って行った。


ダリアと仲が良かった他の友人達も俺を睨んでいる。


確かに勘違いさせていたとは思う。

ユリアンも言っていた。俺と彼女が付き合っていると噂になっていると。


ダリアも勘違いしているのか?

俺はやはり間違っていた…


「エリー、お願いだ、ダリアはどこに行ったか教えてくれ!」

もう一度エリーに聞いた。


「ダリアなら君を探しに行って大泣きしながら教室に帰ってきて、家に帰ったよ」


「そう、あれは可哀想すぎたよな」


「ほんと、もう誰も慰めてあげられなかった」


「大泣?俺を探した?」

ーーあ、ユリアンと二人でいるところを見られたんだ。もしかしてまた勘違いさせた?

仲良く話しているところを見られた?

最後の会話を聞く前に帰ったのかもしれない。


顔面真っ青になった俺はつぶやいた。


「ダリア…」


すぐに教室を出てダリアの家に行こうとした。


「おい待てよ!」


ダリアと幼馴染のバンが俺を引き止めた。


「何?」


「ダリアにあれだけ冷たくして他の女とずっとイチャイチャしておきながら今更ダリアになんの用なんだ?」


「君には関係ないだろう?退いてくれ!」


「もうダリアの傷ついた顔を見たくない、君がずっと彼女を傷つけてきたんだろう?」


急いでいるのに引き止めやがって!

わかってる、わかっているから急いでダリアに会いに行きたい、もう、これ以上勘違いさせたくない。


「俺が好きなのはダリアなんだ!理由があって話すことを禁じられていたんだ!やっと話す許可を得たんだ、邪魔しないでくれ」


「セザン、ダリアは今日貴方に断られたらあの子は……修道院へ行くと決めていたの」


エリーそう言うと、「ダリアをこれ以上泣かせたら絶対許さないから!」


俺は「すまない」そう言って教室を飛び出した。






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