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悪役令嬢の妹はどうにか姉を助けたい!!!

作者: きなこ

私は王子とその取り巻きの会合を盗み聞きしてしまった。卒業パーティーで姉を婚約破棄して追放するというのだ。うまくいかないようなら処刑も考えていると。そして、愛する女性を婚約者として迎えると嬉々として語っていた。体が震える。ショックからか怒りからか自分でもよく分からなかった。


なぜ?

確かに姉は罪を犯した。

人としてやってはいけないことをしてしまった。

しかし、報いとしてはさすがに行き過ぎていると思うの。


婚約者の王子に執着するあまり、相手の女性に嫉妬して私物を盗んだり壊したりした。窃盗と器物損壊ね。

悪口は名誉毀損。

手をあげたこともあった。これは暴行。

所詮か弱いお嬢様の戯れだから頬に爪の傷がついたとか、少し冷やせば次の日には跡すら残っていないような代物。だから良いとは言えないけれど。


姉にも良心はあるから、浮浪者に襲わせたり、命を狙ったり、女性の玉傷になるような危害を加えるようなことはしなかった。


これらの罪はどう見積もっても悪くて禁固刑、軽くて罰金で済むであろう。刑事事件ではなく、示談になれば慰謝料の請求で方がつくかもしれないし、きちんとした謝罪を行えば壊したものの弁償だけで済むかもしれない。弁済は絶対すべきよ。遺恨を残さないためにもしっかり筋は通さないといけない。しかし、しかしよ。


それが、処刑? 追放?

冗談はよしなさい。馬鹿じゃないの?


彼らはどうにも姉を排除したいみたい。

まあ、そうよね。そうでなければ彼女とは結ばれないものね。

自分の心変わりを、いや、既に懇ろのようだから浮気を差し置いて、姉に全て責任を押し付けるなんて男の風上にも置けないわよ。


お相手の女性は男爵が侍女に手を出して生まれた子供だ。邸宅から追い出されて平民として生きていたが、元侍女が亡くなって男爵家に引き取られた。まあ、貴族ではよくある話だ。

それなりに頑張って貴族の世界に馴染もうとしたのだろう。学園に入学したときは生粋の貴族令嬢と比べたら粗さは感じるものの、彼女の来歴を考えたら十分な礼儀作法は身についていた。涙ぐましい努力を感じた。彼女自身はそんなに悪い方ではないと思っていたのだけれど。


身分が足りないからさすがにそのままでは正妃には出来ない。正妃になり得る身分の家に養子に迎えて貰えば不可能ではないが、大抵の家は私の家を敵に回そうとは思わないだろう。

王妃教育にはかなりの時間とお金が掛かる。教育を受けたとしても全員が合格点をもらえるわけでもない。本人の素養と何より根性が必要だ。ほとんどの女性は途中で諦めてしまう。

それなりのマナーや常識が身に付いている女性ならまだしも平民として育ち数年前に男爵家に引き取られた女性だ。貴族としてのマナーはまだまだ未熟。対立している政敵の家でもさすがに身につくと保証すら出来ない女性を迎え入れるにはリスクが高過ぎるし、お金の無駄だ。


別に側妃として迎えればいい。側妃に添えれば時間の掛かる王妃教育を今更する必要もないし、そうしたら姉だって文句は言えないし、お飾りの王妃だって世の中にはいる。そんなことも考えないくらいのぼせ上がっているみたい。


潔く両陛下やうちの両親に事情を話し婚約を解消すればよかった。うちの後ろ盾を得ることは難しくなるし、うちに借りを作ることになっても、きちんと誠意を持って対応すればよかった。誠実さというのは武器にもなり得るのだ。我が家が牙を剥く事にもならなかったし、他の貴族や民衆からは温かく迎えられただろう。

しかし、彼は自分の不手際を認めることをしなかった。全て私の姉が悪く、自分を肯定させようとした。我が家に責任を負わせることで後ろ盾をそのままに、言うことを聞かせようとした。

だから罪をでっち上げた。

国を背負う人間としてやってはいけないことを彼らもまたやってしまったのだ。

偽証罪。


姉は確かに傲慢だ。

プライドは高いし、自分に厳しく、他人に対しても自分と同じだけのものを求める。誰にでも好かれるようなタイプではない。誰でも感じ取れるような優しさは持ち合わせてはいないが、それでも性格は歪んじゃいない。

ある意味王妃として生まれたような女だ。ただ今王子に求められている女性像とは合致しなかった、と言うだけで。


私は完璧な姉が苦手ではあるが、誰よりも努力を怠らないところが大好きだった。同じ親から生まれたから素質はあるはずと頑張ってきた。姉に頼ってもらいたくて。それは叶ったことはないが、いいのだ。あの姉が頼らざるを得ない状況なんてきっとロクデモナイ事態なのだから。


私は柔らかく見える容姿を生かして、学園では優しさを振りまいた。何故こんな面倒なことをしたと思っているの。姉を支えるために決まっているでしょう。学園は社交界の縮図だ。学園では身分はあってなきものと名目はあるが、全く意識しないわけではない。

私は本来姉が築くはずだった派閥を引き受ける事にした。政敵に大きな派閥を作られてしまうと彼女が王妃になった時に厳しくなってしまうから。不器用な彼女を助けるために、“情けは人の為ならず”を信条に積み上げてきたのだ。いつこの信頼を利用するの? 今でしょ!


他人を自分の思惑通りに動かすにはいくつか方法がある。1つは、恐怖。これが1番楽な方法で、1番後が怖い方法だ。長い目で見るなら取らないほうがいい。

私が利用するのは善意だ。以前助けてあげたことの見返りを要求するのだ。私からではなく、“彼ら”が自分の意思で。

私よりもきっと姉の方がずっと純粋で慈悲深い。私は下手な詐欺師よりも上のペテン師だ。


女の涙? こんなところで使わないわよ。あれは最終手段。土下座と同じよ。色々な所で使ってしまったら最高の効力を発揮しないもの。その切り札は使わないだけ価値を高めていくものだ。泣くよりも強張った表情で下手くそに笑う方がよっぽど効果がある。


ない罪を立証するのと、ある罪を隠すのとどちらが簡単かと問われれば後者である。姉は存在が目立つので、片っ端から目撃情報をあたった。幸い卒業パーティーまでは3か月ある。まだまだ打つ手は残されているはずだ。私の手の届く範囲で集めた情報を有効活用するにはまだ少し足りない。だから、人手を借りることにした。私にとって近いようで遠い人。自分の利益を見出せないことには梃子でも動かない人。それが私の婚約者。


証拠を集めて、裁判の規定に則り纏めた書類を持って彼のアポを取る。どうプレゼンするかは一晩中考えた。執務室の大きな机の前で書類を広げる。情に訴えるよりも理路整然とした説明を心掛ける。私の必死の言葉にも眉一つ動かない。鉄仮面や、氷公爵と呼ばれるだけある。こんな扱いで婚約者なのかと思う人はいるだろうが、婚約者でなければアポすら取れない。話を聞く時間を割いてくれるだけ、マシなのだ。


それでも、さすがに心が折れる。焦ってもいいことないとひたすらに冷静に努めてきたけれど限界を超えている。だって、姉がどうなるのかの瀬戸際なのだから。声が震える。泣きたくはなかった。奥歯を噛み締める。こんな鉄面皮に泣き顔を見せるのは癪だった。どうしたらいいかわからない。

法を司る公爵に少しだけツテを借りたかっただけなのだ。これを証拠として提出しても握りつぶされないために。痛い腹を探られたくない王族側に踏み潰されないために、白黒ひっくり返されないために、確かな正当性を持った証拠にしたかっただけだった。


家族の主張なんて、弱いのだ。学園で起こったことに対して父が動くのを待ってしまったら遅すぎる。そして、学園には固有の権利があり、それを学園外の大人側から干渉するのは後に不利益を被ることがある。学園は王立だからそこで顰蹙を買うのは避けたい。だからこそ、学園の生徒である私が、学生として当然の権利を行使して彼らの主張に対してNOを叩き付けるための証拠が必要なのだ。



「私は…不器用な姉を慕っています」


正直、落胆と少しの失望。婚約を結んだ時、お互い歩み寄っていこうと、温かい家庭に憧れているとそう言ったのは嘘だったのか、と。怒るまでもなかった。怒りよりも悲しみが勝ったのだ。


「あなたと婚約するのに不満はありませんが、姉を見捨てると言うのならそれまでの存在と割り切らせていただきます」


肩を落とし、踵を返す。時間の無駄だった。子供みたいな対応になったのは許して欲しい。


別に婚約だって、結婚だって問題なく進む。ただ私の意識が変わるだけの話だ。何も変わらない。子供だってもうけるし、家族として体をなすが私の心は受け渡さない。政略結婚ならそれで十分だ。


凹んでいる暇はない。他力本願だった自分を殴りたい。でも、どうしたらいいか。学園長の所に持って行って握りつぶされるの覚悟で提出するほかないか。後は嘆願書かな。きちんと調べてもらえるように、署名を集める。無罪を求める署名は名前を書きづらくても、姉のやらかしたことの調査依頼と減刑を求める請願書なら一筆くらいもらえるのではないか、と。時間稼ぎでいいのだ。

こう言うのは短期決戦だから怖い。感情を揺さぶり、扇動し悪を倒すと見せ掛ける。人の正義感を擽って民衆を煽るやり方は戦争と同じだ。我に返って自分が何をしたのか考える前に結論を出してしまう。さすが王子のやることよね。流れで推し進めてしまうことを止めたかった。冷静になればおかしいと思う人も出てくるだろうから。向こうだって嘆願を無下にするほど非道にはなれないだろう。だって彼らは“正義”を訴えているから。


立ち去ろうとした時、彼は私の背中にぽつりとこぼした。寂しそうな声だった。


「なぜあなたは俺に純粋に助けを求めない? 君は俺の婚約者だろう?」


驚いた。鉄仮面の男が心なしかしょんぼりしている。だって、あなたは自分に利益がなければ動かない人だから。私の嘆願なんて、何にもなり得ないものを欲するとは思えなかった。そんな気持ちが顔に表れていたのだろう。


「昔言ったことを忘れたのか。幸せな家族を作りたいと。俺自身を見てほしいと。俺は確かに無駄なことはしない。でも君のことなら無駄なことなんて何もない」

「拗ねているんですか…?」


「そりゃそうだろう。君の助けになろうと既に準備していたのに、仕事相手のように淡々と説明されたら意地悪もしたくなる」

「意地悪」

「君の姉の情報が入った時点でやるべきことは全部用意してある。君のその書類の補完になるだろう。さあ、君がすべきことは?」


思わず唖然としてしまったが、他人行儀が嫌で拗ねていたと分かればやることは決まっている。先ほどはやり方を間違えたようだ。座っている彼をまっすぐ見つめる。助けてほしいと縋りつくように言葉に力を込めた。父親に懇願するときに効果的な方法だ。


「お願いです。私の姉を助けるのに手を貸してください」


執務室の奥の机から立ち上がった彼は私の目の前にやってくる。私の腕を掴んで引き寄せると唇が塞がれる。びっくりして目を開いたままだった。柔らかく触れて、向きを変えてからまた触れてくる。ちゅ、ちゅっと音がする。訳が分からなくて成されるがままだった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。離された時には足から力が抜けた。座り込みそうになるのを腰を支えられる。顔はきっと真っ赤だった。出会った当初の年少の頃に頬にキスをしたこともされたこともあった。


「な、何を?」

「嫌か?」

「いえ…あなたもキスしたいとか、思うんですね?」

「そりゃあ俺も男だから。見返りは特にいらないと思ったけど、ご褒美もらってもいいだろう?」


彼は言い訳じみたことを話しながら顔を背けたが、よくよく見れば目元が赤くなっている。自分でキスしておきながら照れているの? この照れ方は見たことがあった。昔まだ婚約する前、仲が良かった時によく見ていた。彼の家が政権闘争に巻き込まれて、両親が亡くなって疎遠になった。

婚約を申し込まれて父が了承して久し振りに会った頃には表情が全く変わらない今の彼になっていた。月に2.3回会う時も、舞踏会やお茶会に参加するエスコートの時も無表情は変わりなく、ほとんど話すこともない。私の話を聞いているのか聞いていないのかたまに相槌が入るくらいだったので私に興味はないのだと思っていた。


微妙な雰囲気になったものの、今大事なのは姉の件だ。頬をパンと叩いて気合を入れた。彼の胸に両手を置いて少し離れる。彼はすべての用意を整えたと言っていた。まずその内容を聞かなくては。すぐ現実に戻った私を残念そうに見下ろしていたなんて私は知らない。



執務机の前にあるソファに座り直す。彼の書類を見ながら思わず感嘆の声が漏れる。仕事ができる人だというのは噂でよく耳にしていた。しかしいつから始めたかはわからないがここまで調べ上げているなんて。ペラペラめくりながら手を止めた。


「どうした?」

「あなた、王子を廃嫡するつもりですか…?」


思わず零れ落ちてしまった。口を咄嗟に押さえる。顔色はきっと真っ青だろう。廃嫡…いや、そんなものじゃ留まらないかもしれない。ここまで王子や取り巻きたちを調べていると思わなかったし、あの人たちがここまで馬鹿なことをやらかしているとも思わなかった。これは安易に見ていい代物ではない。公爵家の情報収集能力を甘く見すぎていた。


「王位継承者はまだいるし、いなくなっても問題ないだろう」

「それは…そうかもしれませんが」


“いなくなる”の意味が多分違う。それを彼は隠してもいない。ここまでは望んでいなかった。姉は王子を慕っているが、この資料を見る限り婚約破棄をした方が幸せだろう。


頬を触られる。見上げると目の下をなぞられた。まるで壊れ物を扱うようなしぐさだった。


「いつから寝られていない?」


隈ができているのは知っていた。ここ最近は情報収集のための準備や根回し、資料作成で手いっぱいであまり眠れていない。何とかしないと、という強迫観念に囚われてやれることを探してしまう。最初は顔色が少し悪いくらいだったが、いつからか隈が離れなくなってしまった。化粧でどうにか誤魔化しているが、近くで見られると分かってしまう。顔を背けようとして顎を取られた。目を逸らすのを許してくれない。


「毎日寝ていますよ。…ただあまりよく眠れないだけです」


ため息を吐いて手を離された。ここぞとばかりに話を逸らす。


「これを使うのは避けたいのですが」

「なぜ?」

「私はあくまで姉の冤罪を晴らして、すぐ次の婚約者が見つかるようにうまく婚約破棄できるようにしたいのです」

「だから、相手に温情を与えると?」

「いえ、世間に公開するのではなくこれを彼らに見せて、敢えて許すことで弱みをずっと握っておきたいと思うんです」

「…なるほど」

「私の望みは家族が平穏に過ごせることです。王子やその取り巻きを排斥して世間に警戒されるよりも、彼らの手綱を引いていた方が、面倒が少なく済むと思いませんか?」


私の言葉に考え込む彼を見つめる。可愛らしい考えとは真逆だと思う。ただ慈悲深いことを取り繕って言うつもりはなかった。


「幻滅しました?」


にこりと笑って言って見せる。少し笑いを零した彼は、壮絶な笑みを浮かべた。泣く子も黙るようなそれに息を呑む。


「いいや、頼もしいと思ったよ。その路線で行くなら君の書類に肉付けした方がいいな」

「嘆願書の署名を集めようと思うのですが」

「ああ、いいだろうね。それとこういうのも加えるといいんじゃないか」


話し合いは予想以上に白熱し、助言をもらえたので希望が見えた。今までで一番会話を交わしていると思う。少し打ち解けられたのではないか。ほくほくと書類をしまいこんでいると彼は物憂げな顔をしている。どうしたのだろうか?


「俺が学園にいたら色々してあげられたのに」


年が5つ上だから学園で被ることはない。気にしたことはなかったが意外と気にしていたのか。ソファに置いてある手に自分の手を重ねる。


「あなたが私よりも経験が豊富で、伝手が多いから救われているんです。同級生でもきっと楽しかったとは思いますけど、姉を助けることは難しいでしょう。私は今のあなたが良かったと思います。それに私はやってもらうだけは好きではないので」


「ありがとうございます。あなたに聞いてもらえて安心しました」


改めてお礼を言うのが照れくさくて目を伏せる。重ねた手に力を込めた。反応が全くない。数秒の沈黙が流れて、顔を上げた。耳まで赤くなった彼が目に入り、驚く。見るなと睨んで来るが怖くない。逆にキュンときた。

私の頬が緩んでいるのに気づいたのだろう。自身の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。可愛い。顔を近づけて覗き込むと頭に腕を回されて肩に顔を埋める。息を吸い込むとスパイシーな香りがする。結構好きな香りだった。勝手に匂いを堪能していると、しばらくして顔色が戻ったようだ。彼にエスコートされるまま帰宅した。


学園内で継続的にお茶会を開き、それぞれの動向を把握していく。王子側の実情が分かるように件の男爵令嬢に近い令嬢にも近づいた。何度か困った状況から助けてあげれば信用もしてくれる。

彼からのアドバイスを参考にする。姉には敢えてアリバイを用意してもらった。姉には王家の影が四六時中監視と護衛の名目で付いている。アリバイと影の報告と彼女自身が付けている日記を照らし合わせれば証拠の1つとして挙げられるだろう。影の報告は情報開示に時間がかかるし、上の指示で改ざんされることもあり得る。だからアリバイがカギになってくるのだ。

彼らはたまに事件を起こし姉のせいだという噂をばら撒いていた。


男爵令嬢の知り合いと仲良くなるにつれて彼女の思惑がなんとなくわかって来た。彼女は決して悪い子ではない。貴族社会に馴染もうと努力を惜しまないところは尊敬できる。義理堅いところもあり優しさもあり友人関係も良好なようだ。ただ、自分の生まれにひどいコンプレックスを抱いていた。愛人ではなくたった一人の妻になりたいと話していたと聞いている。


学園に入学した当初は平民育ちの男爵令嬢ということで平民からも貴族からも遠巻きに見られていたようだ。しかし彼女の人柄で平民とは徐々に打ち解けていった。そして、王子と出会う。礼儀作法はきちんと学んでいたが、王子や貴族の顔までは把握できていなかった。貴族の友達がいないこともあって、彼らの婚約者事情を知ることもできなかったのだ。ただ裏庭で少し会話する高貴な男子生徒。それが王子であり、学園を卒業したらすぐに結婚式を控えた婚約者もいる。それを知った頃には既に骨の髄まで惚れこんでしまっていた。


ある意味彼女も被害者だった。既婚者に騙されて不倫関係を結んでいたようなものだ。彼女が王子だと気づいていたら迂闊に近寄りはしなかっただろう。貴族の友達がもっと早くできていれば婚約者のいる男に心を許すこともなかった。彼女は自分の生まれを嫌悪していたから同じ轍を踏むことはなかったに違いない。もう後の祭りに過ぎないのだけどね。

王子は自分のことを知らない彼女に、知らせないように動いていたみたいだから、男は確信犯だ。そして、なぜ言わなかったと責められたら自分を王子と知らぬ者はいないから向こうも納得済みだと考えていたとしらばっくれるつもりだったのだろう。こんな男のどこがいいのか。ただの屑野郎だろうに。


悩んだ彼女はどうにもできなかった。離れようにも心が言うことを聞いてくれない。男が婚約者を嫌悪していて、自分を愛しているとずっと言い続けていればまあ仕方ないのかもしれない。愛しているのは君だけだから婚約破棄するのを待っていてほしいと懇願する。浮気野郎の常套手段だ。


そこまでは彼女に同情できた。男たちは冤罪をでっちあげたけれど彼女はそこには関与していない。彼女は確かに襲われたのだ。自作自演ではない。冤罪をでっちあげるために彼らが依頼した破落戸に襲われかけたのだ。彼女は姉の仕業だと言われてそれを信じた。まあそりゃ信じるよね。愛する者が自分を襲わせるとは思わないよね。恋人が悪党だと見抜けるほど擦れてはいなかったし、彼女は確かに愛していたのだ。

そして、非道なことをやってのける姉を軽蔑し、彼らが排除しようという話に乗ってしまった。大切な人の唯一になりたいという強い気持ちも彼女の目を曇らせる一因だったのかもしれない。


いや本当にただの被害者じゃないの? 最初は制裁の対象に加えようと考えていた男爵令嬢にどうしようかと戸惑ってしまった。屑野郎にはもったいない。彼女を救う手立てもきちんと用意しておこう。男より女の方が異性関係は厳しく見られてしまうから。


着々と準備は進んだ。時折婚約者を訪ねて進捗状況を確認してもらいながら、作戦を詰めていく。相手にはどうやらバレてはいないようだ。まあ学園ではあまり姉とは話さないから仲が悪いと思われているのだろう。相手が動いてくれるたびに、冤罪の証拠が集まっていく。首を絞めていく彼らに怒りを通り越して呆れてしまった。



そして、パーティー当日。


パーティーには卒業生と、そのパートナーと家族が参加できる。私も卒業生の家族という立ち位置で参加していた。勿論私のパートナーは婚約者だ。仕事が忙しいだろうにすべて前倒しで片づけて付いてきてくれた。私はもう俄然無敵な気分だ。


卒業式を終え、パーティーが開かれる。陛下の声で始まったパーティーは宴も酣を迎えていた。ついに彼らは動き出す。マイクを片手に宣誓する彼らに私の中でゴングが鳴り響いた。


続きを書いています。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 断罪まで読みたかったです。
[一言] 顛末は無いんかな……
[良い点] ラストシーン、きれいに着飾った妹ちゃんと彼女に手を添えた婚約者とが、人垣をかき分けて前の方へと進み出す瞬間の後ろ姿を幻視しました。 きっちりとやり返してくれるんだろうなぁ。 「悪役令嬢」…
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