第9話 大切な人?
「今、何と言われました?」
「いや、だからトロングハイを討伐してきたと……」
「シュワルさん、私は貴方をそれなりに信用しているつもりです。でもトロングハイを討伐したなんて……!」
報告に戻ったギルド・ストレートファイターで、ショコラさんがシュワルさんに詰め寄っている。というのも、トロングハイは滅多に現れることはなく、万が一の際には王国が討伐軍を組織するほどの強敵なのだそうだ。それを一介のギルドメンバーが、しかも全員無傷で討伐を果たすなど、考えられないということだった。無傷なのはクリスさんが治癒魔法で手当てしたからなんだけど。
「そんな嘘をついてまで、私を口説きたいのですか!?」
「いや、あの……」
「見損ないました!」
とりつく島がない、というのはまさにこのことだろう。シュワルさんは完全にショコラさんにそっぽを向かれている。だがその横で、クリスさんが小さなガッツポーズを決めていた。
しかし、トロングハイを討伐したのは間違いない。国王への報告のためにも、証明書を発行してもらう必要があるのだ。
ちなみにショッポ村で助けた男の子は、今はザビエルさんが面倒を見てくれている。あの子もどうするかは考えなくてはいけないだろう。
「ショコラさん、ちょっといいですか?」
「セレーナさん、貴方はそんな嘘を言いませんよね?」
「いや、嘘ではなくてですね……」
「行ってみたらショッポ村が壊滅してたなんて、誰が信じると思ってるんですか?」
この受付嬢は、あまり人の話を聞いてくれそうにない。
「その上、言うに事欠いてトロングハイの仕業だったなんて」
「いや、本当なんですって」
「大体トロングハイの討伐は勲章ものですよ。はっ! まさか、さっきの男の子は誘拐してきたんじゃないでしょうね」
「酷い言いがかりですよ」
「まあいいです。間もなく調査隊が戻ってくるでしょうから、そうしたら分かります」
本来なら魔物を討伐した場合、その死体なり死体の一部を持ち帰って証拠とするそうだ。だがあの巨体を運んでくるのは無理だったし、一部を切り取るなんてグロテスクすぎた。だからあの場に放置して、俺たちは戻ってきたというわけだ。
「ショコラさん!」
そこへショッポ村に行っていた調査隊が戻ってきた。
「どうでしたか?」
「それが……」
「村は平穏そのもの。トロングハイの死体なんてありませんでしたよね?」
「いえ、あの……」
「何ですか? 勿体つけずに報告して下さい」
「その人たちの……言う通りでした」
「うんうん、そうでしょ……ええっ!?」
調査隊は確かに現場で、頭を1つ失って死んでいるトロングハイを確認した。ただ、あと2つは残っていたので、念のためそれらも切り落としてきたそうだ。
「今は回収隊が向かってます。解体、回収したら王城に報告に行くと」
「それで、村人たちは?」
「1人の生存者も……」
「お父さん……ねえ、お父さんは? お母さんはどこ?」
調査隊が戻ってきたのに気づいて、少年が寄ってきていたようだ。しかし、おそらくは5歳前後と思われる彼でも、村人の生き残りがいなかったというのは分かったらしい。その目から、大粒の涙が溢れ出ていた。
もちろん、トロングハイに殺されていたとしても、肉体さえ残っていれば、彼らの蘇生は可能だった。しかし俺があそこで見たのは、ヤツが食い散らかしたと思われる肉片だけだったのである。あの状態では、さすがに俺の蘇生も役には立たない。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんならお父さんとお母さんがどこにいるのか知ってるよね?」
「あ、いや……」
「お願いだよ。早くお父さんとお母さんに迎えにきてくれるように言ってよ」
きっとこの子も分かっているのだ。両親がすでに手の届かないところへ行ってしまったことを。だが、俺の口からそれを言うなんて、酷すぎて吐きそうだよ。
幼い頃、俺が初めて入院した時のことだ。病室に1人残された俺は、不安で一晩中泣き続けていた。それまでいつも側にいてくれた両親が、2度と会えないところに行ってしまったように感じたからである。
もちろん、俺の場合は翌日には会いにきてもらえた。だが少年の両親は、この世にはもういない。親の温もりも優しさも、彼には2度と向けられることはないのである。
「少年、名前は何と言うんだ?」
「リコ。リコ・ココリだよ」
俺はリコと名乗った少年を抱きしめた。
「リコ、お前のお父さんとお母さんは遠いところへ行ったんだ」
「遠いところ? どこ? ボクも行く!」
「ダメだ」
「どうして? ねえどうしてダメなの? ボク、お父さんとお母さんに会いたいよ!」
少年の悲痛な叫びに、周りの誰もがすすり泣いている。
「もちろん、お前のお父さんもお母さんも、お前に会いたがっているさ」
「なら会わせてよ。ボクをそこに連れていってよ!」
「今はダメなんだよ」
「じゃあ、いつなら会わせてくれるの?」
「それは……」
もう一度、俺は彼をしっかりと抱きしめた。ここで間違ったら、この子は不幸な人生を歩み始めるかも知れない。絶対に、間違えるわけにはいかないんだ。
「それはな、リコ」
「うん」
「お前が大きくなって、強くなって」
「うん……」
「大切な人を護れるくらいになったら、きっと会いにきてくれると思うぞ」
「大切な人を、護れるくらいに?」
「そうだ」
「お兄ちゃんみたいに?」
「俺みたいになんかならなくていい。俺は弱い人間だ」
「そんなことないよ! お兄ちゃん、凄かったじゃないか!」
「リコにはそう見えたか?」
「うん! ねえ、エルフのお兄さんも見てたよね?」
「え? あ、うん、そうだね」
突然声を向けられて、ザビエルさんが戸惑いながら応える。それを聞いたショコラさんが、驚いた顔で俺を見ているのが分かった。だが、今は目の前のリコだ。
「もしリコにそう見えたなら、それが大切な人を護る強さだよ」
「大切な人を……」
「そうだ。だからリコも早く大きくなって、強くならなきゃいけないよ」
「うん、分かった!」
力強い言葉だった。溢れる涙を止められないくせに、それでも彼は歯を食いしばっている。そんな姿を見た周りの人たちも、涙を堪えきれないようだ。皆、誰に憚ることなく、すすり泣いていた。
「ハルトさん!」
そこへ、聞き慣れた声が俺を呼ぶ。
「ミルフィーユさん? どうしてここへ?」
「帰りが遅いから探しにきたの。迷子になってないかって……そうしたら……」
言いながら、突然彼女は俺に抱きついてきた。その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。そんな彼女もリコと同様に抱きしめる。するとリコが、俺の袖をちょいちょいと引っ張った。
「うん? どうした?」
「お兄ちゃん、このお姉ちゃん誰?」
お、いい質問だぞ、リコ。
「この人はな」
「うん」
「俺の大切な人だ」
「は、ハルト……さん?」
重苦しい雰囲気が、一気に解消した瞬間だった。あれ、俺何か変なこと言った?




