第4話 奥方様候補?
「ミルフィーユ殿」
「は、はい!」
「その鍵はな、ハルト殿に与えた屋敷の合鍵だ」
「は……えっ!?」
「な、何ですって!?」
アークマイルド国王は玉座の肘掛けに肘を置き、脚を組んでニヤリと笑った。
「アリアから聞いたぞ。そなた、ハルト殿を……」
「こ、国王陛下に申し上げます!」
「うん? 許す。申してみよ」
「そ、それ以上は……」
「言うなと? ならば合鍵はいらぬと申すのか?」
「あ、いえ、その……」
まさか、まさかだよね。ミルフィーユさんが俺のことを想ってくれてるなんて。
「ち、違います! ハルトさんは……ハルトさんはエッチだから、私が見張ってないとダメだと思ったんです!」
「ちょ、エッチって」
「ほう、詳しく聞こうか」
「へ、陛下!」
「私の胸を2度も揉んで」
だからあれは事故だってば。
「ミニスカートでクルッとターンさせてパンツを見たり」
た、確かにそれは認めるけど。
「アリアさんの腰を抱いたり、エリスさんの胸をいやらしい目で見たり」
いや、ちょっと待って。
「イオナ殿下やフィオナ殿下を抱きしめたり」
さすがにマジでマズいって。国王の目つきが変わっちゃったじゃないか。
「イオナ、彼女の言葉は真か?」
「父上、申し上げにくいのですが、その通りです」
イオナ姫、少しは庇って下さいよ。
「ハルト殿、申し開きがあるなら遺言として聞いてやろう」
「ゆ、遺言……いえ、ですから……」
この後どうにか諸々の事情を話して、渋々ではあったが許してもらったよ。その代わり俺は国王の命令で、冒険的ギルドに登録させられる羽目になった。そこで王国民を苦しめている魔物だの盗賊だのを退治してこいだとさ。便利屋開業はいつになることやら。
ところで、それとは別にミルフィーユさんも、屋敷で一緒に暮らすことになった。彼女が俺を見張るなんて言うから、国王に監視役を命じられたというわけだ。ただ、一言も文句を言わずにその役目を引き受けたのは意外だったけどね。
とにかく、すったもんだの国王との謁見が終わったので、俺とミルフィーユさんは屋敷に行ってみることにした。場所は知ってるけど、どんな建物なのか見たことがなかったからだ。
そして――
「で、でけぇ!」
「大……きいね〜」
予想外に大きな屋敷だった。正面から見える幅は優に50m近くありそうだ。奥行きも30mくらいあるんじゃないかな。しかも3階建てだ。こんなところに2人で住むなんて、広すぎるってレベルじゃないぞ。
ちなみに建物の裏側に回ってみると、床面積の倍はありそうな庭が広がっていた。池には鯉みたいな魚も泳いでおり、花壇や東屋のような建物まである。
「ハルトさん、どうしよう……」
「うん?」
「こんな庭、私じゃ手入れ出来ないよ」
「屋敷の掃除も大変そうだよな」
「ハルトさん、手伝ってくれる?」
「そりゃ、まあ手伝わないわけにはいかないだろうけど……」
「やっぱり無理……だよね?」
「でも国王様の命令だし……」
その時、俺は背後に人の気配を感じて振り返った。見ると燕尾服を着た初老の男性と、メイド服を着た中年くらいの女性が立っていたのである。
「あの……」
「ハルト・サカシタ様と、ミルフィーユ・アラモード様ですね?」
「あ、はい。そうですけど」
「初めてお目にかかります。私は当屋敷の家令を仰せつかりました、カルビン・ロースと申します」
「メイド長を務めさせて頂きます、シャトーブ・リアンです」
2人とも焼き肉みたいな名前だな。
それはそうとカルビンさん、髪はシルバーブロンドで天然パーマのようだ。オールバックスタイルでまとめており、さしずめダンディーオヤジといったイメージである。
一方シャトーブさんの方は、そこそこの長さがある茶色の髪をまとめ、それをねじ上げてお団子ヘアにしている。とても落ち着いた雰囲気の人だ。
「あの、お2人はどうしてここに?」
「陛下のご命令により、お屋敷にてお世話をさせて頂きます」
「なるほど、そうでしたか」
念のため彼らのステータスを見てみると、極めて一般的な数値だった。カルビンさんは50歳、シャトーブさんは43歳のようだ。特に怪しいところはない。
屋敷には他に、執事とメイドがそれぞれ数人ずつと、料理長が寝泊まりするらしい。庭師や下働きの人は通いでやってくるとのことだった。
「まるで貴族の屋敷ですね」
「旦那様は貴族様ではございませんか」
「だ、旦那様?」
「このお屋敷の主はハルト様でございますから、私ども使用人一同は旦那様と呼ばせて頂きます」
「はあ……」
って、俺が旦那様かよ。
「また、奥方様候補のミルフィーユ様は、お嬢様と……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私が誰の奥方様候補だと言うんですか!?」
「無論、旦那様のですが……違うのですか?」
「ち、違うも何も!」
「はて、陛下からはそのようにお聞きしているのですが」
ミルフィーユさん、何もそんなに必死になって否定しなくてもいいじゃん。ちょっと傷つくよ。やっぱり脈なしなのかなぁ。
「奥方様候補でないと致しますと、お屋敷にお入り頂くわけにはまいりません」
「なっ!」
「ただ、お屋敷にお入り頂けないとなると、陛下のご命令に背くこととなります。ミルフィーユ様、それすなわち反逆罪となりますが……」
「ちょ、待って……」
さすがに慌てた俺がカルビンさんに詰め寄ろうとすると、彼は小さくアイコンタクトしてきた。なるほど、彼女を納得させるための演技ということか。
「反逆罪……」
「いかがなさいますか? 奥方様候補としてお屋敷にお住みになるか、反逆罪で首を刎ねられるか」
「ハルトさん!」
「はい?」
そこで突然、ミルフィーユさんが俺を睨みつけてきた。
「候補、だからねっ!」
「えっと……?」
「あくまで候補だから! エッチなことはまだダメなんだからね!」
「あれ?」
「何よ!?」
「まだってことは……?」
「も、もう! 言葉尻を捕まえないで!」
プイッと向こうを向いてしまった彼女を見て、カルビンさんがグッドという感じで親指を立てていた。
何だか楽しくなってきたぞ。




