第2話 サルガッソー?
「い、いってぇ!」
俺が痛みに顔を歪ませていると、アターナー様の手から緑色の光が出て右肩を照らした。それで痛みが消える。
「遥人さん」
「は、はは、はいっ!」
「その状態で、ご自分のステータスをご覧下さい」
「え? ステータス、ですか?」
「そうです」
言われた通り、俺は自分のステータスを確認してみる。
「な、何故……!?」
驚いたことに、俺のHPと防御力が、およそ15%ほど減っていたのである。受けるダメージは1じゃなかったのかよ。
「遥人さん?」
「ひっ!」
「もう、そんなに怖がらないで下さい。すぐに治して差し上げますから」
アターナー様が言うと、今度は緑色の光が転がり落ちた俺の腕を照らす。すると磁石に吸い付けられるように、右腕は元に戻っていた。斬られた痕も飛び散った血も、きれいさっぱりなくなっている。
「斬れない物がない、とはこういうことなのです」
「えっと……」
「この剣は、肉体だけではなくステータスごと斬り落としてしまいます。今は私の加護下でしたので問題ありませんが、遥人さんでもこの剣で斬られた場合、減ったHPと防御力の最大値は元に戻らないのです」
「斬られた腕を蘇生しても、ですか?」
「はい。ですからお気を付け下さいね」
アターナー様曰く、例えばこの剣で首を刎ねた相手を蘇生しても、HPや防御力の最大値は削られたままなのだと言う。つまり、刀身の手入れをしていてうっかり指に切り傷を作ってしまった場合、傷は治るがHPなどはその時点の値が最大値になるということだ。
「そのために、お手入れ不要の錆びない剣なのです」
「な、なるほど……」
「コケコッコンは別名、ステータス・イーターとも呼ばれ、神界でも一振りしかないと言われています。あくまで言われているだけですが」
「そんなに貴重な物なんですね」
別名の方が、よっぽどこの剣に相応しいと思う。まあ名前はどうあれ、これって間違いなくチート武器だよな。
「私も、まさかこの目で実物を見られるとは思いませんでした。ですから遥人さんには何かお礼を差し上げたいと思います」
「いや、そんな、お礼だなんて……」
「いりませんか?」
「ありがたく、頂戴します」
「では、これなどはいかがでしょう?」
そう言ってアターナー様が差し出したのは、手のひらに乗るほどの小さな金庫のような物だった。
「それは?」
「サルガッソー!」
「さ、サルガッソー?」
「異世界必須アイテム、いわゆる無限収納ボックスです」
「なんか、放り込んだら2度と取り出せないような名前ですね」
「そうなんですか? 神界では色んな物が飛び出してくるので、またの名を四次元ポッケとも言われているんですよ」
今度はノラえもんかよ。
いや待て。色んな物が飛び出してくるって言ったよな。
「はい。例えば船とか飛行機なんかも」
「それに乗ってた人たちは?」
「皆さん、神界のもてなしには満足されてますよ。中には神や女神を目指して猛勉強する方もいらっしゃいます」
魔の海域とも呼ばれるバミューダトライアングルの出口は神界だったのか。てか、神様って勉強すればなれるもんなの?
「もちろん簡単ではありません。まずはセンター試験に合格して、2次試験をパスして、面接に通ってはじめて……」
「め、面接ですか?」
まるで大学入試じゃねえか。
「はい。それで各分野の神様に付いて学び、無事に認められれば……」
「神様になれる、と?」
「いえ、見習いになれます。あとは……」
「も、もういいです」
つまりあのバカ女神も、そうやって見習いになったってことか。それがヘマをやらかして、今ではこの世界の魔王だ。ちょっとだけ同情するよ。
「それでそのサルガッソーでしたっけ。どうやって使うんですか?」
「簡単です。これを手に取って、ほいっと上に投げて下さい。あ、正面はやめた方がいいですよ」
「こうですか?」
言われた通りに右斜め上辺りに投げてみると、金庫は宙に吸い込まれるように消えてしまった。
「あの、なくなっちゃったんですけど」
「今消えた位置がサルガッソーの入り口になります」
「はい?」
「そこに物を放り投げると、自動的に吸い込んでくれるんです」
なるほど、だから正面はやめた方がいいと言ったのか。
「取り出す時は?」
「入り口に手を伸ばして、取り出したい物を念じて下さい」
「試しに何か……そうだ」
俺は今手に入れたばかりのコケコッコンを、サルガッソーに向かって放り投げてみる。するとアターナー様が言った通り、剣は音もなく消えていた。そして、ニワトリの柄を念じながら手を伸ばすと、まるで空間から引き抜かれるように、再び剣がその姿を現す。
「これ、便利ですね!」
「ただし、くれぐれも生き物は入れないで下さい」
「圧死するとか?」
「いえ、それはありません。ただ……」
「ただ?」
「サルガッソーの中は時間が停止しているんです。ですので一度中に入った生き物が、再び流れる時間に戻った時、細胞レベルでショックを起こして死んでしまったという事故があったんです」
「なるほど。分かりました」
時間が止まってるというのはなかなか使えるな。食べ物も冷蔵庫なしで、長期間保存出来るというわけだ。
「それではまた来週!」
「はーい」
アターナー様が帰ってからすぐ、ミルフィーユさんがいつものように呼びに来てくれた。




