第15話 処女の血肉?
ロウソクの薄明かりが灯すだけの、決して明るいとは言えない部屋。石壁で囲まれたその中央には、手術台を思わせるベッドが置かれており、1人の少女が横たわっていた。そして傍らでは、黒いフード付きのローブを纏った男が、メスと解剖用のハサミを手にしている。
「バラン殿!」
異様な光景を目にしたイオナ姫が俺の腕から離れて叫ぶ。その声に男はギョッとした表情を見せたが、手術台の少女はピクリとも動かなかった。
「イオナ殿下……? 何故ここへ?」
「ここで何をしているのです!?」
「こ、これは……」
「まさかその少女は!」
「お察しの通り、奴隷でございます」
「殺したのですか?」
「いえ、今は眠っているだけです」
「今は……?」
「少しお待ち下さい。もうすぐ終わりますので」
言うと男、ザック・バランは再び少女に体を向ける。
「お止めなさい!」
「は?」
イオナ姫は思わず駆け出して、少女を庇うように彼との間に割り込んだ。
「私の目の前で、人を殺すことは許しません!」
「殺す? 誰をですか?」
「この期に及んでしらを切るおつもりですか!?」
「姫様、お待ち下さい」
「ハルト殿! 何故止めるのです!」
「この人はその子を殺そうとしているわけではありませんよ」
「な、何ですって?」
驚いたことに、バランさんからは殺意の欠片も感じられなかったのだ。それどころか、彼がしようとしていたことは――
「とにかく姫様は落ち着いて下さい」
「君は……セレーナと言うのか。ん? 殿下は違う名で呼んだ気がしたが」
「あ、私はセレーナ・ハルトです」
「そうか。ではセレーナとやら、しばし殿下を頼む」
「はい」
「ハル……セレーナさん!」
俺は身を捩って抵抗するイオナ姫を抱きかかえるようにして、その場から離した。
「何故です! 何故このようなことを!」
「見ていれば分かりますから」
それからしばらく、部屋の中では手術器具の金属音だけが聞こえていた。しかしバランの処置はすぐに終わり、彼は血の付いた手袋を外してイオナ姫の前に歩み寄る。
「お待たせ致しました。それで、殿下はどうやってここに?」
「そんなことより、説明なさい!」
「説明? ああ、あの少女のことですか」
彼は一度少女に目を向けると、すぐにまたこちらに視線を戻した。
「闇の奴隷商から買い取りました」
「それで、まさか処女の血肉を……」
「ええ、もちろん」
「あのような幼気な少女に、何ということをするのです!」
「殿下は何か勘違いされておいでのようだ」
「勘違い? 何が勘違いだと言うのですか!」
「姫様、バランさんはあの女の子を傷つけてはいませんよ」
「はい?」
最初に少女のステータスを見た時、俺は自分の目を疑った。何故ならバランさんが手を動かす度に、彼女のHPが少しずつ回復していたからである。つまりバランさんは、傷ついた少女の治療をしていたというわけだ。
「ち、治療……?」
「子供、特に少女に対する奴隷商の扱いは酷いものでして。拷問や強姦が日常的に行われているのです」
「え!?」
「殿下が私との取り引きを禁じられた奴隷商たちももちろんですが、闇の奴隷商はもっと酷い。そこに寝ている少女などはまだ8歳です。そんな幼い子供まで、彼らは容赦なくいたぶる」
「もしや貴方は……!」
「魔術に使う血肉は、子供たちを治療すれば手に入ります。何も殺す必要はありません」
「では、治療した子供たちは?」
「それは……」
「バランさんが引き取っているんじゃないですか?」
この宮廷魔導師のオッサンは、見た目とは裏腹になかなか優しいところがあるようだ。
「私が作った施設に預けている。魔道の役に立った子供たちだ。そのくらいは当然だろう」
バランさんの話によると、俺が考えた通り城の結界を維持しながらでは、高度な転移魔法や複雑な治癒魔法を使うのは不可能だそうだ。だから、子供たちの治療も医学的な手段に頼らざるを得ないとのことだった。
「ですが、それならそうと何故話して下さらなかったのですか?」
「王国の民の税金を、奴隷の子供たちを救うためとは言え、大っぴらに使うわけには参りませんので」
それと、と彼は続ける。
「あのオークの村には、奴らが殿下の身代金として得た金貨が数千枚はありました。それを焼き払ってしまうような殿下に、ご相談など出来ようはずがございません」
「それは私の仕業では……」
「殿下の意を受けた者の所業なら、殿下の所業も同然です」
「あー、すみません。それは私がやりましたの」
「な、何だと! ではお前があの火球を……」
「ワカバ村のオークは人に害をもたらすと聞いたもので」
「教えてくれ! どうやったらあれだけの威力の魔法を放てるのだ!?」
「それより今は……」
俺は手術台の子供に目を向けた。バランさんの治療のお陰で命に別状はないようだが、女の子なのに体中傷だらけである。それに相当殴られたのか、顔までひどく腫れ上がっていた。
「マジョランバ!」
見たか、これが防御力1億の俺の治癒魔法だ。呪文を唱えた直後、少女の傷や痣はみるみるうちに消えていた。
「あの子はもう大丈夫ですよ」
「あれだけの傷を一瞬で……」
「で、火球でしたっけ?」
「あ? ああ、そうだ、それだ!」
「教える必要はないでしょう。すでに火球だって分かってるなら、それ以外の何物でもないんですから」
「しかしあの威力は! それに500の魔力しか持たぬお前が、何故あの子を完治させられたのだ!?」
セレーナの方のステータスを見たんだっけ。
「教えたところでどうにもなりませんよ。それより、フィオナ姫が再び攫われました」
「フィオナ殿下が?」
「バランさん、心当たりはないですか?」
「身代金の要求はあったのか?」
「ええ、金貨2万枚です」
「2万枚……」
何か思い当たる節でもあるのか、バランさんはそれからしばらく押し黙ったままだった。
モヤモヤされる方がいるかも知れませんので念のため。
魔導師の魔導と魔道は使い分けてます。
誤変換ではありません。
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