第10話 魔道砲?
――宮廷魔導師ザック・バランの部屋――
その部屋は出入りのための扉以外、4つの壁全てが書架となっていた。バランが城に入ってから間もなく、国王から与えられた特別な部屋である。書架には様々な書が収められており、中には彼自らが編纂した魔道書もあった。
「バラン卿、近衛副隊長のアリア・オーガスタ様と、メイドのエリス・ロスキャンベル嬢が夜の警護に当たることになったようです」
そう報告しているのはバランの従者、ハリセン・ボンだ。いかにも魔導師然とした、全身が骨と皮しかないように見えるバランに対し、ボンは恰幅が良すぎると言わざるを得ないほど太っている。特に腹などは、妊婦と見まごうほどにせり出していた。
「そうか。例の件、何か分かったか?」
「それが一向に」
「何をしている! 王女たちの動向を探っていれば分かるはずだぞ!」
「調べてはいるのですが、それほどの力を持つ魔導師の存在など、姫様たちの周囲には見当たらず……」
「些細なことでもいい。何か変わったことはないのか?」
「そ、そう言えば、妙な女が新たに召し抱えられたようで……」
「妙な女?」
「はい。その者がミルフィーユ・アラモードという、1年ほど前に召し抱えられたメイドと共に、昼間の警護を任されたようです。若い女のようですが……」
「それは確かに妙だな」
バランは考えた。通常は召し抱えられて間もないメイドが、王女の警護を任されるなどということはあり得ない。
「至急その女の素性を調べろ!」
「かしこまりました!」
言うとボンは敬礼して見せてから、そそくさと彼の部屋から出ていった。バランはその後ろ姿を見送りながら、苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやく。
「ふんっ! 役立たずめ」
そして、手近にあった魔道書を取ってページをめくるが、すぐにそれを放り投げる。
「どうしたら……どうしたら、村1つを焼き滅ぼすほどの強大な火球を生み出せるのか!」
魔道を研鑽して40年あまり、すでに王国最高にして最強の魔導師との名声も得た。さらに、宮廷魔導師としての地位は、もはや揺るぎないものと確信していた。ところが現実はどうだ。
彼はあの夜、目にした光景を思い出す。
どう考えても一瞬でオークの村を焼き尽くしたのは、攻撃魔法としては極々初歩的な火球だった。ところがその単なる火球は、これまで想像すらしたことがないほどの威力だったのである。
あの魔法を放った魔導師が、もっと高度な魔法を使ったとしたら、一体どれ程の破壊力を見せつけるというのか。
「こうしてはおれん。こうしては……」
強力な魔導師の存在は、それそのものが国の存続を左右すると言っていい。国の象徴たる国王を護るために、この城にも幾つもの結界を張り巡らせてある。
国王が滅びれば、国も瓦解するのは道理だ。
城を覆う結界は、宮廷魔導師である自分によって維持されている。だが、その力を上回る者が現れれば、必死の思いで築き上げた現在の地位も水泡に帰す。
「誰だ。誰が一体あの火球を……」
しかし、凄まじい威力の火球の前では、自分の結界など何の役にも立たないことが目に見えていた。
ボンの情報では、王女は新たに使用人を雇い入れたという。その者がもし、あの火球を放った張本人だとしたら、宮廷魔導師としての立場が取って代わられるかも知れない。ただでさえ、自分は王女の覚えが悪いのだから。
現在の地位を守り、大切なものを失わないためには、城を追い出されるわけにはいかない。だから彼には、新たな魔道書が必要だった。それも、あの火球を凌ぐ威力を持つ魔法を解き明かす魔道書である。
魔道砲、それは自身の魔力を120%まで圧縮し、マキオン粒子に変換して放つ攻撃魔法である。その威力は、大陸をも跡形もなく吹き飛ばすほどだという。この魔道砲の全てが書き記された魔道書を、あの男は金貨2万枚で譲ると言った。
無論、誰でも扱える魔法ではない。そもそも魔力の圧縮など、本当に可能なのかと言えば疑問は残る。しかし、あの男はそれも可能だと言った。魔道書にはそのための魔法陣まで記載してあるそうだ。
「魔道砲なら、あの程度の火球など恐るるに足らず。しかし……」
問題は金だ。宮廷魔導師としての報酬は安くない。だがそれでも、金貨2万枚というのは途方もない額である。
まして魔道の研鑽には金がかかるのだ。高い報酬も、大部分がそのために消費されてしまう。とても金貨2万枚などという大金を用意出来るはずがなかった。
だが、火球を放った者から魔法を学べるとしたら――
相手がボンの言った通りの若い女だったとしても、喜んで膝を折り頭を下げよう。ありったけの金を支払ってもいい。
あれほどの魔法を使う者だ。それが今の今まで世に出てこなかったのだから、その者には野心がないのかも知れない。チャンスはある。必ずあるはずだ。
そう考えたバランは、焦る気持ちを必死に抑えながら、再び魔道書を手に取るのだった。




