第7話 デイリーガチャでSR確定?
「ミルフィーユさん?」
その日の夜遅く、俺の部屋の扉がノックされた。灯りは消していたものの、考え事をしていて眠れなかった俺は扉を開ける。なんとそこには、体を小刻みに震えさせているミルフィーユさんが立っていたのだ。
「こんな夜更けにどうしたの?」
「あ、あの……」
「ミルフィーユさん、震えて……?」
「ハルトさん!」
彼女は俺の名を叫んだかと思うと、いきなり胸に飛び込んできた。柔らかい、いい匂い、じゃなくて、びっくりしたよ。あ、でも気持ちいい。
「な、何かあったの?」
まさか、また衛兵たちがやってきたのか。だが扉の外を見回しても、そんな気配は全くない。
「怖くて……眠れないの」
「あ、そう言うことか」
泣きそうな顔で俺を見上げて言うミルフィーユさんが、たまらなく愛おしく思える。俺はそのまま彼女を抱きしめると、ライトグリーンの髪を優しく撫でた。
彼女の体つきは予想以上に細く、俺の腕の中にすっぽり収まってしまっている。これ、愛おしいなんてもんじゃないぞ。しかも、柔らかい2つの膨らみが押し当てられているから余計にたまらん。
「大丈夫だよ。何かあっても必ず助けるから」
「うん……」
「アリアさんにも君を護れって言われたし。言われなくても護るつもりだけど」
「本当?」
「もちろん。だから安心して」
「うん……あのね」
「うん?」
「な、何でもない!」
彼女はそのまま俺の胸に顔を埋め、しがみつくように俺を抱きしめてきた。俺も彼女を抱く腕に力をこめる。なんて幸せな気分なんだろう。フィオナ姫を抱きしめた時も気持ちよかったが、ミルフィーユさん相手だとそれ以上に安らぎまで感じるよ。
もしかして俺、本気でこの子のことを好きになってしまったんだろうか。
俺は前世で日本に生まれてから17年間、身近な女の子に恋をした経験なんてない。もちろん、アイドルやアニメキャラを好きになったことならある。しかし、この気持ちはそんなものとは全く違う。どうしたらいいんだよ。
「ハルトさんの胸、ドキドキいってるね」
「あ、あの、さ……」
「ありがとう、だいぶ落ち着いた」
そう言って離れようとする彼女に、俺は思わず腕を緩めてしまった。何やってんだよ、俺。もっと抱きしめ続けていたいのに。
「部屋に戻るね。こんなところ、誰かに見られたら大変だし」
「う、うん……」
「おやすみなさい。また明日」
「お……おやすみ……」
手を振りながら、一旦は自分の部屋に帰ろうとした彼女は、数歩進んだところでこちらに振り返った。
「ハルトさん」
「うん?」
「その……」
「どうしたの?」
「また、怖くなったら……」
「?」
「また怖くなったら、今みたいに抱きしめてね! おやすみ!」
真っ赤になりながら一気にそう言うと、彼女は自分の部屋に駆け込んでしまった。
何今の。今みたいに抱きしめてって、またミルフィーユさんを抱きしめるチャンスがあるってこと?
「っしゃぁっ!」
俺は扉を閉め、そんな叫びと共にベッドにダイブするのだった。
「おはようございます、遥人さん」
「おふぁようございます!」
昨夜は興奮して、あの後ほとんど寝付けなかった。眠い。
「今日もまた、デイリーガチャのお時間ですよ〜」
「は〜い」
「そう言えば遥人さん、昨日は大変な1日でしたね」
「あはは」
やっぱりテレビで観てたのか。
「でも、最後には……」
「あは、あはははは」
あれも見られてたのね。
「さあ……?」
すっとぼけても、ニヤニヤしてるからバレバレだって。
「俺にはプライバシーってものがないんですか?」
「私に言われても、そちらに意見する権限はありませんから」
管轄外ってヤツかよ。
ところで昨日、俺がデイリーガチャで引いたのはNの毒消し魔法だった。もちろん、そんなものなくても俺は毒消し魔法を使える。イメージして適当に呪文を唱えればいいだけだからだ。つまり正直、ゴミでしかないというわけである。
「今日はきっと、いいもの出ますって」
「はいはい、期待はしてませんよ」
「うふふ、そう言われると思ってですねぇ」
「はぁ」
「スロットを新しく変えてきてあげました!」
「スロットを?」
スロットとは、ガチャの塊だと思えばいい。もっと分かりやすく言うと、ジョーカーを抜いた時の、全部で52枚あるトランプみたいなものだ。ガチャを引くということは、そこからカードを1枚引くのに等しい。そして引いたカードは当然なくなる。それを新しくしたということは、再び52枚が揃ったという意味である。
「期待出来ないのは変わりませんよね?」
「それでも、前のスロットになかった能力やアイテムが入っているかも知れませんよ」
「だといいんですけど」
「あ、それとですね」
「はい?」
「ガチャで引いたものは、全てではありませんが、いらなければ人にあげることも出来るんですよ」
「え?」
「例えば昨日の毒消し魔法ですが、遥人さんが劣情を抱いているミルフィーユさんに差し上げられるということです」
「ま、マジっすか?」
「マジっす」
なんと、それは好都合だ。昨日、ミルフィーユさんから魔法を教えて下さい、と頼まれてどうしたものかと悩んでいたのだが、これで一気に解決しそうである。ところで劣情って……
「なら、Nでもゴミとは言い切れないですね!」
「そうですね。ただ、人にあげることが出来るのは、その人の人生を大きく変えてしまうことのないようなものだけです」
「SRやSSRはダメってことですね?」
「Rの中にも進呈NGがあります」
多分、俺が最初に引いたRは無理、ということだろう。
「お察しの通りです」
「では、そろそろ今日のガチャでも」
「はい、どうぞ」
例によって『1回引く』と書かれたボタンが現れる。アターナー様の言葉通り、スロットが新しくなったからと言って、デイリーガチャに過度な期待は出来ない。しかしまあ、その気持ちだけはありがたく感じるよ。
俺はそんなことを考えながら、ボタンを押し込んだ。果たして結果は――
「え? 天使が2匹……?」
なんと、SR確定だ。しかも背景が金色だから、SSRの可能性もある。これは期待できるかも知れないぞ。
だが、この後のアターナー様の言葉に、俺はがっくりと肩を落とすことになる。それは俺が欲して止まない、強さに関係するものではなかったからだ。




