第5話 ば、バレた?
「イオナ姫!」
「ハルト殿?」
「ハルト、いくら貴様が姫から許された身でも、いきなりこの部屋に転移してくるのは無礼だぞ!」
「それどころじゃないんです! ミルフィーユさんが!」
「ミルフィーユ? 彼女がどうかしたのか?」
「衛士たちに連れていかれたんです!」
俺はミルフィーユさんが、誘拐犯の疑いをかけられて取調室に連れていかれたことを話した。
「何だと!?」
「アリアさん、ミルフィーユさんとはどのような方ですか?」
「去年入った、将来は魔導師になって癒しの道に進む夢を持っているメイドです。とても真面目で仕事も出来るので、今回ハルトとペアを組ませました」
王女ともなれば、お城の職員をいちいち覚えているわけではないのだろう。
「そうなのですか? そのような方が何故疑われたのでしょう」
「ハルト、何か聞いているか?」
「いえ、教えてもらえませんでした」
「魔導師になるには金がかかるからな。動機はそれだと思われたのではないだろうか」
「と、とにかく! 彼女が酷い目に遭わされる前に、何とかなりませんか!?」
「ハルト殿、私の一言でそのミルフィーユさんを助けることは出来ます。ですがもし、その方が犯人だった場合は……」
数値の一致は単なる偶然だ。あの真面目で、俺に親切に仕事を教えてくれたミルフィーユさんである。そんな彼女が王女誘拐などと大それたことをしでかすはずがない。俺はこの一念にかけることにした。
「あり得ません!」
「それでももし犯人だったら、貴方はどうされますか?」
「その時は、俺がこの手で殺します」
俺の言葉に、イオナ姫とフィオナ姫に加えて、アリアさんやエリスさんまで押し黙る。そんな重苦しい沈黙を破ったのは、俺に対してあまりいい印象を持っていないと思われるフィオナ姫だった。
「ハルト殿がそこまで言うのです。姉上、信じてみませんか?」
「フィオナ、どうしたと言うのです? 貴女はハルト殿をその、憎んでいるのではなかったのですか?」
「考えてみれば、ハルト殿がデコピン様を殺したわけではありません。それどころか、デコピン様の仇を取って下さったのです」
ああ、なるほど。言われてみれば結果的にはそういうことになるよね。
「ハルト殿は私の命の恩人でもありますし」
「そうですか。フィオナがそう言うのなら。アリア、すぐに衛士団長に言って、そのミルフィーユさんをここに連れてきて下さい」
「はっ!」
「俺も行きます!」
「ハルト殿はここに残って……」
「すみません。俺、ミルフィーユさんにすぐに助けに行くって約束したんです!」
「そうですか。でしたら許可します」
「ありがとうございます!」
そして、大急ぎで俺とアリアさんは取調室に向かう。ところが、お姫様の部屋を出た直後に、ミルフィーユさんの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。アリアさんも驚いた表情を見せている。こんなところまで悲鳴が聞こえてくるなんて、かなりマズいぞ。
「アリアさん、転移します。俺に掴まって下さい!」
「て、転移?」
「早く! ミルフィーユさんが可哀想です!」
「わ、分かった!」
そして、俺はミルフィーユさんの姿を思い浮かべる。呪文なんて何でもいい。
「ラール!」
次の瞬間、俺とアリアさんの目に飛び込んできたのは、下着だけの状態で、天井から鎖で吊されているミルフィーユさんの姿だった。何度も鞭で打たれたようで、全身傷だらけである。この短時間でここまで酷い目に遭わされているとは。
「やめろ!」
「は、ハルト……さん……?」
「ミルフィーユさん、遅くなってごめんなさい」
「何ですか、貴女は? お、これはアリア殿。近衛副隊長の貴女様が、何の用ですかな?」
「アミロ殿、イオナ殿下のご命令だ! その娘の拷問を即刻止めよ!」
言うが早いか、アリアさんは剣を抜いたと思うと、飛び上がってミルフィーユさんを吊していた鎖を断ち切った。それを俺がすかさず抱きとめる。
「こんなにされて。すぐに回復させるから!」
「ハルト……さん……」
「フルーレフルーレ!」
「え? あ、あれ……?」
「大丈夫?」
「ハルトさん……これは……?」
「私の魔法よ」
何度も言うが、俺の癒し系魔法は1億の防御力に依存する。それは、全身から血を流して瀕死の重傷を負っていた彼女の傷さえも、きれいさっぱり治して余りあるのだ。
だが、ここで受けた恐怖や心の傷までは癒すことが出来ない。
「怖かった……」
「うん。遅くなってごめんね」
「ハルトさん……怖かった!」
俺にしがみついて、震えながら泣き出したミルフィーユさんを抱きしめ、衛士団長を思いっきり睨みつけてやった。
「何故ミルフィーユさんをこんな酷い目に!」
「ふんっ! メイド風情が、衛士団長であるこのザマ・アミロ様にそんな口をきいていいと思っているのか!」
その名前の通り、ざまぁな目に遭わせてやろうか。死んじゃうけど。
「そのメイドには王女殿下誘拐の容疑がかけられているのだ」
「転移魔法を使った誘拐のことですね?」
「そうだ!」
「アンタばかぁ?」
「な、何をっ!」
「もしミルフィーユさんがそんな魔法を使えるなら、こうやって大人しく拷問を受けているはずがないではありませんか」
「うっ、そ、それは……」
そう、もし彼女が犯人なら、鎖に繋がれて鞭で打たれる前に、物質転移で衛士団長やその部下たちを、どこかに飛ばしてしまえばよかったのである。それをしなかった、いや、出来なかったということは、やはりミルフィーユさんは白と考えていいだろう。
「この件はひとまず、私の方で預からせてもらう」
「アリア殿に?」
「イオナ殿下より、そのように仰せつかっているのだ」
「はんっ! それなら仕方がない。どうぞ、お好きなように」
クソっ! やっぱりコイツはざまぁな目に遭わせないと気が済まない。しかし、そんな彼の次の言葉に、俺は一瞬で凍りつくこととなる。その言葉とは――
「ところで貴様、どうして女装なんかしてるんだ?」