第4話 犯人はミルフィーユさん?
「イテッ」
デイリーガチャを終えて、女神アターナー様が消えた直後だった。俺は右腕に痛みを感じたのである。見ると血が出ている。
「なんじゃ、こりゃぁ!」
腕にはカッターのようなもので切られたような傷。そしてそれは文字となっていた。
『出ていけ』
日本語ではなく、この世界の字画にして11だ。つまり俺は朝っぱらからHPを11削られたことになる。ほぼノーダメージではあるが、地味に痛いのと血が出ているのは困った。
「ハルトさん!?」
そこへ、ノックもなしにミルフィーユさんが突然扉を開けて入ってくる。おそらく、昨日と同じように俺を迎えにきてくれたのだろう。
「今、男の人の声が聞こえたようだけど……?」
「な、何のことかしら」
「ハッ! ど、どうしたの、それ!?」
「え?」
「血が出てるじゃない!」
彼女は慌てて駆け寄ってくると、ベッドで半身を起こした俺の腕に両手をかざす。しかし流れた血のお陰か、そこに刻まれた文字には気付かれなかった。
「すぐ治してあげるからね。ヒーリング!」
この時、俺は彼女のステータスを覗いてみた。さすがに10回しか使えない魔導師のステッキは使っていないようだ。だがおかしい。彼女の魔力値は最初から89となっていたのだ。昨日見た時は確かに満タンで100だったはずである。
「ありがとう」
「ううん、私でも治せるくらいの傷でよかった」
ミルフィーユさんの治癒魔法で、腕の傷はすっかり消えていた。しかし、削られたHPと減っていた彼女の魔力値の一致は何を意味するのか。考えたくない想像が頭をかすめる。
「あの、ハルトさん?」
「いえ、何でもないわ」
これはしばらく彼女を観察する必要があるかも知れない。単なる偶然かも知れないが、この数値の一致は無視することが出来ない。
「ところで、どうしてそんな怪我をしていたの?」
「何かで掻きむしったのかしら」
「もう! 女の子なんだから肌は大切にしなきゃだめよ」
「ええ、気をつけるわ」
もしミルフィーユさんが犯人だったとしたら。
そもそも犯人は物質転移が使える魔導師なのだ。俺のステータスを覗くくらい造作もないだろう。そしてそれを見れば、俺が男であることはすぐに分かるはずである。にも関わらず、彼女がこうして俺に接しているのだとしたら、恐ろしい演技力と言わざるを得ない。それに――
「すぐに着替えるから、外で待っててくれる?」
「うん、そうするね」
仮にステータスを偽装しているとしたら、俺が見た彼女の魔力値は不自然だったとしか思えない。『出ていけ』とのメッセージは、俺が誘拐犯捜しをしていると知っているからに他ならないからだ。
それともあの89という数値は、わざと俺に見せつけたということなのだろうか。あるいは俺が他人のステータスなど見られないと、高をくくっただけとか。第一、ステータス偽装なんて本当に出来るのかな。
ところが考え込んでいた俺を余所に、突然予想もしなかった事態が発生する。急に、扉の外が騒がしくなったのだ。
「な、何をなさるんです!」
「ミルフィーユ・アラモード! お前を王女殿下誘拐の疑いで取り調べる!」
「ゆ、誘拐って、何のことですか!」
「黙れ! 弁明は取調室で聞く! 取り押さえろ!」
「いや、放して下さい! ハルトさん、助けて!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
大慌てでメイド服を着込んだ俺は、扉を開けて衛士に叫んだ。
「ミルフィーユさんが犯人だなんて、誰が言ったんですか?」
「うるさい! 衛士団長、ザマ・アミロ様のご命令だ」
ザマ・アミロ? 冗談みたいな名前だな。
「ですからそのお偉い衛士団長様が、どうしてミルフィーユさんが犯人だと?」
「そんなこと、一介のメイドごときに話す必要はない!」
要するに知らないってことね。
しかし彼女が犯人だという根拠は気になるぞ。これはそのザマ・アミロとかいう衛士団長を調べてみる必要があるな。
「ミルフィーユさん、大丈夫。やってないならすぐに疑いは晴れるから」
「で、でも……」
「うん? 何をそんなに怯えてるの?」
「取調室がどういうところか知っているからさ」
衛士が口元に薄ら笑いを浮かべながら言う。まさか、取調室とは名ばかりの拷問室ということか。
「た、助けて……私じゃありません」
「黙れ! 引っ立てぃっ!」
数人の鉄鎧を着た衛士が、乱暴にミルフィーユさんを小突きながら連れていこうとしている。どうすべきか。
ここで彼女を助けることは容易い。だが、今の俺には会心の一撃に手心を加える術がないのだ。戦えば確実に衛士を殺してしまう。それでも助けようとするなら、転移魔法で彼女を連れてこの場を離れるしかないだろう。
しかしそれをやると、完全に疑いが晴れるまで、俺も彼女も城には戻れなくなる。さすがにちょっとマズい。城にいなければ、疑いを晴らすこと自体も難しくなるからだ。
「ミルフィーユさん、待ってて。すぐに助けるから」
「は、ハルトさん!」
ミルフィーユさんの悲痛な声を背に聞きながら、俺は後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、その場を離れるのだった。