第2話 女装ってそこまでする?
「ではまず、お辞儀のやり方からです」
ミルフィーユさんは、メイド喫茶に行ったことすらなかった俺に、丁寧に指導してくれていた。女同士という気安さからか、時折肩や腰に触れられるのだが、それがまたゾクゾクするほど心地いい。裏声で誤魔化し、身長も頭一つ分くらい高い俺を、微塵も男とは疑っていないように見える。なんだか後ろめたい気がするよ。
それにしても、前世では同世代の女の子に触れられる機会なんてなかったから、俺にとってはまさに天国だ。さらに、髪が揺れる度にいい香りが漂ってくる。転生してよかったぁ。
ちなみに彼女は俺の教育担当で、今後仕事中は基本的にペアを組むそうだ。そして、見習い期間を過ぎてもこのペアは変わらないらしい。俺としては人生のペアを組んでもいいくらいだ。
「ミルフィーユさんは、この仕事は長いのかしら?」
「15歳で成人してからですから、1年くらいでしょうか」
「じゃ、今は16歳?」
「はい。ハルトさんは?」
「17歳ですわよ」
「これまでは何をされてたんですか?」
日本の高校生、とはさすがに言えないよね。
「ま、まあ色々……」
「そうですか。人には言いたくない過去とかありますもんね。聞いてしまってすみません」
「いえいえ、そんなのではないんですのよ」
「私は早くに両親を流行病で亡くしておりまして。だからこの仕事でお金を貯めて、魔法を習ってたくさんの人の役に立ちたいんです」
「魔法? 医学ではなくて?」
「癒し系の魔法です。そうすれば医学も一緒に学べますので。それに……」
「それに?」
「私の魔力値はとても低いそうなのですが、魔法を学べば多少は上がるらしいのです」
そうか。俺には究極の蘇生魔法もあるし、魔力も1千万だ。しかも攻撃魔法が攻撃力に依存するように、癒し系の魔法は防御力に依存する。つまり、俺が癒し系魔法を使えば、重篤の者でも快癒させてしまうということだ。何だか彼女の志に申し訳ないような気がしてきたよ。
「魔法を習うのって、そんなにお金が必要なのですか?」
「最低でも金貨100枚はかかると言われてます」
「金貨100枚!?」
「はい。でも、有名な魔導師様だと、その倍とか3倍とか……」
「そんなに!」
最低1千万円、場合によっては2千万も3千万もかかるってことか。日本でも、医学を学ぶには大金が必要だっていうしな。俺に出来ることなら、ミルフィーユさん相手に教えるくらいタダだっていいよ。とは言え、人に魔法を教えるのってどうやればいいんだろう。
「ところで魔力が低いと、やっぱり使える魔法にも影響があるのかしら?」
「魔法もそうなんですけど、効き目が違います。魔力を使えば使うほど怪我や病気の治り具合もよくなりますし、多くの人を救えたりもします」
「なるほど」
「でも今の私の魔力では、軽い切り傷程度は治せても、骨折などになると痛みを和らげるくらいしか出来ないんです」
「そうなのですわね」
彼女のステータスを覗いてみると、魔力値は100しかなかった。これが高いのか低いのかはよく分からない。しかし当の本人が言うのだから、きっと平均よりも低いのだろう。
「そうそうハルトさん、私の方が年下なんですから、敬語なんか使わなくていいですよ」
「あら、でもミルフィーユさんの方が先輩ですし」
「じゃ、こうしません? お互い敬語はなし。これから長いお付き合いになるんですし」
「それもそうですわね。なら、そうしましょう」
「はい……うん!」
その後、俺はメイドとしての仕事を一通り彼女から教わり、短いと感じた1日を終えた。
「ハルトさん、お疲れさま!」
「エリスさん?」
与えられた部屋に戻ると、エリスさんがニコニコしながら待っていた。
「どうやって入ったんですか?」
「アリアさんに合鍵を借りました。見られて困るものなんて、まだありませんよね?」
「確かにそうですけど」
苦笑いするしかない。
「それより見て下さい!」
彼女が両手を広げて自慢げに見せてきたのは、何着もの女の子用の服だった。本当に買ってきてくれたんだ。いや、ちっとも嬉しくないけど。
「代金は王国から出てますのでご安心下さい」
「あはは……」
「これなんか可愛くないですか?」
それはレースがふんだんにあしらわれた、ピンクのワンピースだった。うん、エリスさんが着るなら可愛いと思うよ。そんなことよりも気がかりなことが1つ。
「あの、エリスさん、聞いてもいいかな?」
「何ですか? 他にもたくさん買ってきましたよ」
「いえ、そうではなくて……」
「あ、もちろん、お化粧道具も一通りあります」
嫌だ、絶対に嫌だ。化粧なんかしたら、そっちの路線一直線じゃないか。だが今は違う、俺が聞きたいのはそうじゃなくて――
「やり方が分からなければお手伝いしますよ?」
「え、マジ?」
エリスさんがやってくれるなら……って、ちっが〜う!
「えっと、まさかその……」
「どうしたんですか?」
「し、下着は……?」
「はい! もちろん可愛いのをたっくさん」
語尾に音符マークが見えたのは、決して気のせいではないはずだ。この人絶対ワザとやってるよ。そんな彼女の言葉に、俺はガックリと肩を落とすのだった。




