第9話 メイドになれだって?
依頼主を失った誘拐犯だが、一度は大金をせしめるのに成功しているのだ。イオナ姫を取り戻すために支払われた身代金は金貨1万枚。犯人の取り分が仮に2割だったとしても、日本円換算で2千万円を手にしたことになる。
しかし悪銭身につかず、ということわざがある。じいちゃんがよく口にしていた言葉で、悪いことをして得たお金は浪費が止まらず、すぐになくなってしまうという意味だ。
これらを踏まえて、俺は犯人像をこのように考えた。
・物質転移は対象物を視界に入れる必要があることから、城内の者と見て間違いない。
・フィオナ姫が攫われたということは、王族の姿を見ることが出来る身分にある。もしくは王族と顔を合わせても無礼にならない立場にある。
・最近金遣いが荒くなっている。または分不相応に高価な物を手に入れた。
・高難度の遠隔転移魔法が扱える。
「確かに城内の者でも、普段から陛下や姫たちと直接顔を合わせられる、となると限られるな」
「ましてフィオナや私に会うためにこの塔の5階に上がるには、衛士の検問を受ける必要もあります。ハルト殿は……そう言えば転移してこられたのでしたね」
イオナ姫、ジト目で見るのやめて下さいよ。あれはワザとじゃなかったんですから。もちろんあの姿は目の奥の消去不可能な領域に保存してますけど。
「検問を受けてないということは、記録がないので衛士さんに怪しまれますね」
エリスさんが、少し困った顔をしている。
「フィオナが誘拐されていたことは父上と、一部の者しか知りませんから、助け出して頂いたと説明するわけにもいきませんし」
「そんなもの、ハルトが一度城外に転移すれば済むのではありませんか?」
「ですが、ホイホイと転移魔法を……」
「大丈夫ですよ」
「転移魔法ですよ?」
「ええ、問題ありません」
俺の魔力値は1千万だ。仮に転移魔法が1回1万の魔力を消費したとしても、千回は飛び回れるということである。
ただ、実際には1回の転移でどれだけ魔力が減るのかはよく分からない。意識して使わなかったからだけど、使える人がほとんどいないって言うし、次に使う時に確認することにしよう。
「ひとまずアリアさんかエリスさんの伝手で使用人として雇われた、ということにしてはどうでしょう?」
「なるほど、それならお城の中を自由に動けますね」
「でも、どうしてハルトさんはそこまで?」
「う〜ん、何となく?」
「な、何となくだと!?」
俺は転生でチート能力をもらったしね。それにこんな可愛い女の子たちになら、いいところを見せたいと思うのは男の本能だと思う。
フィオナ姫には嫌われてるみたいだけど、エリスさんは超好みだし、イオナ姫だって胸が小さいことを差し引いてもめちゃくちゃ可愛い。アリアさんからは年上のお姉さん的なエロさを感じるから、この人がデレてくれたらたまらないんじゃないかな。
「まあ、任せて下さい。それで、あの……」
「どうされました?」
「出来ればお城の中に部屋を頂けるとありがたいんですけど」
「お部屋、ですか?」
「何かあった時に、城の外にいたのでは都合が悪いですから」
「なるほど、その通りですね。エリス、どこかに空き部屋はありますか?」
「ちょうど私とミルフィーユさんの間の部屋なら空いております」
エリスさんのお隣とは何たる好都合、じゃなかった。ミルフィーユさんってどんな人だろう。
「エリスの部屋は確か」
「この塔の2階です。ただ……」
「ただ?」
「2階は女子寮となっておりまして……」
じょ、女子寮?
「男子寮に空きはないのか?」
アリアさん、目つきが怖いんですけど。
「はい。生憎……」
「仕方ありませんね。ではハルト殿には女装して頂きましょうか」
ちょ、イオナ姫、何を言ってるんですか。
「そうだな、それしかなかろう」
「なっ! あ、アリアさん!」
アリアさんまで。てか、笑い堪えてませんか? もうちょっと粘りましょうよ。
「私とエリスは殿下の護衛のために寮の部屋にはほとんど戻れんのだ。仕方ないだろう?」
いや、仕方ないって何が仕方ないんですか。
「では決まりですね!」
エリスさんはどうして嬉しそうなのかな。
「で、でも、女装って言っても服が……」
「何を言っている? 我々と同じメイド服を着ればいいではないか」
「メイド服?」
「明日は私、お休みですから、可愛い普段着も買ってきてあげますね」
「いやいやいや、エリスさん、可愛い普段着って……」
「だって、メイド服だけだと困りませんか?」
「あの、俺、これでも一応男なんですけど……」
「女子寮に住むのだ。男子の格好が許されるわけがなかろう!」
それはそうでしょうけど、イオナ姫もフィオナ姫も何とか言って下さいよ。だが、2人とも素知らぬ顔で紅茶なんか飲んでる。
「言っておくが、女装しているからと言って、他のメイドに妙な真似をしたらちょん切るからな」
「ちょ、ちょん切るって……」
「本物の女にしてやるってことだ」
「ひえぇ!」
かくして俺は、アークマイルド城のメイドとして、ひとまずお城に住むことになった。ただし、ここにいる間は絶対に男であることがバレるわけにはいかない。バレたら俺の大事なシンボルがちょん切られることになるからだ。アリアさんなら本当にやりかねないよ。
この後、俺はメイド服を着せられてから、いったん塔の入り口付近に転移した。そしてエリスさんに迎えにきてもらい、女子寮の部屋に案内されることとなる。実はこの2階部分は、男子の立ち入りは固く禁止されているそうだ。
はてさて、これからどうなることやら。俺は病院のそれよりは寝心地がいいベッドに横たわり、波乱に満ちた1日を振り返りながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
◆◇◆◇
その夜半すぎ――
1つの影が、巨大な隕石に押しつぶされたワカバ村を見て呆然としていた。影は悔しそうに歯軋りしながら呟く。
「王女め……許さん!」
そして、木枯らしのような風と共に、すうっとその場から姿を消すのだった。
次話から第3章に入ります(^o^)




