第6話 フィオナ姫が死んだ?
「な、何だキサマ!」
あらら。転移した場所が悪く、どうやら牢番のオークの目の前に出てしまったようだ。転移先の精度に関しては、何か策を考えなくてはいけないかも知れない。
「あ、ども、勇者です」
「ゆ、勇者だあ?」
「デコピン様!」
うっほぉっ! 鉄格子を掴んでいるお陰で余計に強調されているが、確かにフィオナ姫の胸は大きい。イオナ姫が嫉妬するのも肯けるよ。てか、エリスさんともいい勝負なんじゃないか。
「キサマ、洞窟で死んだと聞いたぞ!」
「ああ、それね、冗談です」
「じょ……バカにするなぁ!」
牢番のオークが俺の頭に棍棒を振り下ろす。それを見たフィオナ姫が悲鳴を上げた。
「キャーッ!」
「やった、やったぞ! オレ様が勇者デコピンを……?」
「ってえなぁ。お前、死ぬぞ」
大人しくしていてくれれば、命までは取らないでおいてやったものを。
「何を言ってやがる! 死ぬのはキサマだ!」
「イテッ! イテぇって!」
この野郎、人をボカスカ殴りやがって。
「もう我慢出来ねえ。死ね!」
ポカっとでも効果音が出そうな勢いで、俺のパンチがオークの胸に炸裂する。はいはい、どうせ攻撃力2しかないパンチですからね。効きませんよね。牢番のオークも、あまりの出来事に唖然としている。しかし、すぐにその表情には、悪辣な笑みが浮かんでいた。
「これが、これが勇者のパンチだと?」
「あのさぁ、もう止めにしないか?」
「ふ、ふは、ふはははは! 勇者デコピンの攻撃力は50万と聞いていたが、こんなもんだったのか!」
「うーん、それガセだぞ」
奴の攻撃力は2万。50万ってのはHPだから。
「ガセだろうと何だろうと構うものか! 勇者デコピン、今度こそ覚悟しろ!」
仕方ない。このままコイツに殴られ続けるのも癪だし、軽く小突いて……
いや、待てよ。緑色の血を撒き散らして破裂するアレは、フィオナ姫にはショックが大き過ぎるんじゃないか。だとすると攻撃力1の石の礫を、1億個ぶち当てるとかに分散させればいいのかな。よし、ものは試しだ。やってみよう。
俺はオークめがけて飛んでいく、無数の石ころをイメージして呪文を唱えた。
「まほりくまほ〜りた〜」
コツンという音が2回、その後石ころが2つコロコロと転がっていた。なるほど、分散は可能ってことか。
「な、なんだそのチンケな魔法は?」
「で、デコピン様?」
牢番は呆気にとられ、フィオナ姫は頭を抱えている。だが、構わず俺はもう一度呪文を唱えた。
「まほりくまほ〜りた〜」
コツン、コツン。
「まほりくまほ〜りた〜」
コツン、コツン。
あれ、おっかしいなあ。
「まほりくまほ〜りた〜」
その時だった。大量の石の礫が、牢番に向かって飛んでいったのである。
「い、イテッぇ! イテッぇ!」
攻撃力がたった1しかない石ころでも、確実にHPを1削る。つまり、牢番のHPがオークの平均の1万だったとして、俺が繰り出した1億の石ころは彼を1万回殺せるということだ。さらに、手加減など不可能なものだから、それらは牢番に全弾命中していた。
にしても――
「ま、まずい! まほりくまほ〜りた〜」
俺はすぐさま鉄格子の内側に転移した。
「フィオナ姫、俺にしっかり掴まって下さい!」
「は、はい?」
「いいから!」
「デコピン様……」
彼女に抱きつかれて、思わず昏倒しそうになったよ。女の子って、こんなに柔らかくていい匂いがするものだったんだ。大きな胸も当たって、気持ちいいったらない。だが、今はそんな余韻に浸っている場合ではないのだ。
「まほりくまほ〜りた〜」
俺はフィオナ姫を抱えて、再び呪文を唱える。考えも及ばなかったが、1億個の石ころは、狭い牢獄をすぐにでも埋め尽くしてしまう勢いだった。このままでは、俺もフィオナ姫も生き埋めになってしまう。そう気づいて、慌てて転移したというわけだ。
だが、そのせいで転移先まで気が回らず、出たのは牢獄の入り口の目と鼻の先だった。ふと見ると、ちょうど先ほど話していたオーク、シギンとギルギールが歩いてくるのが見える。彼らもすぐに俺たちに気づき、棍棒を手に臨戦態勢に入ったようだ。
「キサマ! 何をしている!?」
「で、デコピン様!」
オークの姿を見て、フィオナ姫が俺に抱きつく腕に力をこめる。ああ、気持ちいい、温かい。もっとして。
「応えろ! キサマ、何者だ!?」
「っさいなぁ。今いいトコなんだから邪魔するなよ」
「なっ!」
フィオナ姫、いい匂い。
「デコピン様、危ない!」
ところが、いきなりそんな声が聞こえたと思ったら、なんと彼女が俺を庇って、オークが振り下ろした棍棒を頭に受けていたのである。ちょ、ちょっと待てよ。
オークの一撃は、人の頭など簡単に割ってしまう威力がある。それをまともに喰らったフィオナ姫は頭から血を流し、俺の腕からゆっくりと崩れ落ちていった。声を上げることすら出来ず即死。
「な、なんということを!」
たった今まで俺の腕の中で、甘い香りと柔らかさで楽しませてくれていたフィオナ姫。その彼女を殺してしまうとは。オーク、許せん。
「よくもフィオナ姫を!」
「う、うるさい! キサマ、勇者デコピンか! 生きていたとは」
「そんなことはどうでもいいんだよ。貴様らは消し炭になって死ね! てくまくまよこん!」
ごめん、フィオナ姫。でもこんな呪文しか思い浮かばなかったんだよ。彼女の仇をとるに相応しい呪文を考えたのだが、ふと、頭に浮かんだのがこれだったんだ。
しかし、呪文とは裏腹に、俺がイメージしたのは攻撃力1の火の玉。それが1億個だ。しかも今回は1回目で、HP依存の会心の一撃が発動した。それらは次々と赤い光を発しながら、2人のオークに向かって襲いかかっていく。
「あ、熱い!」
「ギャーっ!」
やがてオークたちの体が燃え尽きる頃、俺は物言わなくなったフィオナ姫の亡骸を抱きしめ、頬に涙が伝うのを感じていた。




