第1話 転生後の生活はガチャで決まる?
その日、俺の気分はいつもよりかなりよかった。
元々病弱で、入退院を繰り返す生活を送っていたのだが、今日は自分から外を歩きたいと思えるほどだったのである。というわけで、散歩に出ることにした。
高校に入学してから、1年間は何とか乗り切って2年生に進級することが出来た。しかしその直後に体調を崩し、2年の1学期はほとんどまともに学校に通うことが出来なかったのである。お陰で、最初の頃は見舞いに来てくれていたクラスメイトも、ゴールデンウィーク以降は全く姿を見せなくなっていた。
実は、こんな俺にも夢があった。ボクサーになりたい、という夢だ。小学生の時、いじめられていた友達を助けに入って、自分もやられてしまったからである。
あの時は悔しかった。そんな時、テレビで観たボクシングの試合には心躍らされたものだ。これしかない。大切なものを守るために、俺にはボクシングしかない。子供心にそう思ったんだ。
しかし今はもう、それも諦めた。こんなひ弱な体では、ボクサーになるなんて夢のまた夢だからである。それに俺はケンカも強くない。
でも、本当は強くなりたい、という気持ちを今でも捨てられないでいたんだ。健康になりたい、というのとは違う。病気とは今までずっと付き合ってきたからね。そうじゃなくて、ケンカに強くなりたい、みたいな感じだ。もっとも、病弱な俺にケンカを売ってくるヤツなんているわけないんだけど。
そんなことを考えていたからか、俺はいつの間にか、とあるボクシングジムの前に差しかかっていた。このジムは病院からそう遠くない場所にある。ただ、健康な人にはなんでもない距離でも、俺の体には少々キツい。
「ひと休みした方がいいかな」
そう考えて、目の鼻と先にある公園のベンチを目指して歩き出した時だった。不意に、目の前に白い霧のようなものが立ちこめるのを感じたのである。
「まずい……」
これは倒れる前兆だ。しかし、分かっていても、もうどうしようもない。まあ、きっとしばらくすればジムの人か、通りがかりの人が見つけて何とかしてくれるだろう。そう、いつものように。
ところが、意識が途切れる寸前、俺の耳に大きな音が飛び込んできた。この音は――
「クラクションとブレーキ音?」
そしてそこで俺は、完全に意識を失ってしまったのである。
「坂下遥人君」
「はい……?」
名前を呼ばれて、俺は反射的に目を開けて返事をした。だが――
「知らない天井だ……」
天井も壁も、俺が知っている病室のものとはまるで違っていた。それどころかベッドに寝ている感覚すらない。霧に包まれたような、何もないただの空間。ここは一体どこだろう。
「寿命はまだ残っていたのに、事故で死んでしまうなんて、君も運がなかったわね」
「事故……死んで……?」
「倒れた君の体に、運悪く大型ワゴン車が突っ込んだの」
「は?」
「ワゴン車にはね飛ばされた上に、頭がタイヤの下敷きになって即死だったのよ」
「えっと、何を言って……」
声のする方を見ても、視界を霧が覆っているので何も見えない。
ところがそう思った瞬間だった。一部分の霧がすっと晴れて、その向こうに女の人が立っていたのである。ちょっとケバめの、夜の商売をしていそうなお姉さん風の人だ。
「まあ、ケバいとは失礼ね!」
「あ……え?」
「そう言えばまだ名乗ってなかったわね。私はエルピス、これでも女神なのよ」
「め、女神?」
新手の大人のお店にでも担ぎ込まれたのだろうか。女神バーとか。いやいや、俺はまだ高校生だぞ。
「坂下遥人君、君は死んだの!」
「あの、俺は生きてますけど?」
「物分かりが悪いわね。ラノベとか読んだことないの?」
「え? そりゃあまあ、ありますけど……って、ええっ!?」
まさか、あの事故で死んで神様に会うっていう、今じゃ時代遅れ的なアレのこと?
「そうよ。時代遅れっていうのは傷つくけど」
あ、心を読まれてるんだ。
「夢、じゃないんですよね?」
「ほっぺつねってみなさい」
「イテッ……ホントだ……」
「ふう。これでやっと本題に入れるかしら?」
「強くなりたいですっ!」
「はい?」
「これから能力とかもらって、どこかの世界に転生ってことですよね? だったら強くなりたいです! あと、赤ん坊から始めるのは面倒なんで、出来れば今と同じくらいの年齢から……」
「えっと、ね。確かにラノベを引き合いに出したけど、そんなに簡単には……」
「チートスキルとか、チート武器とか、そんなのもいいですけど、誰にも負けない強さがいいです!」
「希望は分かったわ。でも、それは君の運次第ね」
「それと、俺は女の子に縁がなかったので、出来れば可愛いお姫様と仲良くなれるとか」
ラノベとかに出てくる女の子たちは魅力的だからね。俺も理想のヒロインと、あんなことやこんなことをしてみたい。
だって、男の子なんだもん!
「人の話を聞きなさい!」
「人? 女神じゃないんですか?」
「め、女神の話を聞きなさい!」
言い直さなくても。
「いい? 寿命を残して死んだから、君の転生は決まっているの。でも、希望が叶うかどうかは別問題。君の運にかかっているのよ」
「俺の、運?」
「そう」
「どういうことですか?」
そこで、ケバめの女神は俺を見てニヤリと笑った。
「ガチャよ」
「はあ?」
この時、俺は呆れるという気持ちがどういうものか、初めて知ったのだった。
◆ガチャシステムをご存じない方へ◆
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・ガチャとは
スマホなどのソーシャルゲーム内で使えるカードやアイテムを購入する仕組みのこと。ガチャを引くために利用者は、通称『石』と呼ばれるアイテム(ゲーム何でのアイテム名は様々)を購入する。一般的にはガチャ1回分が100円から数百円程度で、この金を支払うことを『課金』と言う。
ただし最初のうちは、ゲームを始めたばかりの人のために、無料でサービスしていることがほとんど。初回10連無料、などというのがそれ。
なお、運営(運営については下記参照)の不手際やプログラムのバグなどで利用者に不利益が発生した場合、お詫びとして支払われるのも『石』である。これは一般的に『詫び石』と呼ばれている。
ちなみにこのガチャ、ハマると数十万円から数百万円、中には数千万円を使う人もいる。こういう人たちのことを重課金者、廃課金者などと呼ぶ。この人たちのお陰でゲームが続けられるとも言われている。
なお 『ガチャ』は、実はタカラトミーアーツさんの登録商標です。
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