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空飛ぶ絨毯の上にて。
ラピスはセラにしがみついたまま、誰に言うでもなく怨み言を口に出す。
「…………もっと、ちかいとおもってたのに」
ふおォおおお! と叫びたいのを我慢して、サクラは極めて冷静に訊ねる。
「近いってどれくらいじゃ♪」
「サクラさま。喜びが隠しきれてませんわよ」
セラがツッコむが、サクラはどこ吹く風。一切気にすることなく、ラピスの返答を待つ。
ラピスも、この状態で突っかかるのは疲れるので、一旦スルーして答える。
「…………あるいて、いけるくらい」
「いやいや、それはないじゃろ♪ そなたのところの漆雷獣も、そこそこ離れたところに住んどるじゃろ♪」
「だから喜びを隠しきれてませんわ!」
「…………もういいよ、セラ。…………もう、あきらめたから」
ラピスはふっ、と達観したように笑う。今できる、最大の笑顔だった。
「…………でも、うちのリンちゃんは、たまにあそびにくるよ?」
「サクラさまのところは違いますの?」
「うん? あやつらは──」
「ちょっと待ってくださいまし」
セラのストップがかかる。早くは喋れないので出遅れたが、ラピスも同じ気持ちだった。
「今、あやつらと仰いましたか?」
「うむ。ゆったぞ」
「…………いっぱいいるの?」
「いや、2匹だけじゃ。大きさも然程でもない」
「種類──ではなく、種族はなんですの?」
「かかっ。それは着いてからのお楽しみじゃ」
笑ってサクラははぐらかす。
まァ、楽しみは後に取っておくというのもありなので、銀髪の姉妹は沈黙を貫いた。
20分程で、その幻獣たちが住むという平原に着いた。短めのフライトに、ラピスはホッと胸を撫で下ろす。
見たところ、なんの変哲もない平原だ。
異様な遺跡があるわけでもなければ、ここにしか生えない植物があるわけでもない。たまに視界の端に、野生のウサギがよぎったりして、平和を感じるくらいだ。
「桜さん。本当にここなの? めちゃくちゃ見通しいいけど」
「…………あれ?」
「「え?」」
不吉な言葉を洩らすサクラ。姉妹はバッと彼女を見る。
「──かかっ、冗談じゃ! 引っかかったろう?」
「お、驚かせないでくださいまし」
「…………本当に?」
苦言を呈するセラと、疑心暗鬼に陥っているラピス。サクラは肩を竦めた。
「信用ないのう……」
「めっちゃ自業自得だけど」
「う、うむ、すまぬ。──ではこれ以上妾の株が落ちないうちに呼ぶとしよう」
サクラは懐から小さな笛を取り出し──
「すゥ……。──────!」
と、人間には聞こえない音域の音を出した。
ラピスとセラは、無意識に耳を押さえる。
「──なんか今、耳がキーンていった」
「……なにか、違和感がありますわね」
「ほう? 人間の可聴音域を超える音なんじゃが」
そんな話をしていると、遠くから2つ、こちらに向かってくる影が見えた。
大きさはまだわからないが、片方は白、もう片方は黄色だと、うっすら判別できる。姉妹はどんな幻獣がくるのか、その時を楽しみに待った。
しばらくして、幻獣たちの全容が明らかになる。
白いほうの幻獣は、大きな狼の姿をしていた。ラピスたち3人を背中に乗せられる程大きく、毛並みはふわふわしている。おそらく、神狼と呼ばれる幻獣だろう。
もう1体、黄色いほうの幻獣は、巨大な獅子の姿をしていた。狼のほうよりも若干大きく、毛並みはもこもこしている。葬獅子の特徴を備えているが、細部が異なる。特殊個体だと思われる。
2体が近づいてくるのを見て、ラピスとセラは楽しげに話す。
「凄いねェ! 神狼と葬獅子だよ! しかも片方は特殊個体!」
「姉さま詳しいですわね。……確か葬獅子って、人を襲うとか聞いたような」
「かかっ。問題ない。あやつは賢いからの」
やがて2体が目の前までやって来て、地面に身を伏せた。その状態で、サクラに挨拶するように鳴く。
「オンオン」
「みゃーご」
「犬かっ!」
「猫ですかっ!」
すかさず姉妹はツッコんだ。
鳴き声がショボい。もっと威厳のある──とそこまで考えたところで、リンドブルムやベラトリクスも似たようなものだと思い出して、口を噤んだ。
急に黙ったラピスとセラを訝しげに思ったサクラだが、大したことではないだろうと思って追及はしなかった。
彼女は2体の紹介に入る。
「紹介しよう。こっちの犬がシリウス、猫がレグルスじゃ」
「犬ってゆっちゃった!」
「猫ってゆっちゃいました!」
犬猫呼ばわりされたシリウスとレグルスだが、伏せをキープしたまま欠伸なぞしている。興味がなさそうだ。
「冗談じゃ。神狼と葬獅子じゃ。葬獅子は通常、人によく似た顔がついているんじゃが、こやつが普通のライオンみたいに見えるのは、ラピスのゆう通り特殊個体じゃからじゃな」
「ヘェ。可愛いね。うちのリンちゃん程じゃないけど」
「本当に可愛いですわね。うちのリンドブルム程じゃありませんけど」
「褒めておるのか? それ」
一応、姉妹からすれば最大級の賛辞だ。
彼女たちの中で、動物界で1番可愛いのはリンドブルムなのだ。……漆雷獣を可愛いと言うその豪胆さは置いといて、順調に飼い主馬鹿を発揮していた。
「シリウス。もふもふしていい?」
「オン」
「レグルス。わたくしもよろしいですか?」
「みゃ」
許可をもらって、二人はもふもふと2匹を愛でる。動物好きな姉妹は嬉しそうだ。
その嬉しそうな姉妹を見るサクラも嬉しそうで、和やかな空気ができあがっていた。
一頻り撫で回して、ラピスとセラは満足した。お礼を言って離れる。
「ありがとう桜さん。楽しかったよ」
「やっぱりペットっていいですわね」
ラピスとセラからお礼を言われて、サクラは照れくさそうに笑う。気をよくした彼女は、銀髪の姉妹をもっと喜ばせようと、ある提案をする。
「なら二人とも、乗ってみるか?」
「え!」
「いいんですの!?」
目をキラキラさせてサクラを見る。
「よいよい。で、どちらに乗りたい?」
「「レグルス!」」
声を揃えて姉妹は叫んだ。まさかのライオン人気だった。
「お、おおう。参考までに、なんでじゃ?」
「猫派だから」
「猫派ですから」
「…………なるほどのう」
これを聞いてシリウスは悲しそう──と思いきやそうでもなく、普通に欠伸をしていた。
対するレグルスは、心なしかやる気に満ちている。ふんすー、と鼻息を荒くしていた。
よいしょと、ラピスはレグルスによじ登る。セラも続こうとしたが、姉のようにうまくはいかない。結局、ラピスに引っ張りあげてもらって、セラもレグルスに跨がった。
ラピスは今日もスカートなので、風でめくれ上がらないように、セラが前に座る。後ろから抱きしめられて、セラは嬉しそうだ。
「よし。しっかり掴まっておれよ」
いつの間にかシリウスに乗っていたサクラが号令をかける。彼女の合図で、シリウスとレグルスはゆっくりと駆け出した。
彼らは徐々にスピードをあげていく。
その速度は、今まで彼女たちが経験したことのないものだった。
ラピスとセラはキャッキャとはしゃいで、今日という日を思い出に刻んだ。




