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街のそばに降りて、ホッと一息つく。
と同時に、ラピスはサクラの頭を握り拳でぐりぐりと締めつけた。
「痛い痛い! 痛いのじゃ!」
「うるさい! 本気で怖がってる女の子の側であんなに騒いで! 本当に怖いんだからね!」
「すまなかっ──痛い! 謝っとるんじゃ! 手をゆるめ痛い!」
「あの、姉さま。その辺で……」
セラの制止が入って、ようやくラピスはサクラを解放する。
サクラは涙目で、改めてラピスに頭を下げた。
「ご、ごめんなさいなのじゃ」
「うん、赦してあげる。わたしこそごめんね。痛かったよね」
「いや、あれは妾が悪かったのじゃ。だから謝らないでくれ」
こうしてサクラへのお仕置き兼、仲直りを経て、3人は買い物へと向かった。余計なことに時間を取られたので、ここからは巻きでいく。
街に入ると、昨日と変わらない人混みに迎えられた。3人で手を繋いで、人通りの少ない道を選んで歩く。
ちなみに、真ん中はサクラだ。歳を考えると、不満を顕にしてもよさそうなものなのに、彼女は文句の1つも言わない。どころか、嬉しそうですらある。
やはり、精神年齢は肉体年齢に引っ張られるらしい。
しばらく歩いて、昨日とは違う店に着く。そこで食料を昨日の5倍程買った。
あれでは足りないと学習したのだ。
店員が目を見張って驚いていたが、それは些細な問題だろう。
すぐに帰らないといけないので、真っ直ぐ帰途に就く。この頃には既に、帰りの絨毯を思ってラピスは憂鬱だったが、心の中で『リリィのためリリィのため』と繰り返すことで、なんとか気持ちを保っていた。
街外れまで行って、絨毯を展開する。
ラピスは再び、セラにぎゅうっとしがみついた。
この後ラピスが『舌足らずモード』に入ることを、サクラは既に知っている。口元がゆるみそうになったが、意思の力で抑えつけた。同じ轍は踏まないのだ。
帰りの絨毯の上では、主にセラとサクラが会話を交わすのみで、ラピスは終始だんまりだった。
セラはそんなラピスも可愛いと頬をゆるめて、サクラは舌足らずに喋るラピスを見れずに落ち込む。対照的な二人と言えよう。
やっとの思いでサクラの家に帰り着き、ラピスは安堵の息を洩らす。
今度は騒がなかったぞ、と些細なことでドヤ顔を見せるサクラを無視して、ラピスは調理に入った。サクラはちょっと落ち込んだ。
メニューはサンドウィッチ。完全に、移動中のリリィを慮ってのチョイスだ。
パンはさすがに買ってきたものだが、間に挟む具材は全て手作りだ。
鶏の照り焼き、魚のマヨネーズ和え、コロッケ、ゆで玉子の細切れ。珍しいところでは焼きそばなども作って挟んだ。
「パンに焼きそばァ? おいおいラピスよ。それはどおなんじゃ?」
懐疑的なサクラの口に、ラピスは無言で焼きそばサンドを突っ込んだ。
もぐもぐ。ごくん。と飲み込んで──
「ありじゃな! 美味い!」
とサクラは太鼓判を押した。やはり魔女は、食べ物で釣るのが1番だと再認識した。
リリィのものと対になっている門手鏡は、手紙サイズより大きめ、具体的にはバスケットが入るくらいの大きさなので、サンドウィッチをぎっしり積めたバスケットを送った。足りなければ『おかわり!』と手紙が来るだろう。
これで心置きなくラピスたちも食事を始められる。
席について、サクラのいただきますの音頭で、お昼ごはんが始まった。
「のう、ラピス、セラ。そんなにくっついて、食べづらくはないのか?」
「平気だよ」
「問題ありませんわ」
「…………ならいいが」
いつもの距離感で食事をしていると、サクラからツッコみが入った。薄々感づいてはいたが、やはりべったりとくっついて食事を摂るのはおかしいらしい。やめる気はないが。
ちなみに昨日の夕飯は、テーブルを埋め尽くす程の量を作ったため、四方に散って座ったのだ。でないと、手の届かない料理を取るのに、わざわざ立ち上がって移動しなくてはいけない。その座り方なら、届かなければ近い人に取ってもらえばいいので、仕方なく離れて座っていたのだ。
閑話休題。
べったりと肩を寄せ合ったまま、食事が終わる。
サクラは後片づけくらい自分がやる、と言ったのだが、その頃には既にラピスが片づけてしまっており、更には紅茶の準備も整っていた。
娘のように思っている弟子の嫁が『できる女』で喜ぶべきか、ホストだというのに殆どもてなしもできずに嘆くべきか、サクラは曖昧な表情を作った。
紅茶を飲みながら、これからなにをしようかと話し合う。
魔女の家の欠点は、周りになにもないことだと、そういう話になった。
「すまんのう。辺鄙な場所に住んでるが故、おちおち遊びにも行けん」
「あー、うん。それを考えたことがないとはゆわないけど、もう慣れたから」
「ダメじゃぞ。子供はよく学び、よく遊ぶのが仕事じゃ」
「子供って……。わたくしたち、いい加減子供は卒業する歳ですが」
「はん! 妾からすれば、1000歳以下は皆子供じゃ」
「全人類が子供だね、その理論でゆうと」
などと話している間も、ラピスとセラはスキンシップを続けている。リリィがいなくて寂しいのは、ラピスだけでなくセラも同じだった。
結局、寂しさを紛らわすために、いつも通りに過ごすことにした。
すなわち、ラピスは掃除を、セラは彫刻を、それぞれやり始めたのだ。
サクラは興味深そうに、セラの手元を見ている。見る見るうちに形を変えていく材木が面白いのだろう。
時間は過ぎていき、およそ2時間後。
セラが彫っていたフィギュアが完成した。同時に、ラピスも居間に戻ってくる。粗方の掃除は終わったようだ。
「お。完成したみたいだね」
「はい。あとは色をつけるだけですわ」
「……セラにこんな才能があったとはのう……」
セラが作ったフィギュアは『手を繋いで座っているラピスとセラ』。
今より少し幼い時期の容貌で、しかし服装はドレスではない。姫ではなく、普通の姉妹だったら。そんなことを思わせる一作だ。
フィギュアのラピスは笑顔で、フィギュアのセラは恥ずかしそうにうつむいている。なんとも芸が細かかった。
「素晴らしい。セラは天才じゃな」
「いえ。これでは精々、姉さまの魅力の1000分の1ですわ。まだまだです」
「セラ、上手なのに謙遜しすぎるところが珠に瑕だよね」
上手なのにィ、と唇を尖らせて、ラピスはセラに抱きつく。セラはにへっ、と油断しきった表情を見せた。
「にしてもじゃ。旅行先でもいつも通り過ごさせてしまうのは申し訳ない。なにかやりたいことなどないか? 大抵のことなら叶えてやれるぞ?」
サクラの言に、姉妹は引っついたまま首をひねって考える。
セラとしては、日がな1日、こうしてラピスと一緒にいられれば、それ以上望むものはない。いや、ないは言いすぎだが、殆どないと言ってよかった。
一方ラピスも、セラとくっついていられれば幸せだが、せっかく旅行にきたのだからそれだけというのももったいない。
なので旅行の醍醐味を考えてみる。
見たこともないものを見る、食べたことのないものを食べる、知らなかったことを知る。ざっくり言えば観光だ。
その旨をサクラに伝えると、彼女は「あいわかった」と頷いた。続いて衝撃的な台詞を吐く。
「ならば幻獣でも見に行くか?」
え? と、二人して固まった。
「じゃから幻獣じゃ。そなたらのところにも、漆雷獣がおるじゃろ? あれの仲間じゃ」
「えっと……。幻獣がなにかわからなかったわけじゃなくて、そんな簡単に? ってゆう意味の『え?』だったんだけど」
「そりゃあ簡単にもゆうじゃろう。妾のペットじゃぞ?」
「! サクラさま、幻獣をペットにしてますの!?」
「まァの。──見に行くか?」
「行く!」
「行きますわ!」
姉妹は大賛成の様子。目に見えてテンションが上がっている。元来、動物好きなのだ。
サクラは優しく微笑んで、彼女たちを先導するように玄関の扉を開ける。
こうして、彼女たちはようやく、旅行らしいことをするのだった。




