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掃除を終えて、ようやくお昼ごはん。
時間は既に、お昼と夕方の間くらい。全員お腹を空かせていた。
さくっと作れるものということで、メニューは丼ものだ。今回は中でも特に手間のかからない豚玉丼。他人丼とも呼ばれる。
「はふゥ……。毎回美味しいわね。いつもありがとう、ラピス♪」
と、お礼を述べるリリィ。
と──
「うまっ! え? うまっ! なんじゃこれ? うまっ!」
美味いを連呼するサクラ。
一応はこれも東の島国料理なのだが、彼女は知らなかったようだ。
なんでも、たまに里帰りはするものの、そのときは必ず決まった店で食事を摂るのだとか。丼ものが誕生したのは比較的最近、ラピスが把握している限り200年程前のことなので、サクラが知らないのも無理はない話だった。
ちなみにサクラはリリィと同じくらいよく食べた。魔女食いしん坊説が、ラピスの中で確信に変わった。
デザートは手土産の苺大福。ついでに緑茶もつく。
サクラは「懐かしいのう」と言って一つ食べる。その瞬間、目を見開いた。
「なんじゃこれ!? 大福ではない! 苺が入っておる!」
「そりゃ苺大福だもん。苺は入るよ」
「これを考えたやつ──否、考えたお方は天才じゃ! 妾など足元にも及ばん!」
「師匠。そんなに自分を卑下しないでください」
「リリィ義姉さまの敬語、未だに慣れませんわね……」
たくさん──具体的には100個作った苺大福だが、およそ半数が魔女の胃袋に収まった。姉妹は1個ずつだ。
「……随分食べましたわね。豚玉丼も5杯くらい食べてましたのに」
「ええ。満足だわ……」
「残りは妾が貰ってよいか? よいよな?」
「うん、いいよ。そもそも桜さんのために作ってきたんだし」
ラピスの許可をもらい、サクラはホクホクと苺大福を手元に寄せた。
羨ましそうにリリィが見ている。
「なんじゃ? リリィ。やらんぞ」
「そんなこと言わずに。10個でいいですから」
「ならん! そなたはいつでも作ってもらえるんじゃろ! 妾はそおはいかんのじゃ!」
……なんと言うべきか……。
まずリリィが大人気ない。そして本気で怒るサクラが、容姿も相俟って可愛らしい。
いつまでも見ていたい、微笑ましい口喧嘩だったが、サクラの目に涙が浮かんだのを見て、ラピスとセラは慌てて割って入った。
「リリィ! わがままゆわないの!」
「サクラさま。ごめんなさいね、うちの義姉が」
ラピスはリリィに正座させ、セラはサクラを抱きしめる。
「いやラピス。言い訳をさせてちょうだい。師匠は遠慮されるのが嫌いなのよ。それに苺大福が美味しすぎるのもいけないのよ?」
「ちょっとなにゆってるかわかんないよ。遠慮がないにしたって、限度があるでしょ? 桜さん泣いてたよ」
「…………まさか泣くとはね」
「反省しなさい」
「はい」
やっていることは説教なのに、どことなくラブラブオーラが出ているカップルだった。
「ぐす、セラァ……。リリィがいじめるのじゃ」
「だいじょうぶですわよ。あれは全部サクラさまのものですわ」
「……ひっく、ほんとお?」
「本当ですわよ。だから泣かないでくださいまし」
セラはサクラの頭をよしよしと撫でる。髪の色が近ければ姉妹に見えたかもしれない。無論、サクラが妹だ。
にしても。
以前リリィが提唱した、肉体に精神年齢が引っ張られるという説、今のサクラを見る限り、信憑性は高いかもしれない。
そんなことを考えながら、セラはサクラをあやし続けた。
サクラが泣き止むのを待って、今回の小旅行の目的、すなわちサクラへの挨拶を──
「今更だよね」
「今更ね」
「今更ですわね」
「今更じゃな」
今更だった。
でも一応礼儀として、挨拶をする。リリィの希望も叶えたいので、ラピスとしても否やはない。
「師匠。彼女があたしの妻です」
「妻のラピスです」
「うむ、そおか。めでたいな」
「…………なんですの? この茶番」
我慢できずにセラがツッコむ。
全員が思っていたことなので、苦笑いをして彼女たちは役から離れた。
仕切り直してサクラが言う。
「ラピスにはなにか礼をせねばならんな。師匠として、リリィのことは心配しておったのじゃ」
「お礼なんていいよ。そのために好きになったわけじゃないし」
「そおじゃな。じゃが妾の気持ちなのじゃ。──例えば」
サクラは徐にタンスの引き出しを開けて、そこからなにかを取り出した。
「これなんてどおじゃ?」
「わ!」
ラピスは驚嘆した。実は、前々から欲しいと思っていた服なのだ。
『和メイド』というものをご存知だろうか?
言葉の響きから想像できるだろうが、和服をメイド風に、あるいはメイド服を和風にしたものをそう呼ぶ。
パッと見は違和感を抱くかもしれないが、奥ゆかしさと可愛らしさが同居した、なんとも言えない魅力が『和メイド』にはある。
その和メイド服の現物が、ラピスの目の前にあった。
「桜さん! これ!」
「かかっ。知っておったか。我が祖国のファンならば、こおゆうのは好きじゃろう?」
「うん!」
「うむ。なら受け取ってくれ。それを着て家事をすれば、リリィとセラが喜ぶこと請け合いじゃ」
そう言ってサクラは色違いの和メイド服を10着程取り出す。ラピスの目のキラキラが増した。
「ありがとう♪ 遠慮なく貰っちゃうね」
「そおしてくれると助かる。なにせ、妾にはサイズが合わんでな」
和メイド服を手に取り、ラピスは「今着替えちゃおっかなァ♪」などと呟いている。
そこに、リリィが疑問を呈した。
「あら? 師匠。サイズが合わないから渡すのでは、それは『お礼』じゃなくて『在庫処分』では?」
「…………そおじゃな。礼はまた別のものにしよう」
この会話は、和メイド服を前にテンションの上がっているラピスには聞こえなかった。ついでに、巻き込まれる形で和メイド服をあてがわれているセラも、聞くことはなかった。
もし聞こえていたら、そんなに貰えないとラピスが遠慮することは明らかなので、これはこれでいい結果だったのだろう。
「……なにをあげれば喜ぶかの……」
サクラは脳内でお礼のリストをチェックし、優しげな笑みを浮かべた。




