91
「…………どっかで見たことある」
サクラの家の惨状を目の当たりにして、ラピスが最初に言ったことがこれだった。ちなみに、この惨状を前にしたら些細なことだが、サクラの家は東の島国風の平屋だった。
なにに使うかわからない道具、魔道具、魔法陣の束。それらがところ狭しと散らばっている。更には脱ぎ散らかした服、下着。食べ散らかした使い捨ての容器。
足の踏み場が全くない。リリィの部屋の再現のようだった。
「……すまぬ。片づけようとは思うのじゃが、どおせまた散らかると思うとやる気が出なくてのう」
「ですよねェ、師匠。どおせまた散らかりますからね」
師匠に追随するダメな弟子を、ラピスはキッと睨む。リリィはビクッと竦んだ。
どうでもいいが、リリィの敬語慣れない……。
ラピスは今日何度目になるかわからないため息を吐いて、徐にセラを抱きしめる。
脈絡なく抱きしめられたセラは、目を白黒させつつそれを受け入れた。
「ごめんね、セラ。桜さんの所為でお昼ごはんがおやつの時間になっちゃうかも」
「あ、いえ、全然平気ですわ」
「ごめんね。桜さんの所為で」
「姉さま姉さま。サクラさまが凄まじい勢いで凹んでいるのでその辺でやめましょう」
落ち込むサクラには全く頓着せず、ラピスはセラを抱きしめ続ける。セラは抱きしめられて嬉しいやらサクラに申し訳ないやらで、表情がかなり忙しかった。
「ラピスラピス。あたしも。あたしもハグしたい」
「リリィはダメ」
「なんで!?」
「さっきの、『どおせまた散らかりますからねェ』発言が尾を引いてるから」
「物真似凄く上手ね!」
関係ないところにリリィが食いつく。だがその一瞬後、「なに言ってんのよ過去のあたし!」と悶える彼女の姿が見られたという。
「じゃあ頑張ってお掃除してくるね。終わったらご褒美よろしく♪」
最後の台詞はリリィに向けて言って、ラピスはサクラの家改めゴミ屋敷に足を踏み入れる。
「わ、妾もやるぞ!」
サクラもとてとてと、彼女を追いかけてゴミ屋敷に入った。
力になることができないリリィとセラは、苦笑いで彼女たちを見送った。
リリィが魔法で土からベンチを作り、それに二人並んで腰かける。最近はラピスがいなくてもスキンシップをすることが多いので、彼女たちは手を恋人繋ぎにして肩を寄せ合っていた。
待つこと5分。
とぼとぼとした足取りで、サクラが家から出てきた。
小首をかしげてリリィは問いかける。
「師匠。どおしたんです?」
「…………邪魔じゃからと言って追い出されたのじゃ」
「「…………ああ」」
声を揃えて納得する。この義姉妹、だんだん似てきたかもしれない。
ラピスの家事スキルは高い。
メイド業を若くして極めたホルンに師事していたので当然とも言えるが、リリィに拾われてからは目に見えて上達した。
王女時代は隠れてするしかなかった家事の練習だが、こそこそする必要がなくなったため、毎日趣味でもある家事に時間を割くことができる。結果、以前よりも多く実践ができて上達したのだ。
あとは好きな人が喜んでくれるから、というのも理由として挙げられる。いや、むしろそちらのほうが大きいかもしれない。
とにかく。
毎日掃除や料理に精を出すラピスと、年に数度、思い出したように掃除をするサクラでは、比べることすら烏滸がましい圧倒的な隔たりがあるのだ。
サクラが追い出されたのも、むべなるかなというものだろう。
「サクラさま。姉さまはゆうなれば、家事のプロですの。ですので気になさる必要はないですわ」
「……うむ。……じゃが自信なくすのう。1万は歳下の少女に負けるとは」
「相変わらずスケールが大きいですわね、魔女の皆さまは」
セラは引きつった笑みを浮かべる。1万年という、途方もない時間を生きたことを思って、想像すらできないことに気づいたのだ。
思わずリリィの手を強く握る。安心させるように、ニギニギと返してくれたのが嬉しかった。
さておき。
ラピスが掃除をしている間、なにをして過ごそうかという話になる。
せっかくなのでこの時間を利用して、セラは気になっていることを訊いてみることにした。
「サクラさま。気になることが何点かあるのですが、質問よろしいですか?」
「うむ。大体見当はつくがゆうてみよ」
「ありがとうございますわ。ではまず、わたくしたちが元王女だとご存知のようでしたが、それはなぜですの?」
セラの質問に、サクラは答える。
「それなら簡単じゃ。──まず前提として、各国の王族の依頼を片づけるのが魔女の仕事。ここまではよいか?」
「はい」
「そして、魔女特有のネットワークもあるのじゃ。あの国はよい、あの国は横暴、などじゃな」
「なるほど」
「そこで耳にするわけじゃ。『アレキサンドライト王国に二人の美姫あり』とな」
「な、なんだか恥ずかしいですわ」
「謙遜するでない。──で、じゃ。最近こんな噂を耳にした。『アレキサンドライト王国は、とある魔女の不興を買ったらしい』とな」
「!」
今まで黙っていたリリィが、ビクッと肩をすくめた。今度はセラがニギニギとしてあげる。
「すぐにピンときたのじゃ。『あ、これリリィじゃな。なにをしとるんじゃあの子は』と」
「……あの、師匠。その辺で──」
「気になって調べてみると、王女──すなわちラピスを政略結婚の道具にしようとしたらしいな。それ自体は特段珍しい話でもないが、奴らにとって不運だったのは、たまたまラピスがリリィの恋人だったことじゃな。その後の処理は問題だったかもしれんがの」
「……す、すみません」
「まァ妾もあの国の王族は好かん。あり体にゆって、どおでもよいとゆうのが本音じゃな」
「は、はァ」
「にしてもセラよ。そなたはよい判断をしたな。王女なんて辞めて正解じゃ。あんなもん、碌なもんじゃないぞ」
破顔一笑して、サクラは大胆な発言をする。どこかの王族が聞けば、顔をゆでダコのようにして怒るであろう発言だ。
「ええ。わたくしもあれは英断だったと自負しておりますわ」
「かかっ。後悔もないようでなによりじゃ。では次の質問をするがよい。といっても、訊きたいことはあと2つじゃろうが」
「……えっと」
「正確には、しっかりと訊いておきたいことが1つ、訊いてよいかわからないがどおしても気になることが1つ、じゃな?」
「…………敵いませんわね、サクラさまには」
「無駄に長く生きておるからのう」
そう言ってサクラは、まだされていない質問に答えていく。
「次の質問の答えじゃが、妾は同性愛に忌避感はない。おっと、この場合は『百合』とゆうんじゃったかな?」
「…………していない質問に答えられるとゆうのも、おかしな感覚ですわね」
「間違っておらんじゃろう?」
「……はい」
「うむ。とゆうわけで、リリィとラピスの結婚式には妾も参列するぞ。弟子の幸せを喜ばない師匠はおらん」
それを聞いてセラは安心する。同性愛というものは、受け入れられない人にはとことん受け入れられないものだからだ。
同時にリリィも胸を撫で下ろしていた。反対されるとは端から思っていなかったが、答えを聞くまではやはり不安だったらしい。
「では最後の質問に答えようかの。妾の容姿が幼い理由じゃが──」
「? ……サクラさま?」
「…………成長が止まるのが早かったんじゃ……」
「………」
絶句するセラ。
「……妾とて、リリィやカンナのような大人っぽい容姿に憧れることもある。……じゃが、どおしようもないんじゃ。……魔法とて万能ではない。……無から有は生み出せん。……この数千年、なんとか身長を伸ばす研究をしてきたが如何ともできず──」
「もういい! もういいですわ!」
聞くに堪えなくなってセラは止めた。
理由が悲しすぎた。もっと、強力な魔法の副作用とか、神的な存在から身長と引き換えに知識を得たとか、そんなとんでもエピソードが飛び出すと思ったのに。
…………ただの背の低いやつだったのかよ。
如何に悲しいエピソードだろうと、サクラが泣いていない以上自分が泣くわけにはいかない。セラは必死で涙を堪えるのだった。




