90
ダイヤ──否、リリィの師匠、サクラ・コンゴーは、ラピスとセラの手を離して、二人に軽く頭を下げた。
「すまなかったな、ラピスにセラよ。そなたらのことは初めから知っておったのじゃ。偶然を装って近づいたこと、赦してほしい」
「──…は、はァ……」
「──…い、いえ……」
予想外すぎて、姉妹は簡単にしか返事をできない。
サクラはクツクツと笑う。
「リリィもすまなんだな。カンナを遣わしたのは妾なんじゃ」
「……なるほど。どうりでタイミングがいいと思いましたよ」
リリィは苦笑い。師匠の人柄をよく知っているが故だろう。
「腰を据えて話をしたいところじゃが、ここは人が多い。リリィ。空飛ぶ絨毯はまだ使っておるのかの?」
「いえ。今は飛行機という新しい乗り物を使っています」
「ほお、流石じゃな。では街外れまで行こうか。その『ひこうき』とやらを見せてくれ」
雑踏の中、サクラは一人でずんずん進んでいってしまう。
未だに呆けている姉妹の手を取って、リリィは師匠を追いかけた。
街外れまで行き、リリィが飛行機を懐から出す。大きさを取り戻したそれを見て、サクラは感嘆の息を洩らす。
「素晴らしい。研鑽は怠っていないようじゃな」
「恐れ入ります」
「特にこの翼がよいな。あってもなくても同じ効率じゃが、敢えてつける。そこがよい」
「ですよね。格好いいですもんね」
「然り。格好いいは正義じゃ」
リリィが師匠とよくわからない会話をしてる……。そんなことを思いながら、ラピスとセラはその光景を見つめている。
「おお、すまぬ。そなたらを置いてきぼりにしてしまったな。話は妾の拠点に向かいながらでよいか?」
「あ、うん。それでいいよ」
「姉さま!」
「あ」
思わず『ダイヤちゃん』に話すのと同じ口調で喋ってしまった。セラが慌てて窘めるも、覆水は盆に返らない。
ラピスは「……すみません」と頭を下げた。
しかしサクラは──
「よいよい。いつもの口調で構わんよ。『ダイヤちゃん』と話すのと、同じ口調で喋ってくれればよい」
「えっと……」
「まァ無理にとは言わんがな。好きにしてくれ」
リリィの言っていたことは本当のようだ。
──人間ができている。
ラピスとセラは改めて、リリィの師匠の人間性を理解した。
飛行機に乗り、一行は一路サクラの拠点を目指している。
サクラの家は街からかなり近く、このペースで飛んでいけば30分とかからずに到着するそうだ。そんなに近くて一般人に見つからないのかと、ラピスは心配になったが、そうそう見つかる心配はないらしい。
なぜなら近いというのは『空を飛べば』の話なのだ。地を行こうとすれば、崖やら谷やら激流やらが行く手を阻み、簡単には辿り着けないとのことだ。
「とゆうわけじゃ。納得したかの?」
「うん。よくわかったよ」
魔法で色を変えていた髪を、元の黒に戻しながらサクラは説明を終えた。
結局ラピスは敬語をやめた。やっぱり慣れなかったのだ。サクラが許可している以上、無理に敬語を使う必要もない。
「──では改めて」
サクラが場を仕切り、声をあげる。全員が彼女に注目した。
「妾がリリィの師匠、サクラ・コンゴーじゃ。気軽にサクちゃんと呼んでくれ」
「無理だよサクラさん。馴れ馴れしいし」
「ラピスよ。そなたも充分馴れ馴れしいぞ? いい意味でな」
ニカッとサクラは笑う。釣られてラピスも笑った。
その様子を、セラは驚嘆して見ている。
「……流石は姉さまですわ。コミュ力が半端じゃありません」
「やっぱりこうなったわね。気さくな師匠とフレンドリーなラピスだものね」
リリィと話してる間にも、ラピスはサクラと距離を縮めていく。
セラが流石と言って戦くのも無理はない。
「サクラさんって東の島国の生まれなの?」
「おお! よくわかったな。かつては『大和』と呼ばれておったが、確かにあの国出身じゃ」
「じゃあ『サクラ・コンゴー』じゃなくて、『金剛桜』なんだね」
「その通りじゃ。……嬉しいのう。発音もしっかりしておる」
「えへへ。わたし、東の島国好きだから♪」
「そおかそおか。自分の国を好きと言ってもらうのはいいものじゃ♪」
ラピスはサクラと東の島国談義を初めてしまう。ああなったらしばらく止まらないと、リリィとセラは知っているので放っておくことにした。
サクラの家に着く頃にはもっと仲よくなっていることだろう。
セラはリリィの脚の間に座り、彼女に凭れかかる。いつもはラピスとしている体勢だ。
リリィは少し驚いたが、抱きしめて受け入れる。そのまま、気になったことを訊いてみる。
「セラ、ちょっとジェラシー?」
「んー。……わかりませんわね。姉さまが楽しそうなのは素直に嬉しいんですけど……」
「けど?」
「…………笑わないでくださいましね?」
「? ええ」
躊躇いながらも、セラは口を開いた。
「………。……サクラさま、見た目が幼いので、妹ポジションが脅かされそうでモヤモヤしますの」
「………………ぷっ」
「! 笑わないでくださいってゆったじゃありませんの!」
「っ……ごめん。でも、くっ……あまりにも、あまりだから……ふふ」
「もお! だから言いたくなかったんですわ!」
「ごめんごめん。でも心配ないわよ。当たり前だけど、ああ見えて師匠、あたしより歳上だから」
「…………そおなんですわよね。魔女って不思議ですわ」
「ちなみに、正確な年齢は本人も憶えてないそうよ。10000は確実に超えているそうだけど」
「途方もないですわね」
セラは自分が小さいことに拘っているような気がして、ふゥとため息を吐いて気持ちをリセットする。
ラピスとサクラはまだ楽しげに話している。セラは少し、それが羨ましい。自分には、姉の半分も社交性がないと自覚しているからだ。
あんな風に、誰かとすぐに仲よくなるなんて無理だ。リリィのときも、ホルンのときでさえそうだった。
無論、サクラと仲よくしたい気持ちはある。会うのが楽しみだと言った気持ちにも嘘はない。
だがいきなりは無理だ。
事前に情報──というより、為人を知っておきたい。
この考え方自体がよくないとわかってはいるのだが、生まれ持った性分はそうそう変えられなかった。
リリィにサクラのことを訊ねようと、口を開く。と──
「──セラよ。少し妾と話をせんか?」
その前に、サクラが話しかけてきた。機先を制された形だ。
目上の人に誘われては、嫌と言うわけにもいかない。礼儀が芯まで染み着いているセラは、リリィから離れて微笑を浮かべる。
「わたくしでよければ喜んで」
「かかっ、固いのう。まァよい。近う寄れ」
セラはサクラの側まで移動する。口火を切ったのは、やはりサクラだった。
「ラピスには悪いことをしたの。すぐにでもリリィと話したかったじゃろうに、妾が引き留めてしまった」
ラピスを見ると、楽しそうにリリィとスキンシップしている。双方ともに幸せそうだ。
「そんなことはないと思いますわよ? 姉さま、サクラさまと話せて楽しそうでしたもの」
「そおかの? 妾も楽しかったから、そおだと嬉しいんじゃが」
「わたくしの姉さまを見る目は確かですわよ。信じてくださいまし」
自信満々にセラは断言する。
サクラは、「では信じてみるとするかの」と微笑んだ。
「セラのシスコンは有名な話じゃからな」
「? わたくし、そんな世界規模で有名なんですの?」
「なにをゆうておる。アレキサンドライト王国の二人の美姫の話は、魔女界隈では有名じゃぞ?」
「…………美姫?」
サクラはニヤリと、悪戯っぽく笑った。
「のう? セラフィナイト元第二王女よ」
「!!」
「詳しく話してもよいが、そろそろ我が家じゃ。──それについて、ラピスに一つ相談がある」
「ん? 呼んだ? 桜さん」
リリィに後ろから抱きしめられながら、ラピスは反応する。ちょっと目を離した隙に、密着度がめちゃくちゃ上がっていた。
「……いや、今はなにもゆうまい。お客さんに頼むのも心苦しいが、頼みがあるのじゃ」
「なに?」
サクラはもにょもにょと口元を歪めて、気まずそうにその『頼み』を口に出した。
「──…掃除を、手伝ってほしいのじゃ……」
「………」
やっぱりリリィの師匠だなァ、と、ラピスは盛大にため息を吐いた。




