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10分程散策を続け、セラは一つの店を見つけた。
一見高そうな店で、ハードルが高いかと思ったのだがそうではなかった。なぜわかったかというと、店の前にメニューが書いてあったのだ。値段つきで。
こういう形態の店は珍しい。殆どないと言ってもいいくらいだ。お客のことをよく考えていると、セラは好感を抱いてここを選んだのだ。
リリィの背中にしがみつくラピスを怪訝そうに見られたが、特になにも言われることはなかった。その場で注文を伝え、個室に案内してもらう。
リリィはラピスを下ろして席に座る。下りるや否や、ラピスは今度はセラに抱きついた。そしてリリィのときと同じように、すーはーすーはーと匂いを吸い込む。セラはでれっとだらしなく笑い、姉の頭を愛おしげに撫でた。
「災難だったわね、ラピス」
リリィがラピスを労る。大分回復したと見え、彼女はセラを抱きながらリリィに答える。
「……うん。やっぱりわたし、男の人苦手かも」
「そおみたいね。慣れられるなら慣れたほうがいいんだけど」
「姉さまはそのままでいいんですわ! 可愛いので問題なしです」
ラピスに抱きしめられながら、またラピスを抱きしめながら、セラは断言する。
リリィもそれには全面的に同意だ。だが、怖いものが多いというのは落ち着かないだろう。それを少なくするのは、ひいてはラピスの安寧に繋がると、リリィは考えているのだ。
それを姉妹に伝えると姉は真っ赤になって、妹は難しい面持ちで唸る。
「……え、えへへ♡ リリィに愛されてる感じで照れるね……」
「姉さまのことを想うと……男に慣れていただくのか、男を絶滅させ──」
「それ以上はいけないわ!」
さすがに発言が過激すぎるので、リリィのストップがかかった。セラは口を噤み、姉に抱かれる大役を黙って務める。
しばらくそうしてスキンシップを図っていると、料理が運ばれてきた。
山菜の揚げ物、川魚の塩焼き、山芋をすりおろして焼いたもの、鹿肉のステーキ。それにパンとスープがつく。
「たまにはパンもいいよね」
「最近はご飯と麺ばかりだったものね」
「たまに食べると美味しいですわね」
談笑しながら食事は進む。
手間隙がかかっているとわかるそれらの料理は非常に美味しく、彼女たちはすぐに食べ終わってしまった。
食後の紅茶を頼み、まったりとくつろぐ。ちなみに、紅茶はラピスが淹れたもののほうが断然美味しかった。
「さて、街を見て回るか、すぐに出発するか……どおしましょうか?」
「その前にリリィ。どおしたって1日じゃ着かないよね? キャンプするの? キャンプするよね? キャンプがいいな」
瞳をキラキラさせてのリクエストに、リリィは微苦笑して頷いた。
「わかったわ。キャンプしましょう」
「やった♪ じゃあ食材買って行こっか」
「キャンプといえばバーベキューですわよね? お肉買っていきましょう♪」
今後の計画を立てて、紅茶を飲み干す。ラピスとセラを先に外に出して、リリィは会計をした。
その際、「随分仲がよろしいですね。妹さんですか?」と訊かれたので、「いいえ。婚約者と将来の義妹よ」と答えた。きょとんとする店員の顔が面白かった。
山菜や鹿肉、珍しいものでは熊肉などを買って、彼女たちは再び空の上の人となった。
街ではあれ以来トラブルはなく、平和に買い物ができた。街人の何人かが、ラピスとリリィの関係に気づき、にまにまと眺めていたことには、誰も気づいていない。
飛行機の中。
人目を気にすることもなくなったので、自重せずにイチャイチャすることにした。…………あれは自重していたらしい。
ラピスはセラと抱き合い、そのラピスをリリィが後ろから抱きしめる。ラピスがサンドウィッチされる形だ。
彼女が街でダメージを負ったことは確かなので、できるだけ癒してあげようとこの体勢に落ち着いたのだ。
誰かが軽く身動ぎする度、その誰かの香りが拡がる。誰のものであっても、3人共好きな香りだった。
「ラピス。気持ちいい?」
「うん。…………多分これ、わたしが一番幸せを感じる体勢だね」
「後でいいので交代してほしいですわ」
「あたしも」
その後、所謂サンドウィッチの“具”の役を交代して、幾ばくかの時が流れる。
徐々に日は傾き、夕暮れ時。夜の帳が近づいていた。
そろそろキャンプ地を決めようと話し合う。暗くても飛ぶのに支障はないが、食材の下ごしらえの時間などを加味すると、早く決めるに越したことはない。
そう考えて窓から遠くを見ていると──当然のようにラピスは見ていない──湖が見えてきた。周りに人気はない。
ラピスにそこでいいかと訊くと、いいよと返ってきたので、その湖畔に着陸することにした。
音もなく着陸。
すぐにラピスとセラが飛び出し、きゃっきゃとはしゃぎ出す。テンションが高い。あと可愛い。
リリィは飛行機の扉を開けたまま、姉妹のそんな様子を見て目の保養をするのだった。
しばらく水辺で遊んで、姉妹は帰ってくる。リリィは笑顔で出迎えた。
「ごめん。ついテンションがあがって……」
「自分を抑えられませんでしたわ……」
「いいのよ。可愛かったし♡」
タラップに腰かけて、脚を組んでリリィは艶然と笑う。その仕種は驚く程に色っぽい。ラピスだけでなく、セラまでもが見蕩れる程だった。
意識をキャンプに切り替える。
ラピスはエプロンを着けて食材の下処理、リリィとセラは協力して竈を作っていた。
「ちょ、リリィ義姉さま! 邪魔しないでくださいまし!」
「…………ごめんなさい」
もとい、セラは一人で竈を組み立てていた。リリィの家事スキルのなさはこんなところでも影響するようで、セラがせっかく組み立てた部分を壊してしまうのだ。
リリィはなにも手伝うことがないので、ぼんやりとその光景を眺める。
ラピスは普段、メイド服を着ているため、エプロンは着けない。なのでエプロン姿の彼女は新鮮で眩しかった。
可愛い恋人と可愛い義妹を見ていると、すぐに時間は過ぎて食事の準備が整う。
飯盒で炊いたご飯、山菜の天ぷら、熊肉のメンチカツ、鹿肉の煮込み、湖で釣った魚の塩焼き。野外料理とは思えないくらい豪華だ。ちなみに、揚げ物は飛行機のキッチンで行った。
「いやァ、外で食べると一層美味しいわね」
「ですわね。景色もいいですし」
「なにより、好きな人と一緒だしね♪」
上機嫌に談笑しながら、食事を進めていく。やがて全ての料理が彼女たちの胃袋に収まった。
食後の緑茶をまったりと飲む。もちろんスキンシップをしながら。今回の中央はリリィだ。
人目がないのをいいことに、屋外だろうと構わずイチャつく。
と、ラピスが不意に気づいた。
「? ……ねェリリィ、セラ」
「なに?」
「なんですの?」
「あれ、なんだろ?」
ラピスが指差す方を見ると、湖面がコポコポと泡立っている。その泡は次第に大きさを増していき、あたかも沸騰しているかのような様相だ。
そして、彼女たちが見ている目の前で、派手な水しぶきがあがった。




