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9の月の7日。リリィが空飛ぶ乗り物──ラピス命名『飛行機』──を完成させた翌日。朝。
「……リリィの師匠のところでも、水着じゃなきゃダメなの?」
「いくら師匠でも、ラピスの水着姿は見せられないわ」
というやりとりがあって、ラピスが水着で過ごすのは帰ってきてからということになった。
延期はしても中止にはならない。ラピスはバレないようにため息を吐いた。
出立の準備は既に整っている。以前旅行に行ったときに学んだので、この辺は慣れたものだった。
数日分の着替え、財布、門手鏡、手土産の苺大福などをマジックバッグに容れる。足りないものが出たら向こうで買えばいい。
「じゃあリンちゃん。お留守番お願いね」
「クルゥ」
リンドブルムに留守番を頼み、準備完了だ。3人を乗せた飛行機は空へと舞い上がった。
ラピスとリリィは座席に並んで座り、セラは外を見ようと窓に駆け寄る。
「凄いねェ。全然揺れないし、座席は全部ソファーだし…………住めるね!」
「住めるわね!」
「住めますわね!」
3人ともおかしなテンションになっている。旅行となるとテンションがあがるのは、どの国でもどの世界でも共通のようだ。
ここで軽く、飛行機の内装を紹介しよう。
まず広さだが、座る分には6人乗り。睡眠を取るとすれば3人が限界と、それ程広くはない。大きなソファーが2つ、前後に並んでいる形だ。だが簡単ながら、後方にキッチンが併設されており、彼女たちの言う通り、その気になれば住めるだろう。
窓は正面に大きなものが1つと、左右に小さなものが1つずつのみ。前くらいはさすがに見えたほうがいいのでこういった設計になったが、その窓の前にはブラインドがあり、見ようとしなければ見えない作りになっている。ラピスへの配慮だ。
もちろん適温化の魔法陣は刻まれており、暑さ寒さとは無縁だ。これがないとスキンシップに支障がでるので、ある意味当然の処置とも言える。
と、ぶっ飛んだ性能の飛行手段を作り上げたわけだが、それは偏にラピスに喜んでほしいから。
それを思えばこの程度、苦労でもなんでもなかった。
「速度は以前の絨毯と変わらないんですのね……」
大きな窓にへばりつきながらセラは言う。その声は心なしか暗い。もっと速いのを期待していたのだろう。
「ふふん。あたしの傑作を嘗めてもらっちゃ困るわ。これで出力30%よ」
「! じゃあ、今の3倍以上速く飛べるんですのね! 是非──」
「やめて」
セラの要望を、ラピスはぶった切る。めっちゃ涙目だった。
「いくら怖くないとはいえ、抵抗はまだあるんだよ。そおゆうのは、セラとリリィだけでやって」
「……ごめんなさい姉さま。少し、軽率でしたわ」
シュンとして謝るセラ。ラピスは彼女に近づく──のは外が見えて怖いので手招きして、そっと抱きしめた。
「わかってくれればいいの。わたしこそごめんね。ちょっと言い方がきつかったね」
「いえ、そんな。姉さまは悪くありませんわ」
「じゃあおあいこね」
ラピスは妹の頬にキスを落とす。セラもお返しにと、姉の頬にキスをした。
仲のいい姉妹なので滅多にしないが、仲直りのキスだった。
「……相変わらず仲いいわね……」
リリィはその様子を、隣で羨ましそうに見ていた。やがて見ているだけでは満足できなくなり、徐にラピスの右腕を抱きしめる。
今ラピスは、右腕をリリィに、左腕をセラに抱かれ、所謂『両手に花』状態。彼女は幸せを噛みしめて微笑んだ。
移動中は暇なので、雑談かスキンシップくらいしかすることがない。
リリィを中心にして、左脚をラピスが、右脚をセラが枕にする体勢で、雑談に興じる。内容は益体もないことばかりだ。
ホルンのおっぱいは1度触ってみたほうがいい。セラはもう少し胸が小さいほうが妹っぽくてよかった。など、女の子らしい会話や。
6000年くらい以前まではここに湖なんてなかった。つい最近、300年前にふわふわのパンが発売されて感動した。など、スケールの違いを感じさせる思い出話や。
ミルクレープという新しいケーキが出たらしいから食べてみたい。再現できそうならうちで作ってみる。など、趣味に走った話。
本当に様々な話をした。よくも話題が尽きないものだと感心するくらいに。
体勢を変えて話題を変えて、それでも変わらずイチャイチャしながら過ごすこと3時間。あっという間の3時間だった。
それでもお腹は空くようで、リリィのお腹からクゥ、と可愛らしい音が聞こえた。
「…………お腹空いたわね」
「もうお昼だもんね」
「次に見えた街で休憩しましょうか?」
とりあえずの方針を決める。尚もイチャイチャしたままだが。
「だったらセラが選んだお店に入りましょう」
「え? わたくしですの?」
「いいね。セラにはこないだ凄いお店を見つけた実績があるからね」
「……あまり期待されてもかないませんが、わかりました」
「じゃあそんな感じで」
そんな行き当たりばったりな計画を立てる。お堅い旅行というわけでもないのだから、このくらいがちょうどいい。
計画を立ててから10分もせずに、大きめの街が見えてきた。近くに山が連なっているので、山の幸が期待できるかもしれない。
「見えてきたわね。あの街でいい?」
「是非に及ばない」
「致し方ありません」
「なんで堅いの!?」
軽口を叩きながらも、飛行機は街のはずれまで飛んで行き、着陸する。飛行機から下りて、ラピスとセラは手を繋ぐ。リリィ機体を一撫でして、掌サイズに縮めたそれを懐にしまった。
「やっぱ可愛いよね、それ」
「あら? ラピスのほうが可愛いわよ」
「比べる基準が違いますわ」
来たことのない街への好奇心を胸に、彼女たちは歩いていく。珍しいものや、美味しい食べ物が見つかるといいな、と期待して。




