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「できたァ!」
9の月の6日。昼前。
リリィのそんな声が家中に響き渡った。
お昼ごはんの準備をしていたラピスも、洗濯を終えて姉を見ていたセラも、ほっこりと笑顔を浮かべる。
ドタドタと階段を下りる音が聞こえて、リリィが顔を見せる。かと思いきや、すぐさまラピスに抱きついた。
「ラピスラピス! できたわよ!」
「うん、おめでとう。でも危ないから離れて」
「あ、ごめんね」
リリィは即座に離れる。ラピスの邪魔をするのは本意ではないのだ。
ラピスは少し名残惜しそうにするも、気持ちを切り替えて料理に戻る。あとは油を切って、特製のタレをかけるだけで完成だ。
その間に、リリィはセラの隣に移動している。
はしゃぐリリィがあまりにも可愛かったのでそれを伝えると、案の定真っ赤になる。動かなくなった彼女を抱き寄せて、セラは膝枕をしてあげた。
10分程そうしていると、ラピスがお盆に料理を乗せて持ってくる。ちなみに彼女、作る料理によってお盆かトレーか変えている。料理人としての拘りだった。
「お、リリィとセラ、仲いいね♪」
「はい。リリィ義姉さま、とっても可愛いんですの♡」
「あうぅ……。それ以上ゆわないで」
リリィはうつ伏せになって顔を隠してしまう。サラサラの髪がセラの太ももに触れて流れ落ちた。
リリィの顔が見えないのは嫌なので、ラピスは「ごはん食べよ?」と声をかける。ゆっくりとではあるが、もぞもぞとリリィは起き出した。
…………ごはんに釣られてしまうところが、彼女の食いしん坊なイメージを助長させていることに、リリィは気づいていない。そんなことよりごはんだ、と思ってしまうのだった。
目の前に置かれたのはリリィの大好きな天ぷら──を、器によそったご飯の上に乗せた料理。すなわち天丼だ。
初めて見る料理に彼女は目を輝かせる。
「! ラピス。なにこの夢のようなやつ!?」
「やつって……。これは天丼だよ。リリィが丼もの気に入ったみたいだったから作ってみた」
「食べる前からわかるわ。あたし、これ大好きよ♪」
声を揃えて、いただきます。
3人は横並びに座って、箸を取った。
「んーっ♪」
「あはは。気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「姉さま。おかわりはありますの?」
普段は少食なセラでさえ、そんなことを訊く始末。リリィは無言で食べ続けながら、天ぷらは世界で一番優れた調理法だと確信した。
「おかわりあるよ。リリィがいっぱい食べると思ったから、めちゃくちゃある」
「なら安心ですわね。わたくし、今日はたくさん食べれるような気がしますの」
「うん。そうしてくれるとわたしも嬉しいよ♪」
和やかに食事は進む。
リリィが3回目、セラが1回目のおかわりをしたところで、やっと1杯目を食べ終えたラピス。天ぷらだけもうちょっと食べちゃおうかな? と考えていると、ようやくテンションが落ち着いてきたリリィが話しかけてきた。
「んんん」
「なに?」
「んんんんんんんんんんんんんん、んんんんんんんんん」
「わかった。でも行儀悪いよ、リリィ。飲み込んでから喋りな」
「…………よくわかりますわね、姉さま」
ラピスの特殊技能なのか、愛の為せる業なのか……。おそらく後者であろう。
セラは呆れ半分、感心半分で、二人の姉を眺めた。
食後のティータイム。今回は天丼だったのでほうじ茶だ。東の島国料理には、これか緑茶がよく合う。
ほうじ茶を飲みながら、リリィは空飛ぶ乗り物のコンセプトを説明していた。姉妹は時折頷いたり、相槌を打ったりしてくれて、非常に話しやすい。
説明が終わると、セラが唸った。
「ヘェ、そおなんですの。流石はリリィ義姉さまですわね。思いついてもできないことを平然とやってのけます。そんなかたがわたくしの義姉だと思うと誇らしいですわ」
手放しの賛辞に、リリィはさすがに照れる。もっと普通に、流石はリリィ! と言ってくれるだけでよかったのに。全身が痒くなるリリィだった。
一方ラピスはというと。
徐にコップを置いて、力いっぱいリリィを抱きしめた。
「ラピス!?」
「──ありがとう」
万感の思いが籠った『ありがとう』だった。ラピスは涙で瞳を潤ませながら続ける。
「ありがとう、リリィ。元はわたしのわがままなのに、頑張ってくれてありがとう。わたしのために頑張ってくれてありがとう」
「や、やめてやめて! もっと軽い感じでいいから! そんな重く受け止めないで!」
リリィはそう言うも、ラピスの抱擁は力を増すばかり。リリィが痛がらないギリギリのラインを守って、全身で感謝を伝えるラピスだった。
数分後。
リリィは庭先で、空飛ぶ乗り物の披露をしていた。
馬車をモデルにしたとはいえ、その外観はまるで異なる。
まず大きな違いとしてあげられるのは、翼がついていることだろう。左右に大きな翼が一つずつ、小さな翼が一つずつついている。
「翼、意味あるの?」
ラピスの質問だ。リリィは答える。
「ほぼないわ。格好いいからつけただけ」
「「………」」
ねェのかよ! とラピスとセラは思ったが、口に出すことはしなかった。
他にあげられる違いとしては、フォルムがある。馬車はどちらかといえば角ばった印象を受けるが、この乗り物はかなり丸みを帯びている。空気抵抗を減らす作りになっているらしい。
…………じゃあやっぱり、翼はないほうがいいんじゃないの? と、またしてもラピスとセラは思ったが、ぐっと飲み込んだ。
「細かい説明はいいわ。まずは乗ってみて」
「…………うん」
「お邪魔しますわ」
まずはリリィが乗り込み、続いてラピスがセラと手を繋いで乗り込む。当然のように恋人繋ぎだ。
それを微笑ましげに見守りながら、リリィはドアを閉めた。
「じゃ、飛ぶわよ」
「え゛? まだこころのじゅんびが──」
「飛んだわよ」
「できてな──へ?」
ぽかんとするラピス。
リリィは飛んだと言うが、まるで浮遊感を感じない。震動も軽微だ。
これが本当なら凄いことだ。もう怖い思いをしなくてもすむ。
「ほ、本当に飛んでるの?」
「お。飛んでるのに、ラピスがハキハキと喋ってるわ」
「姉さま! 本当に飛んでますわ! 見てくださいまし!」
「やだよ! なんで好き好んで窓に近寄らなくちゃいけないの!」
いつの間にか手を離して窓から外を見るセラが言うが、ラピスはバッサリと断る。あと1000年経っても、高い所に慣れる気はしなかった。
「ふふ。これでラピスもだいじょうぶよね?」
「うん、ありがとう♪ なんかお礼しなきゃね」
「え? いいわよ、そんなの。ラピスの喜ぶ顔を見れただけで満足だわ♪」
「でも……」
リリィの気持ちもよくわかる。もし自分が彼女の立場だったら同じことを言うだろう。
けれども、自分の感謝の気持ちを伝えたい。ラピスはそう、心情を吐露した。
「リリィに感謝してるのは本当なの。わたしにできることならなんでもするよ? だからお礼をさせて?」
「んー。なんでも?」
「うん」
「えっちなことでも?」
「………。………。……うん」
「じ、冗談よ。そんなに赤くならないで」
そおねェ、とリリィは顎に手を当てて考える。
ラピスにしてほしいこと。いくらでもあるとも言えるし、1つもないとも言える。
リリィは今が、生涯で一番充実しているのだ。それは間違いなくラピスのお陰だ。
だからしてほしいことと言われても困る。なぜならラピスがいるだけで、リリィは充分に満たされているのだから。
強いて言えば、『ずっと側にいてほしい』ということになるのだが、今月末、結婚を控えているのでなんの意味もない。
本当に困った、とリリィは唸る。
そこにセラが助け船を出した。
「リリィ義姉さま。難しく考えなくてもいいんですのよ? 例えば、『向こう10日間、水着で過ごしてほしい』とか」
「あ、それいいわね! 採用で」
「…………わかった」
渋々、本当に渋々、ラピスは頷いた。自分で言った手前、嫌とは言えなかったのだ。
期限が決まっているだけいいと思うしかない。下手すれば──リリィがそんなことを言うとは思えないが──『一生部屋着は水着』、とか言われる可能性もあったのだ。
ラピスは真っ赤な顔のまま、とてとてとリリィに近づき、抱きつく。
そして「……ありがとね」と囁いた。
頑張った甲斐があった。
全ての苦労が報われたような笑顔で、リリィはラピスにキスをした。
「──ふふふ。これでリリィ義姉さまも幸せ、わたくしもおこぼれに与れますわ♡」
あの助け船は、完全にセラの策略だった。ほくそ笑む彼女を見ている者は、遥か下方にいるリンドブルムだけだった。




