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あれから2日経ち、9の月の3日。
「猫かホルンに優しくしたい」
「どおしたの!? いきなり!」
「いや、今日は世界一有名な猫の誕生日だから」
「姉さま。猫型のなにかじゃありませんでした?」
「だからなんの話!?」
そんな危うい話で始まった本日だが、猫は一切関係ない。でも一応、ホルンに手紙を書いておいた。
お昼前。
セラは洗濯。もう少しで終わりそうだ。
リリィは自室で絨毯の改良に取り組んでいる。なかなか難航しているらしく、行き詰まる度にリビングに下りてきて、ラピスの唇を奪って戻っていく。
その度にリリィが生き生きするので、ラピスは喜んで唇を差し出していた。
そして本日3度目の行き詰まり。リリィがリビングに下りてきた。
ラピスは餡子をまとめて作っているところだったが、一旦中止してソファーに移動していた。
「ラピスゥ……。また行き詰まったァ……」
「よしよし。リリィは頑張ってるよ」
「あのね、あの絨毯、全然早く飛ばないの。ほんとぽんこつなの」
「え? 何千年もお世話になってる絨毯をぽんこつ扱い?」
「……限界かもしれないわ」
しょんぼりとするリリィ。今回の落ち込みは結構深刻かもしれない。
そう思ったラピスは、全力で彼女を甘やかすことにした。
リリィを抱きしめて、その唇を奪う。更にその状態で何度も頭を撫でた。
と、そこでリリィが舌を入れてきた。ラピスは少し驚いたが、それを受け入れる。
舌を絡めて濃厚なキスをする。顔を離すと、つーっと唾液のアーチがかかった。
「──…ぷは。……えへへ、やっぱこれ、照れるね♡」
「ふふ、そおね♡ でも、これでまた頑張れるわ」
リリィの輝く笑顔に、しばしラピスは見蕩れる。リリィがモジモジと身動ぎして、ようやくラピスは我に返った。
「あ、ごめん」
「んーん。……ふふ、あたしと離れたくないの?」
「うん。離れたくない」
素直なラピスにリリィは微笑む。もう一度軽くキスをして、彼女は立ち上がった。
「よし。もうちょっと頑張ろうかな」
「あ、リリィ。行き詰まったときは気分と発想の転換が必要らしいよ」
「発想……ね」
「うん。例えば……わたしが怖いのは高い所だから、高いとこを飛ばないとか」
リリィは考え込む。
「……それは無理ね。木が邪魔だし、一般人にバレるし」
「じゃあ、高い所だって気づかないようにブラインドをつけるとか。あ、いっそ家が飛べば怖くないよね。……まァさすがに──」
「そっか!」
ラピスの助言でなにか思いついたらしく、リリィは大声をあげた。
感情のままにラピスを抱きしめて頬擦りをする。
「ありがとうラピス! なんとかなりそうよ!」
「え、えへへ♡ 役に立てたみたいで嬉しいよ♡ 頑張ってね」
「ええ、任せて!」
リリィは更にもう一度キスをして、部屋に戻っていった。
座ったまま彼女を見送る。リリィの笑顔には一切の影が見当たらず、彼女の役に立てたことがラピスは誇らしかった。
餡子作りに戻ったラピス。そこに洗濯を終えたセラがやってきた。
ひょこひょこと歩いて、ぴとっと姉の背中にひっつく。いつにも増して可愛らしい仕種だった。
「姉さま♡ お洗濯終わりました」
「ありがとう。じゃあそろそろお昼ご飯かな? 餡子も充分な量作れたし」
大量の餡子を保存用の容器に容れながら、ラピスは時計を見て言う。ちょうど、天辺で針が重なるところだった。
「あれ? セラ、洗濯物干すのちょっと遅くなった?」
「す、すみません」
「あ、違う違う。責めてるわけじゃないの。ただ、調子でも悪いのかな、って」
「いえ、元気ですわよ。……でも、ちょうどリンドブルムが来てまして、少し遊んであげてましたの……」
「あ、そおなんだ。リンちゃん可愛いからね。仕方ないね」
それでご機嫌だったのかな? と考えながら、包丁とまな板を用意する。後ろを振り返って、ラピスはセラに訊いた。
「なんか食べたいものある?」
「えっと、シン料理が食べたいですわ」
「おっけー。それならすぐできるよ」
冷蔵庫から食材を出そうとするが、背中にセラがひっついたままだ。ラピスはやんわりと離れてと伝えるが──
「あの……姉さま。すぐにできるなら、その……少しお話しませんか?」
と、セラは離れようとしない。
ラピスは考える。リリィはさっき部屋に戻ったばかりだから、しばらくは出てこないだろう。自分もそこまでお腹が空いているわけでもないし、多少昼食が遅くなっても問題はない。
なにより、妹の頼みは無下にできない。
実質、殆ど考えることなく、ラピスはセラを優先した。
さっきまでリリィと座っていた場所に、今度はセラと腰かける。
セラは自分の右手とラピスの左手を恋人繋ぎにして、こてんと肩に頭を預けた。
ラピスも首を気持ち傾けて、セラに寄り添う。同じシャンプーを使っているのに、自分とは違う匂いがした。
「姉さまの髪、わたくしとは違う匂いがしますわね」
「今、わたしも同じこと考えてた。でも、これがセラの匂いって思うと、なんか嬉しくなるね♡」
「わたくしも嬉しいですわ、姉さま♡」
イチャイチャとスキンシップを行う姉妹。こういった時間は、なんだか久しぶりのような気がした。
「それでセラ。話って?」
「……すみません。それはスキンシップのための口実ですわ。最近、姉さまとこおゆう時間を過ごせていませんでしたので」
勘違いしないように言っておくが、ラピスとセラは毎日イチャイチャしている。
おはようのキスから始まり、朝ごはんの米粒が頬についたら取ってあげて、洗濯を終えたら褒めてあげて、昼ごはんは食べさせ合いをしたり、その後一緒に部屋の掃除をしたり、一緒に風呂に入って、一緒に寝て……。殆どの時間を共に過ごしていると言っても過言ではなかった。
だが今彼女が言っていることは、そういうことではないらしい。続きを聞いてみよう。
「おはようのキスとか、おやすみのキスとか、そおゆう当たり前のことはしてましたけど──」
当たり前ではない。
「──こおして、スキンシップのために時間を取る、とゆうことをしてなかった気がしますの」
「あー、そおかも。じゃあ今日は久しぶりに、思う存分仲よくしようか♡」
「はい♡ 姉さま♡」
ラピスは徐にセラの唇を奪う。それが開始の合図になった。
繋いでいた手を離して妹を抱き寄せる。体勢を変えて、正面から抱き合った。
ラピスの形のいい胸が、むにっと潰れる。それを敏感に感じとり、セラはより強く姉を抱きしめた。
「ん……セラ♡」
「……姉さま♡」
互いの名前を呼び合う。それだけでどうにかなりそうなくらい、幸せが溢れてくる。
セラは脚も使ってラピスに抱きつく。それを見て取ったラピスも、鏡写しのように同じ体勢をとった。密着度がより上がる。
「はふゥ……。こうやって、セラを抱いてると安心するね……」
「あふゥ……。姉さまにくっついていると落ち着きますわ……」
時間がゆっくり流れているような気がする。もちろん彼女たちの気の所為なのだが、もし他に、この空間にいた者がいれば、同じ感想を抱いただろう。
そのくらい、まったりした雰囲気が漂っていた。
「……大好きだよ……セラ」
「……大好きですわ……姉さま」
体勢を変えずに、己の気持ちを伝え合う。
ラピスもセラも、相手の体温、心音、匂いがわかるこの体勢が好きだった。
彼女たちは時間を忘れて、大切な人の全てを堪能するのだった。
数十分後。
下りてきたリリィがその輪に加わったのは言うまでもなく、その所為で昼食が遅れたことは、更に言うまでもないだろう。




