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一夜明け、8の月の27日。朝。
リビングにて──
「おはよう! ご心配をおかけしました」
ラピスは全快していた。
今のところ誰かに伝染った様子もなく、全員が彼女の快復を喜んでいる。
メイド服を着て、精力的に動き回っている。ずっと寝込んでいたので、今はとりあえず動きたいそうだ。
「ラピス。そんなに動いてだいじょうぶなの?」
「うん。このままじゃ身体が鈍っちゃうからね。心配してくれてありがと」
とはラピスとリリィで交わされた会話だ。
ラピスとホルンで朝食を作り、5人で食卓を囲む。
メニューは白米、豆腐とワカメの味噌汁、だし巻き玉子、アジの塩焼き、焼き海苔。
今日もいつもの朝食だ。
「はァ、東の島国料理は、もうラピスさまのほうが上ッスね」
「えへへェ。練習したもんね♪ それに、こないだ凄いお店を見つけてね」
そんな話をしながら食事は進む。師匠に褒められたラピスはとても嬉しそうで、見ているだけでリリィとセラは幸せな気分になった。
食事が終わり、まったりタイム。ホルンが冷たいほうじ茶を淹れてくれた。
それを飲みながら近況の報告をする。昨日まではラピスがダウンしていて、それどころではなかったのだ。
「それでホルンさん。最近はよくやってますの?」
「はい。手紙にも書いたッスけど、アイリスさん優しくなったッス」
「いや、まだまださ。自分の理想はリリィ先輩たちのようなカップルだからな」
「あら? あたしたちが理想だなんて……照れるわね♪」
「だね。でもそう見てくれるってことは、わたしたち、相性バッチリってことだよね♪」
色々なことを話すが、割合としてはやはり恋人の話──所謂恋ばなが多い。
だがアイリスとホルンがお互いを褒め合うのに対し、ラピスとリリィは互いの欠点も指摘したりする。だがそれで険悪になったりせず、むしろ仲を深めているようでさえあった。
アイリスとホルンは、自分たちとは既にステージが違うことを察して、少し羨ましくなった。
ところでこの面子でいうと、セラが余ると思いきやそうでもない。
賢明な諸兄なら、『セラが余る? なんの冗談だ?』とでも思っているかもしれないが、どうかお付き合いいただきたい。
そう、セラは別に疎外感など感じてはいなかった。
なぜなら彼女は人後に落ちないシスコンであり、下手なカップルなんかよりも余程姉と仲がいい。
故に、恋人同士のあれこれや、恋人ならではの行為などに滅法強かった。
しかも──
「実は今日、姉さまが初めてキスをしてくれた記念日ですの♪」
などと、自分の話も織り混ぜていくので、疎外感などとは無縁だった。
そんな話をしているとあっという間に時間は過ぎ、時計の針が2本とも頂点を指した。お昼である。
ラピスは立ち上がり、お客さんであるホルンとアイリスに、昼食のリクエストはあるかと訊いた。すると──
「あ、いやいや。ウチらはこれでお暇するッス」
「ああ。申し訳ないが店を予約していてね」
そう言って二人とも立ち上がるのだ。
引き留めようともしたが、店を予約していると言われてはそれもできない。なんの店かは訊かなかったが。
「そお。なら仕方ないわね」
「ごめん。ひょっとして、わたしの所為で結構ギリギリ?」
「んなことないッスよ。それに店かラピスさまかだと、優先するのはどちらか、考えるまでもないッス」
ホルンは朗らかに笑ってそう言ってくれた。
ラピスたちは微笑んでそれに対する返答とし、彼女たちを見送ることにした。
家の前でアイリスが箒を取り出し、それに跨がる。ホルンはまだ乗らずに挨拶中だ。
「またなんかあったら連絡ください。いつでも駆けつけるッス」
「ありがとうホルンちゃん。アイリスもありがとね」
「いえ。ラピスさんは自分にとっても大切な人なので」
「……アイリスさん。その『ラピスさん』ってやめない?」
「無駄ですわ、姉さま。アイリスさまはあれで頑固ですの」
ラピスたちは別れの言葉をホルンたちにかける。ホルンとアイリスはそれぞれに律儀に返して、笑みを浮かべた。
いよいよホルンも箒に跨がる。そんなときだった。
「あ、ホルン待って」
「ん? なんスか?」
ラピスがホルンを呼び止めて、彼女を思い切り抱きしめた。
「ラピス!?」
「ラピスさん!?」
驚愕するリリィとアイリス。
それはそうだろう。自分の彼女が、別の女と親しげに抱き合っているのだから。
だがそんなことには頓着せず、ラピスはホルンをより強く抱きしめる。
「ありがとう、ホルン。まだちゃんとお礼ゆってなかったよね?」
「いやいや、礼には及ばないッスよ。これも恩返しの一環ッス。それに──」
「それに?」
「それに、こおしてご褒美もいただけたんで、ウチとしては充分ッス♡」
「うん。……でもありがとう♡」
そう言ってラピスはホルンに頬擦りをした。前と後ろの両方から、「「ああっ!」」という声が聞こえた気がした。
「じゃ、名残惜しいけど、またね」
「はい。またッス」
二人は離れて、ホルンはアイリスの後ろに──
「ホルン。今回は前に座ってくれ」
後ろには座らず、疑問を感じながらもアイリスに言われるがまま、彼女の前に座った。
アイリスはホルンを抱きしめて、ラピスたちに軽く一礼すると、箒を飛ばして空の彼方へと飛んでいった。
それを見るともなく眺めていると、急に後ろから抱きしめられる。
「ん。……どうしたの? リリィ」
「…………ただの焼きもちよ」
「あ、もしかしてホルンにしたあれ? ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「わかってるわ。……わかってるけど……もう少し、このままで」
「うん。……ごめんね」
迂闊な行動でリリィを不安にさせてしまったと謝るラピスと、理屈ではわかっているのに感情の部分で納得できないリリィ。
どちらの気持ちも理解できるセラは、なにも言わず、ただただ彼女たちを見守るのだった。
その頃、ホルンとアイリスは。
「ホルン。ラピスさんに抱きしめられてにやけてたな?」
「? はい。ラピスさまは可愛いし、素敵だし、可愛いし、いい匂いがするし、可愛いし、そりゃにやけるッスよ」
「可愛い多いな。…………自分が言えた義理ではないが、浮気じゃないよな?」
「あー、そお見えたッスか? すんません。謝るッス」
「あ、いや。……ホルンにとって、彼女がとても大切な人だというのは、以前に聞いて知っている」
「そおなんス。でも、恋愛感情はないッスよ。でも、世界で一番尊敬してる人ッス」
「…………意地悪な質問をしてもいいか?」
「イヤッス」
「え? いや、そこをなんとか」
「無理ッス」
「せめて話だけでも」
「見当つくッス。答えたくないし、比べたくないッス。だからその質問はしないでください」
「…………わかった」
「へへ。アイリスさん。好きッスよ♪」
「ああ。自分もホルンが好きだよ」
「愛してるッス♡」
「自分もだ。愛してる」
空の上では、そんな会話が交わされていたという。