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ラピスが熱を出した翌日。昼頃。
ホルンの甲斐甲斐しい看護によって、ラピスはある程度快復していた。
短時間、尚且つゆっくりであれば会話もできる。熱もそうだが、喉を少し痛めているのだ。
基本的に寝室にはホルンのみが控えている。言い方は悪いが、他の3人は役に立たないので、自分の部屋やリビングなどで待機していた。
時折目を覚ますラピスに水を飲ませたり、汗を拭いたりして、ホルンは看護を続けていく。
ラピスの役に立っている実感が、この苦労を苦労と感じさせなかった。
「……ホルン」
弱々しく名を呼ぶ声が聞こえた。
ホルンは読んでいた本に栞を挟んで、「なんスか?」と反応した。
「……ありがとね。……もしうつっちゃったら……こんどはわたしが……かんびょうするから」
「礼には及ばないッスよ。でもそおッスね。もしウチがダウンしたら、そんときはお願いするッス」
にっこり笑って答えるホルン。
ラピスに看病されるのも悪くないと考え、むしろ風邪が伝染るのを期待してしまうくらいだ。
「……ホルン……にやけてる」
「え? マジッスか?」
「……うん。……わたしに……かんびょう……されたいの?」
「あー、はい。ちょっといいな、って思うッス」
ホルンは照れ笑いしながら頬を掻いた。
そんな話をしていると、ドアが控えめにノックされた。
「姉さま。ホルンさん。今だいじょうぶですか?」
ラピスが寝ていた場合のことを考えた、ギリギリ聞こえるくらいの声。その気遣いを嬉しく思い、ホルンはセラに、「いいッスよ」と返事をした。
「失礼しますわ」
入ってきたセラの手には、不恰好に剥かれたリンゴの乗った皿。ラピスのために頑張ったことを窺わせ、自然とホルンの頬はゆるんだ。
「リンゴを剥いてきましたの。よければ食べませんか?」
「……セラがむいたリンゴなら……おなかいっぱいでもたべる」
風邪をひいてもシスコンは健在だった。
その言を聞き、不安そうにしていたセラに、ぱァっと笑顔が咲いた。
ベッドで寝るラピスに近づき、フォークで刺したリンゴをあーんと差し出す。
ラピスはもぐもぐと咀嚼して、「……おいしいよ」と呟いた。
「ああん、姉さま可愛いですわ!」
「セラフィさま。お静かに願うッス」
「あ、すみません」
ラピスの可愛さに大きな声を出したセラを、すかさずホルンが窘める。
反省したセラは声を出すことなく、ただニコニコとラピスにリンゴを食べさせていた。
妹が剥いたリンゴを食べられて満足。
自分が剥いたリンゴを食べてもらえて満足。
姉妹が仲睦まじくしていて満足。
部屋にいる3人は、形は違えど満足感を味わっていた。
だがセラは、1日近く姉とスキンシップがとれてないので、少々ラピス成分が不足している。なので──
「姉さま。汗をお拭きしましょうか?」
と提案した。看護の形をもってスキンシップを、という考えからだ。
だがそれをホルンが止める。
「おっと、セラフィさま。それはウチの仕事ッス。任せてほしいッス」
ピタッと、セラの動きが止まる。それを余所に、ホルンはてきぱきと濡れタオルの準備をしていた。
ホルンがラピスの服に手をかけた──そこでセラに手首を掴まれた。
「? なんスか? セラフィさま」
「……わたくしが、姉さまのお身体を拭いて差し上げたいんです。ホルンさんは遠慮してくださいません?」
セラのシスコンレベルをよく知るホルンは、瞬時に彼女の心情を察した。すなわち、こいつ、ラピスの裸を見たいだけだ、と。
そんな邪な心じゃ看病は勤まらない。
一口に身体を拭くと言っても、それは決して楽な作業ではない。
腋の下や首筋は重点的に拭かなくてはいけないし、腋を拭いている間は腕を支えてあげなくてはならない。力加減やタオルの絞り具合も気をつけなくてはいけないし、それを可及的速やかに終わらせなくてはならないのだ。
遊び半分ではできないとホルンは判断して、セラに苦言を呈す。
「セラフィさま。ラピスさまの裸を見たいからって、そおゆうのは感心しないッス。身体を拭くのは、結構大変な作業なんスよ?」
「裸を見たいのも否定しませんし、大変なのもその通りでしょう。でも大変だからこそ、今回は替わってあげますわ」
「いえいえ。これはウチの役割──てゆうかやりたいことなんで」
「でしたらわたくしだって、やりたいですわ。……とゆうかホルンさん。姉さまの身体を拭くの、役得とか思ってません?」
「………。……んなことない……ッスよ?」
「間がありましたわ! 疑問形でしたわ!」
食い下がるセラに、ついにホルンが開き直った。
「あーもう! そおッスよ! 役得だって思ってるッス! 悪いッスか!?」
「開き直りましたわね!? ずるいですわ! わたくしも姉さまの看護したいですわ!」
「わがままゆうなッス! セラフィさまは毎日ラピスさまに会えるじゃないッスか! ウチはたまにしか会えないんスよ!」
病人の前というのも忘れて、侃々諤々と言い争うセラとホルン。
親友だからこそ、譲れないものもあるのだろう。
その様子をラピスは、仲いいなァ、と見守っていた。セラの剥いたリンゴを食べて快復した──ような気がしているのだ。
「……埒が明きませんわね。わたくしは前、ホルンさんは後ろでいかがです?」
「む、しょうがないッスね。前と後ろに分けるところに、めっちゃ不公平を感じるッスけど……それで手を打つッス」
ホルンは渋々頷く。予備のタオルも濡らしてよく絞り、セラに渡した。
「さァ、姉さま。服を脱がせますわよ♪」
「……うん……おねがい」
熱で上気するラピスは、ちょっと危ないくらいに色っぽい。セラは鼻の奥にツンとしたものを感じた。
上を脱がせて、丁寧に汗を拭いていく。こんな形とはいえ、姉とスキンシップをとれてセラは満足だった。もちろん、姉を拭くことに手は抜かない。
上半身を拭き終えて、セラはふゥと息を吐く。
ラピス成分を補充できて、心なしか肌がツヤツヤしていた。
「じゃあ次は下ッスね」
「え゛?」
ホルンの一言に、セラは耳を疑った。
ラピスを見ると、力なくぱんつを脱ごうとしている。ホルンはそれを手伝っていた。
「あ、あの! ホルンさん!」
「なんスか?」
「下も拭いていいんですの?」
「そりゃそうッスよ。そこが一番汗かくんス」
言いながらホルンはラピスの脚を拭いている。
ラピスに目を向けると、「……おねがい」と脚を開いた。
セラは気持ちを落ち着かせてタオルを絞る。そして、ラピスの鼠径部にタオルを当てた。
「……ん♡」
「~~っ!」
悩ましい声を出すラピスに、興奮を必死で抑えるセラ。彼女は心中で、これは医療行為これは医療行為と繰り返した。
だが手の先から伝わる感触が、彼女の心を掻き乱す。ラピスのそこはふわふわしていて柔らかく、リリィの魔法の影響で1本の毛も生えていなかった。
ラピスの裸を見る機会は毎日のようにある。風呂もそうだし、着替えだってそうだ。
セラが本気で頼めば、ヌードモデルになってくれたりもするだろう。
だが、触れる機会となると驚く程少ない。スキンシップは大抵服の上からだし、風呂場ではそこまでベタベタしない。いわんや、今拭いている部分などは絶対に触らない。
故にセラの心臓は、今まで経験したことのないような速度で脈打っていた。
顔も、過去最高に赤い。
拭き終えたとき、セラは頭から湯気が出そうになっていた。
「……ありがとう」
「……………………いえ」
ラピスの礼にも、短く返すのがやっとだ。しかも返事が遅い。
ホルンはラピスにぱんつを穿かせながら、セラに訊く。
「セラフィさま? 顔真っ赤ッスけど、だいじょうぶッスか」
「…………へやに…………もどらせてもらいますわ」
「あ、はい。お疲れッス」
「……ありがとね、セラ」
セラはふらふらとした足取りで部屋を出ていく。
それをラピスとホルンは、首をかしげて不思議そうに見送るのだった。
その日の夜、セラの部屋の前で耳を澄ますと、彼女の悩ましい声が聞こえただろうが、幸いにしてその声を聞いた者はいなかった。




