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5分程歩いて街に到着した。あまり近くに降りると騒ぎになってしまうので、どうしてもこのくらいは歩くようだ。
欠伸を噛み殺している35歳くらいの門番に、リリィは気さくに声をかける。
「や、ロッゾくん。お疲れさま。また来たわよ」
「おう、リリィさんか。何度もゆうがくん付けはやめてくれよ」
「ふふ、あたしより年下は皆くん付けちゃん付けよ」
「……これも何度もゆうが、あんたいくつなんだ?」
「女性に歳を訊ねるもんじゃないわ」
「はァ、まァいい。ところで今日は見ねェ顔が一緒のようだが?」
言いながらラピスに目を向けるロッゾ。
が、ラピスはリリィの影に隠れてしまった。
「おいおい」
「……はう、すみません。そ、その、ラピス、です」
つっかえながらもラピスは名乗った。依然、リリィの後ろからは出ていないが。
「10日くらい以前に知り合ったんだけど、身寄りがないらしくてね。あたしが保証人になるから街に入れてくれないかしら?」
「おう、あんたなら問題ねェよ。通ってくれ」
「ありがと。お仕事頑張ってね」
ロッゾに別れを告げ、門を通る。食材を売っている通りに向かって歩く道すがら、リリィはラピスに問いかけた。
「ラピスちゃん、人見知りするの?」
「はう。ち、違くて、その……」
言葉を切り、少ししてから──
「……男の人が怖くて」
「……ラピスちゃん、怖いものが多くて大変ね。この分だと雷とかゴーストとかもダメなんじゃない?」
「わからないけど。あ、でもリリィさんにくっついてれば平気だと思うよ」
「ふふ、じゃあもしそおなったら、ぎゅってしてあげるわね♪」
談笑しながら歩いていると、いつの間にか目当ての通りに着いていた。
聞こえてくる客を呼び込む声、伝わってくる熱気、非常に活気に溢れていた。
見渡す限り肉屋、魚屋、八百屋、果物屋、パン屋、総菜屋、調味料屋、食器屋、調理器具屋。変わり種だとお米屋など、食に関するありとあらゆるものがこの通りに集まっていた。
「ふわァ♪」
目をキラキラさせて辺りを見回すラピス。今にも走り出しそうだった。
リリィは彼女を微笑ましく見守る。
「さァラピスちゃん、何から買う? 料理のことはわからないから任せるわ」
「うん、まずは野菜から。あ、でも食器とか調理器具も買わなきゃいけないから大荷物になっちゃうかも」
シュンとするラピスに、リリィは不敵に笑う。
「ふふん、だいじょうぶよ。あたし、マジックバッグ持ってるから」
「まじっくばっぐ?」
「ええ。容れ口に入りさえすれば、家一件分くらいの質量を容れられて、更には重さも変わらない便利アイテムよ」
「へぇ、凄いね。それもリリィさんが作ったの?」
「まァね。バレると面倒だから対外的には普通のバッグで通してるけど」
「そうなんだ。じゃあ荷物の心配はしなくていいね」
「ついでにお金の心配もいらないわよ。欲しいものを片っ端から買いなさい。そしてあたしに美味しいものを食べさせて」
「そんな冗談っぽく言わなくても、もうリリィさんに遠慮したりしないよ。ありがとね」
ラピスはリリィに感謝の意を示すと、買い物を開始した。野菜に始まり肉や魚、果物などを買い漁り、食器や調理器具も調達した。
そして調味料屋に入ったところで、ラピスがあるものを見つけた。
「! 醤油と味噌がある! やった! これでレパートリーが超増える!」
「ショーユ? ミソ?」
「知らないの? リリィさん。東の島国では最もポピュラーな調味料なんだよ?」
「へぇ……。ニーナちゃん、知ってた?」
リリィは調味料屋の女主人に訊いてみた。ちなみに年の頃は60を超えていそうだ。
「年寄りをちゃん付けで呼ぶんじゃないよ、小娘。まァ確かに、そっちの娘っ子が言うように、東の島国じゃあありふれた調味料さね。この辺じゃあ頭に馬鹿がつくくらいマイナーだがね」
「ふうん。じゃああまり美味しくないの?」
「馬鹿言っちゃいけないよ。この二つは万能の調味料さね。肉、魚、野菜、どれに使っても旨い。特に炊いた米にそれらを塗って焼いたものを食っちまった日にゃあ、パン食には二度と戻れなくなるさね」
ここで他の調味料を吟味していたラピスが戻ってきて、会話に加わった。
「焼おにぎりですね! 味噌でも醤油でも美味しいですよね」
「おや? 知ってんのかい、お嬢ちゃん。お目が高いねェ」
「えへへ。他にも豚汁とか煮付けとかも知ってますし、卵焼きは醤油一択ですね」
「ほおほお。こりゃ本当に醤油と味噌が好きなんだねェ。気に入った、サービスしてやるよ!」
「わァ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「米はもう買ったかい? 買ってないならここで醤油と味噌を買ったって言やァ安くしてもらえるよ」
「なにからなにまでありがとうございます!」
ラピスの思わぬコミュ力で、調味料と米が安く手に入った。
彼女はホクホクとご満悦だったが、リリィは少し不機嫌そうだった。買った品をマジックバッグに容れると、そそくさと店を出てしまう。ラピスはニーナに一礼して、慌ててリリィを追いかけた。
無言のままお米屋に向かう二人。恐る恐る、ラピスは隣のリリィに話しかけた。
「あの……リリィさん。ごめん。わたし、なんか余計なことしちゃった?」
「……んーん。別に、ラピスちゃんが悪いわけじゃなくて……。あたしこそごめん。感じ悪かったわね」
「えと、それは平気なんだけど。……なんで怒ってたの?」
そう問うと、彼女は珍しく困ったような表情を浮かべた。
「怒ってたってゆうか、その……。……なんか、ラピスちゃんが楽しそうなのが嫌だったの」
「え!?」
「あ! 違う違う! 間違えた! えーと、あたしと話すときより楽しそうにしてるのが……なんかやだった」
「………」
「……ごめんなさい。意味がわからないことゆったわね。さ、お米を買って早く帰りましょ。美味しいごはんを作ってくれるんでしょ?」
そう言ってリリィは少し足早になった。
ラピスはその少し後ろをついていく。
嫉妬してくれたリリィを嬉しいと思ってしまい、ニヤニヤとゆるむ顔を見られないように。