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当然皆に見られていた。
ラピスもリリィも状況に気づくと、火が出そうな程に顔を熱くした。
「若いっていいわねっ」などとレイシアからからかわれ、「えぐっ……ひぐっ……。──…姉さまっ……リリィ義姉さまっ」などと感極まって泣いているセラを宥め、そりゃあもう途轍もないカオスを乗り越えた。
こんなくだらないことで一層絆が深まるとは、本人たちも想像だにしなかっただろう。
たっぷり30分かけてなんとか場を収拾し、ようやっと本題に入る。
すなわち、ドレスの最終チェックだ。
デザインは文句なしだったので、サイズの微調整のみとなる。二人とも細身なのでコルセットの必要がなく、微調整も最低限で済んだ。
微調整はすぐ終わり、再度合わせるとなんの問題もなかった。ドレスは式当日まで保管してくれると言うので、任せることにする。
式の細かい打ち合わせも済ませて、日取りは9の月の30日に決定。
だがそこで、少し──いや、大きな問題が発生する。
発端はレイシアのこの台詞だ。
「そおいえばラピスちゃん、あなたファミリーネームはっ?」
ラピス、リリィ、セラ。3人ともが、あ、と言って固まった。
この店の予約をするときも、リリィのファミリーネーム──オブシディアンを使ったし、なんの因果かここまでそれを伝えることなく話が進んでしまった。
ファミリーネームを伝えないと結婚式を挙げられない。しかし彼女のファミリーネームはアレキサンドライト。伝えれば一発で王族だとバレてしまう。
さてどうしたものかと、彼女たちは考える。結果、いい案が浮かばず、正直に話すことにした。
「えっと……レイシアさん。驚かないで聞いてほしいんですけど……」
「なになに? そんな珍しいファミリーネームなのっ?」
「その……『アレキサンドライト』です」
「……………………はい?」
レイシアのハイテンションが、嘘のように冷え込んだ。
「……だから『アレキサンドライト』です。わたし、ラピスラズリ・D・アレキサンドライトです」
「………。………。…………王女さま?」
「……………………元、ですけど」
「「「「「えええええええええええ!!??」」」」」
レイシアのみならず、スタッフ全員が絶叫した。
幸い、こうなると予測していたセラが、リリィに防音の魔法を頼んでいたので、その声は外に洩れることはなかった。
「ししし失礼しました姫さま! ししし知らぬこととはいえとんだご無礼を!」
「やめてくださいやめてください! そおゆうのが嫌で王女辞めたんですから!」
すったもんだの末、どうにかスタッフたちを落ち着かせる。そして、冷静になった彼女たちに、王女を辞めることになった経緯を、適当にはしょって伝えた。
すると──
「うっ……あ……ぐす……ああァ……」
レイシアは泣き出した。見ればスタッフ全員が泣いている。
ラピスたちはおろおろとして、彼女たちが泣き止むのを待つしかなかった。
およそ5分後。
「…………見苦しいところを見せたわねっ」
「あ、いえ」
泣き止んだレイシアは、決意の炎を瞳に宿していた。
「私がこの世で一番嫌いなのは、政略結婚なの! だからラピスちゃん! よく逃げたわね! 偉いわ!」
「あ、ありがとうございます?」
「安心して! 絶対に最高の──いえ、伝説の結婚式にしてみせるわっ!」
「お、お願いします……」
意気込むレイシアに飲み込まれ、ラピスは当たり障りのない返事しかできなかった。
それでもなんとか頭を下げ、リリィとセラも、彼女に倣って頭を下げた。
「…………はァ……。……綺麗でしたわ。姉さまも、リリィ義姉さまも」
「えへへ。ありがとね♪」
「ふふ。ありがとう♪」
ブライダルショップを後にして、気分を変えようと入ったカフェにて。
二人の姉のウェディングドレス姿を思い出して、セラは恍惚のため息を洩らす。
ちなみに個室である。ダメ元で訊いてみたら、個室があると言われて案内されたのだ。
ここでなら、人目を憚らずイチャイチャできる。……まァ、人目があってもイチャイチャするのだが。
ウェディングドレス姿を思い出した彼女たちのテンションは高い。
数えきれない程のキスを交わして、注文したケーキを食べさせ合ったりしている。
「リリィの唇あまーい♡」などと、やりたい放題だった。
セラもそれにまじり、ラピスにキスをしてもらったり、リリィに膝枕をしてもらったりと、幸せなひとときを過ごした。
「セラを膝枕するのは初めてね。気持ちいい?」
「はい♪ 姉さまとは違う感じで素敵ですわ」
珍しくセラがリリィに甘えている。
ラピスとリリィの結婚が視野に入ってきて、なにか心境の変化でもあったのだろうか?
変化があったとしても、今の彼女たちを見る限り、それは悪い変化ではないのだろう。そう思わせるようなとびっきりの笑顔を浮かべていた。
カフェを出ると彼女たちは、すぐに帰路に就いた。カフェで散々イチャイチャしたはずだが、それはそれ。どうしても出先ではできないことがある。
家に帰って続きをしましょうと、唇を舐めて艶っぽくリリィが言ったのだ。
「え……えっちなのはダメだからね?」
「善処するわ」
「善処じゃなくて約束して!」
そんな一幕もあったが、リリィも本気ではない。“そういうこと”に至るときは、お互いの身体が勝手に動くものだと、彼女はピュアにも信じているのだ。
2時間の空の移動を終えて、家に帰り着いた彼女たち。
靴を脱いで中に入る。昨日、リリィとセラが水着で過ごしている間に、ラピスが気合いを入れて掃除して、めでたく土禁の家に生まれ変わったのだ。
床に敷いたカーペットにラピスは寝転がる。すぐ隣にリリィ、逆隣にセラが寝転がった。
まだ手は触れていない。でも少し動かせば触れ合える。そんな微妙な位置。
リリィは言う。
「ねェラピス。えっちなことはしないから、本気でスキンシップしていい?」
「本気で? ……え、どのくらい?」
「多分、途中でラピス気絶するわ」
「………。……いいよ」
「いいの!?」
「……うん。今日は特別」
「……ふふ。ありがとう♡」
リリィはラピスに覆い被さる。ラピスは抵抗しない。どころか、それを受け入れ、恋人の背中に手を回した。
そこまでをセラは笑顔で見守り、音もなく立ち上がる。これ以上は無粋だと思ったのだ。
しかし──
「セラ。どこ行くの?」
「……セラもおいで」
彼女を呼ぶ二人の声。
そう言ってくれるのならセラにも否やはない。リリィが作ってくれたスペース──ラピスの背中に、セラは全力で抱きつくのだった。
「に゛ゅ!」
「え? ラピス今なんてゆったの? 発音難しすぎじゃない?」
「セ、セラがいきなり抱きつくから」
「すみません姉さま。痛かったですか?」
「んーん。だいじょうぶ」
カーペットの上で、ラピスを二人で挟み込む構図。
脚は絡み合い、首すらも動かせない。自由に動くのは、空いている片腕だけだ。
にもかかわらず、ラピスの表情は、この世の全ての極楽を味わったかのようにゆるんでいる。
「姉さま。気持ちいいですか?」
「…………しあわせ♡」
「ふふ。よかったわ」
ラピスが幸せならそれだけで自分も幸せ、などとまでは言うつもりはないが、好きな人が喜んでくれれば嬉しいもの。
その気持ちを伝えるために、リリィはラピスにキスを、セラは肩を甘噛みする。
「っ!」
と、ラピスの全身がこわばって──
「──…うにゥ♡」
と、全身が蕩けたように柔らかくなった。
「可愛いわ……ラピス♡」
「可愛いですわ……姉さま♡」
大きな多幸感に包まれて、気を失いそうになる。
だがこれだけは伝えなければと思って、ラピスは気力を振り絞った。
「……リリィ……セラ……。……あいしてるよ……」
ラピスにかかる圧が増す。苦しい、の1歩手前くらい。でも決して嫌じゃない。
「愛してるわ、ラピス……」
「愛してますわ、姉さま……」
その言葉を最後に、ラピスは気を失った。
幸せそうな寝顔だった。




