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8の月の17日。
ラピスはいつもより2時間早く目が覚めた。昨日早く寝たのが原因だろう。
二度寝する気にもなれず、もぞもぞと起き出す。
顔を洗って僅かに残った眠気を払いベッドまで戻ると、枕元に置いてある門手鏡の近くに、なにかが落ちているのを見つけた。
ホルンからの手紙だ。
嬉しくなったラピスはそれを持って使っていないベッドに座り、封筒を開封して中身を読み始めた。
『拝啓
ラピスさま セラフィさま リリィさま
お元気ッスか? ウチは元気ッス。
魔法があっても風邪をひくときはひくらしいんで、体調には気をつけてください。
本日お手紙を出したのは他でもない、アイリスさんのことなんス。
ラピスさまたちが来てから目が醒めたとか言って、とっても気を遣ってくれるようになったんス。まァ、たまにそれが空回りしてたりして、そこが可愛かったりするんスけどね。
話が逸れたッス。
実は彼女、セラフィさまの言いつけを守って、まだお米を食べてないんス。
ウチの前では平気そうに振る舞ってたんスけど、今日ついに決壊したんスよ……。
──…お米が食べたいよォ……。
そう言って、ウチに泣きついて来たんス。マジで泣いてたッス。
…………アイリスさん大好きなウチも、さすがに引いたッス。
どおでしょう?
彼女も反省してるみたいッスし、お米禁止令を解いてくれませんか?
お返事待ってるッス。
ホルンより』
ラピスは手紙を2度読んで、微笑んだ。
彼女たちも上手くやっているようだ、と。
お米禁止令も解いてもいいだろう。
というか、解かないと日に日にやつれていくアイリスを心配して、ホルンが体調を崩してしまうかもしれない。
心配するのはホルンのこと。そこはやっぱりラピスであった。
30分程してリリィとセラも起きてきた。いつものようにおはようのキスをする。
二人が顔を洗って戻ってくるのを待って、手紙を読んでもらった。お米禁止令を解いてもいいかもしれないという自分の意見を伝えると、セラは「ホルンさんのためですからね」と念押しして許可してくれた。
ラピスは手紙を書く。
内容はもちろんお米禁止令の解除。そして自分たちは元気で仲よくしていると。それと近々、どっかのタイミングで会おうとも書いた。
恋愛感情というわけではないが、ラピスにとってホルンは大切な存在なので、定期的に顔を見たいのである。
そこまでしたためて、封筒に便箋を入れる。門手鏡に封筒を押し込んだ。
朝食までまだ時間があるので、リリィの髪をいじったり、セラにマッサージを施したりして過ごす。
時間が来たので食堂に向かう。
今日もご飯かい? と訊かれたので、2つは納豆抜きで、と答えた。
食事を終えて部屋に戻り、荷物をまとめる。といっても、大した量があるわけではないが。
マジックバッグを持って部屋を出る。
部屋の鍵を女将に渡す際に、また来なよ、と言われた。
彼女たちは揃って、はい! と答えた。
街を出て、絨毯に乗る。
それから10分足らず。昨日の島に着いた。
「どしたの? リリィ。なんか忘れ物?」
「ふふ。ラピス、セラ。いつからこのまま帰ると錯覚していたの?」
ラピスとセラは、死神が言いそうな台詞だな、と思った。なぜそう思ったかは謎に包まれている。
「今日はもう一つの水着を着るわよ。どうせなら満喫しなきゃ♪」
姉妹はそういうことならばと頷く。
昨日と同様、3手に別れて水着に着替える。
昨日は興奮しすぎてしまったので、ある程度の心の準備をしてから再集合した。
リリィはラピスが選んだ、黒いシースルーのツーピース。ラピスの見立て通り、完全無欠に似合っている。
ラピスたち以外には見せられないくらいの魅力が溢れていた。
ラピスはリリィが選んだ真っ白なビキニ。リリィの黒と対になっているかのようで、少し露出度は高めだが、ラピスだからこそよく似合っていた。
セラはオフショルダー。
他の水着とは若干毛色が違うそれを、彼女は見事に着こなしている。むき出しの肩がセクシーだった。
昨日よりはかなりセーブして互いを褒め合う。ラピスとリリィは、自分の見立ては間違っていなかったと自画自賛していた。
「ああ! 可愛いわ、二人とも! なんなら普段着を水着にしてくれれば、あたしが喜ぶわよ」
「それはさすがにないよ。わたしも嬉しいけど、こおゆうのはたまに見るからありがたみが増すんだよ」
「それに姉さまの場合、水着の上にエプロンですわよ。わたくし、我慢できる自信がありませんわ」
あ、あたしもだわ、と言って、リリィはシートを敷く。ラピスとセラはそれを訝しげに眺める。
リリィはそこに寝そべり、肩紐を外した。
「さ、ラピス。日焼け止め塗って♪」
「!?」
悪戯っぽく笑うリリィに、固まるラピス。セラはこの先訪れる展開を想像して、楽しそうに笑う。
「き、昨日は塗らなかったじゃん!」
「まァね。それに、肉体の最適化魔法かけてるから、日焼けとは無縁だし」
「なら塗らなくていいじゃん!」
「ええ。でもラピスに塗ってほしいの。……ダメ?」
そこまで言われたら断れない。ラピスは真っ赤になりながら、自分の掌に日焼け止めを垂らし、体温で温める。
そして意を決して、リリィの綺麗な背中に塗りたくった。
「ぁふん。……気持ちいいわ」
「へ、変な声出さないで! ……うう、恥ずかしいよォ……」
気持ちよさそうなリリィと恥ずかしそうなラピス。眼福とばかりにセラはまじまじと見つめる。
なんとかミッションをコンプリートし、ため息を洩らすラピス。
だが安心するのはまだ早かった。
「じゃあ次はラピスの番ね♪」
「え゛?」
抵抗虚しくラピスは水着を剥がれ、全身に日焼け止めを塗りたくられた。なお、途中でセラが「わたくしも塗りますわ!」と参加したことは、語るまでもないだろう。
「…………恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい」
「あ、いや、ごめんラピス。まさかそんなに恥ずかしがるとは思わなくて」
顔を真っ赤にして膝を抱えて座るラピスを、リリィは必死に励ましていた。
セラはそばでオロオロしている。なんの役にも立たなさそうだ。
「てゆうかなんでそんなに恥ずかしがるの? 普段はもっと凄いことしてるじゃない」
「…………そんなにゆうなら、今から肉体的接触なしで、リリィを赤面させてみるよ」
もし耐えられたら、今日帰ってから寝るまでの間水着で過ごしてあげる、と強気なラピス。
リリィは飴に釣られてホイホイと頷いた。
ラピスはここで待ってて、と言い残し、海に入る。そしてなにか仕掛けをしてから、リリィに向かって「行くよー」と声をかけた。
「リリィー!」
楽しそうに手を振るラピス。リリィはそれに笑顔で答えた。
ラピスは駆け足でリリィに向かっていく。
だがそこで、ラピスの仕掛けが発動した。僅かにゆるんだ肩紐が片方外れてしまったのだ。
咄嗟に胸元を押さえるラピス。幸いにして、大事なところは見えなかった。
とても演技とは思えない上目遣いでリリィを見てラピスは一言、「……見た?」と訊ねた。
リリィ──ついでにセラの顔面が真っ赤になる。そしてとどめの一言。
「もう! ……リリィのえっち」
リリィとセラは撃沈した。
「ほら! ほら!! ダメじゃん! いい? 恥ずかしいものは恥ずかしいの。そこに明確な基準なんてないんだよ。わかった?」
「わ、わかったわ。…………ごめんね」
「わたくしもごめんなさいですわ。…………あと、ありがとうですわ」
演技をやめたラピスに、リリィとセラは謝る。なぜかセラは鼻を押さえてお礼を言っていたが、ここはスルーしておこう。