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翌朝。8の月の16日。
ラピスとリリィとセラは殆ど同時に目が覚めた。
ラピスはいつもの習慣。リリィとセラは、旅行先では早く目が覚める法則のあれである。
おはようのキスをして、身だしなみを整えてから階下に降りる。
女将から朝食にするかい? と訊かれたので、代表してリリィが頷いた。
更に女将が、パンとご飯ならどっちがいい? と訊いてきたので、彼女たちは間髪入れずに「ご飯!」と答えた。
女将はわかってるねェ、と豪快に笑った。
朝食のメニューはご飯、味噌汁、焼き海苔、焼き魚(種類はわからない)、そして納豆だった。
完全に東の島国風の朝食に、彼女たちのテンションがあがる。しかしラピスとリリィはただ一点、納豆を、この野郎と睨みつけていた。
見かねたセラが二人の納豆を回収する。ラピスとリリィはありがとうと礼を言って、食事が始まった。
味噌汁はわたしが作ったほうが美味しいな、と思いながらももくもくと食べ続けるラピス。
思っても口に出すような愚は犯さないのだ。
食事が終わって部屋に戻る。
今日は楽しみにしていた海水浴だ。ウキウキしながらマジックバッグを持って、再び部屋を出た。
女将に出かけてくる旨を伝えて鍵を預ける。行ってらっしゃいと見送ってくれた。
宿を出て歩く。──海とは反対方向に。
「? リリィ。海はあっちだよ?」
「どこ行くんですの?」
姉妹の問いに、リリィは答えた。
「昨日釣りをしてたときに、ちょっと遠くに島が見えたでしょ? どうせならそこで泳ぎましょ」
ここの浜辺は他の人もいるし、と続けるリリィ。
プライベートビーチで遊べるならば言うことはない。姉妹は1も2もなく賛成した。
街の外に出て絨毯に乗る。
大した距離ではないので、10分とかからずに離島に到着した。
島の直径は500メートルもないくらい。中央は小高い山になっているが、これといって特筆することのないありふれた無人島だった。
「おおォ! 誰もいない! 貸し切りだ!」
「姉さま。それは昨日のお風呂でゆうべき台詞ですわ」
浜辺を駆け回ってはしゃぐラピス。セラが軽くツッコみを入れる。
「ふふ。はしゃぐのもわかるけど、先に水着に着替えましょ。ずっと楽しみだったんだから」
リリィが音頭を取り、3人は水着に着替えることにした。
一緒に風呂に入るような仲なのでその場で──というわけにはさすがにいかず、それぞれ別れて着替える運びになった。
水着を着て再集合。
リリィは自分で選んだ真っ黒なビキニ。シンプル故に着る者を選ぶその水着を、リリィは見事に着こなしていた。
ラピスはセラに選んでもらったビスチェ。色気と可愛さが、矛盾することなく同居している。
セラはラピスと共に選んだフリルビキニ。前面に可愛さを出すそれは、まるで彼女のために作られたかのようによく似合っていた。
三者三様の美女美少女。
もしこの場が公共のビーチだったら、有象無象の男たちが彼女たちに声をかけ、悉くが玉砕していたことだろう。
そんな彼女たち。
恋人の、妹の、姉の水着姿を見て──
「「「…………きれい」」」
と呟いた。
軽く放心状態である。
1番早く我に返ったのはリリィだった。
長く生きているだけのことはある。
「なに!? なになに!? ラピスもセラも! 可愛すぎでしょ! もう無理! 抱きしめるわね!」
…………長く生きているだけのことはあると言った、あれは撤回する。
リリィは欲望の赴くままにラピスを右手で、セラを左手で抱き寄せる。そして思う存分全身を愛でた。
そこでようやくラピスとセラも我に返る。
姉妹もきゃあきゃあ言いながら、リリィのそれを受け入れた。
「ああもう! ああもうだよ! リリィは綺麗だしセラは可愛いし! なんなの!? 可愛さでわたしを殺す気なの!?」
「姉さま可愛すぎですわァ! リリィ義姉さまも綺麗すぎです! なんですか! 天国ですか! ここは!」
めちゃくちゃ興奮していた。
そりゃあもうすげー興奮していた。
3人が落ち着くまでしばらくお待ちください。
10分後。
はァはァと息を切らしてへたりこむ美人の姿が、3つ程観測された。
「泳ぎ──ゲホ、泳ぎ……ますか?」
「はァはァ。も、もう少し──ケホ、してから……」
「……ええ。ケホケホ──このままじゃ……おぼれるわ」
息を整えて更にしばらくして、ようやく彼女たちは復活した。
ふゥーと長い息を吐く。
「……やっと落ち着いたわ」
「はめ外しすぎたね」
「テンション上がりすぎましたわ」
改めて互いの水着を褒め合い、嬉しそうに微笑む。
そしてやっと海水浴が始まった。
きゃっきゃと水をかけ合ったり、砂で城を作ったり、普段だったらなにが楽しいのかわからない遊びを繰り返す。
だがそれがいいのだ。
なにが楽しいのかわからない遊びを、不思議と楽しい遊びに変えてしまう魔力が海にはある。そういうものなのだ。
遊び疲れて休憩中。
「にしても、島があってよかったね。他に人がいたらと思うとゾッとするよ」
「本当ね。人がいたら、あたしたちをイヤらしい目で見る男もいたでしょうし」
「そうなったら、一人一人に確実にトラウマを刻まなきゃいけないところでしたわね」
なかなかハードな話をしている。
他の男性──場合によっては女性にとっても、彼女たちが島を見つけたことは幸運だったのだろう。
そして直にお昼時になり、リリィの瞳がキラリと光った。……気がした。
「ラピス。セラ」
名前を呼ばれて首をかしげる二人。
リリィは徐にマジックバッグを引き寄せると、中から3本ずつ、釣竿と銛を取り出した。
……なぜそんなものが入っているのか、ツッコんではいけない。
「お昼ご飯を捕るわよ。そして勝負よ!」
息を巻くリリィを見て──ああ、昨日の釣りの結果がよっぽど悔しかったんだな、とラピスとセラは思った。
が、気づかない振りをして──
「よォし! 負けないよ!」
「受けて立ちますわ!」
と応じるのであった。
結論から言えば、決着はつかなかった。ルールを決めていなかったのである。
量でいえばラピスが、質でいえばリリィが、大きさでいえばセラが他を圧倒する結果になったのだ。
ラピスはまさに昨日の再現。糸を垂らせば魚がかかる。まさに入れ食い状態。
糸を垂らしている時間より、餌をつけたりといった、準備にかかる時間のほうが長いくらいだった。
そしてリリィは、昨日の1件で自分に釣りの才能がないことに気づいたのだろう。銛を持って勇ましく海に突貫して、伊勢海老やアワビといった高級食材を乱獲していた。
その姿はまるで人魚のようだったという。
最後にセラ。彼女は量こそ捕っていないが、1匹1匹が大きい。1メートルを越える大物を、3匹も釣り上げていた。
重さで勝負をしていたら、彼女が1番だったであろう。
勝敗は有耶無耶になったが、自分で獲物を捕れたリリィは満足だった。
ラピスが手慣れた感じで即席の竈を作って、串に刺した魚たちを焼いていく。……なぜ手慣れている……。
いい具合に焼き上がったそれらは、自分たちで捕ったからか、大自然の中で食べるからか、最高に美味しかった。
食後はそうしなければいけない決まりなのか、3人はくっついてスキンシップを取りだす。
いつもの調子でひっついたら、水着なので肌がダイレクトに当たり、全員の顔が真っ赤になっていたことを追記しておこう。
──楽しい時間はすぐ過ぎるもので、あっという間に日が暮れた。
宿に戻って鍵を受け取る。そのついでに、女将に今日捕った獲物の余りを渡した。呆れたように笑っていたが、きっと喜んでくれたのだろう。
部屋に行くなり風呂に入る。今日はさすがに3人一緒ではなかった。
豪華な夕飯に舌鼓を打ち、部屋に戻る。
余程遊び疲れていたのか、彼女たちはそのまま眠ってしまった。
ただその寝顔は、満ち足りたように安らかだった。




