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「さて、リリィ義姉さま。どこで時間を潰しましょうか? 1時間は意外と長いですわよ」
「んー。本当はなんとかして部屋を覗きたいところだけど……」
「ダメですわ! わたくしだって我慢してますのに」
「我慢て。……まァそおよね。じゃあ海岸に行きましょう。確かベンチがあったし、話があるのは本当だし」
「そおなんですの? でしたらわたくしからも1つ、お話がありますわ」
「奇遇ね。──まァ、ラピスのことでしょうけど」
「その通りですわ」
「やっぱりね。とにかく移動しましょ」
「はい」
「──さて、と。あたしから話していい?」
「いいですわよ」
「じゃあえっと…………なんて言えばいいのかな」
「?」
「……単刀直入にゆうと……あたしね、セラちゃんにもラピスと結婚してほしい」
「! いいいいいいいいいんですの!?」
「動揺しすぎ。でも、うん。そのほうが嬉しいわ」
「……はう。……わたくしはむしろ望むところですけど、リリィ義姉さまにメリットはありますの?」
「んー。得とか損とかじゃなくて……。──最初から順序立てて話すわね」
「はい」
「まず……。……あたしはセラちゃんに初めて会った当初、あなたを警戒していたわ。ラピスを取られるんじゃないか、って」
「……はい」
「実際、ラピスと結婚したいと、面と向かって言われたこともあったわね」
「そうですわね。偽りない本心ですわ」
「ええ。でも当時のあたしは、それを突っぱねた」
「当然ですわ。大切な彼女なんですもの」
「でもその後セラちゃんとも一緒に住むようになって、あたしは認識を改めたの。ああ、この娘は本当にラピスを愛してるんだなァ、って」
「………」
「それからは早かったわね。セラちゃんがいくらラピスと仲よくしようと、一切嫉妬しなくなったの。むしろもっと仲よくしてほしいと応援してたくらいだわ」
「は、恥ずかしいですわね」
「で、気づいたのよ。セラちゃんがいるとラピスが楽しそう。いえ、もっと可愛くなる、って」
「はい。それは否定しませんわ」
「でも今度は、別の葛藤が生まれたのよ」
「別の?」
「そう。……あたしは、ちゃんと本気でラピスを好きなのかな、って葛藤が」
「!」
「言い方は悪いけど、セラちゃんが来てからあたしとラピスの時間は減ったわ。でもあたしは、なにも不満を感じなかった」
「………」
「あたしは思ったのよ。ラピスに対する恋心──言い換えれば独占欲があまりないのかなって」
「それは違いますわ! リリィ義姉さまはちゃんと、姉さまを愛してくれてます!」
「ありがとう。今はあたしも確信を持って言えるわ。あたしはラピスを愛してる」
「はい♪」
「でも当時のあたしには確信がなかった。それで考えた。考え続けた」
「………」
「そしてわかったの。あたしは、セラちゃんのことも好きなんだ、って」
「え?」
「あ、もちろんラピスに対する好きとは別よ? ただなんてゆうか、うーん……。……あ、丁度いい表現があったわ」
「? なんですの?」
「一言でゆえば、あたしもシスコンに目覚めた、ってこと♡」
「──ふふふ。わかりやすいですわね」
「でしょ? 義妹に嫉妬なんて、馬鹿馬鹿しいものね」
「ではわたくしも姉さまと──あれ? もしかして、今までとすることは変わらないのでは?」
「……そおね。まァ、これからは一層遠慮しなくていいわって伝えたかっただけ。なんならプロポーズしてもいいわよ♪」
「似たようなことなら以前のデートのときにしましたわ。ずっと一緒にいてくれないと怒るって言われました」
「ふふ。ラピスらしいわね。──とにかく、あたしたちはずっと一緒よ♪」
「はい♪ ずっと一緒ですわ♪」
「で、セラちゃんの話は?」
「その前に一つ。わたくしのことは呼び捨てで構いませんわ」
「あ、そお?」
「はい。いいタイミングだと思いましたので」
「ならこれからはセラって呼ぶわね。ついでにセラにもタメ口で喋ってほしいんだけど……」
「す、すみません。わたくし、これが素ですので。それに、誰が喋ってるかわかりやすいでしょう?」
「……それは誰に対する配慮なの?」
「さあ?」
「………」
「………」
「…………セラの話を聞きましょうか」
「そうですわね。ただ、リリィ義姉さまの話と比べて、わたくしの話はネガティブなものになってしまいます」
「え?」
「平たく言えば、ちょっと嫌な話です。それでもリリィ義姉さまには聞いてほしいんですの」
「…………わかった、聞くわ」
「ありがとうですわ。──お話というのは、この先、姉さまとリリィ義姉さまが万が一、喧嘩したときの備えです」
「喧嘩? ふふ、ないわよ。あたしとラピス、ラブラブだもの」
「はい、それは間違いないですわ。ですが、わたくしでさえ過去に1度だけ、姉さまと大喧嘩していますの」
「セラが!? シスコンなのに!?」
「はい。わたくし最大の汚点にして、最大の失敗ですわ」
「…………喧嘩の理由、訊いてもいい?」
「もちろんです。──あれは今からおよそ1年前。姉さまと隣国の王子の婚約の話が出たときでしたわ」
「………」
「わたくしは強弁に意見しました。隣国の王子ごとき下等生物、姉さまの相手には相応しくないと」
「当然ね」
「ですけど、どんなに否定を重ねても、意見が受理されることはありませんでした。そして、婚約が決まりました」
「………」
「ですがこの時点では、王女と王子の婚約、ということしか決まってなかったんですわ。そこでわたくしはその穴を突くことにしました」
「……それって」
「はい。わたくしが、姉さまの代わりに嫁げばいい。あのときのわたくしは、愚かにもそう考えたんですわ」
「! ……そんな」
「わたくしなら、舌先三寸で相手を丸め込み、数年で別居まで持っていける自信がありました。姉さまと結婚する計画が数年遅れますが、致し方ないと諦めたんですわ」
「………」
「その旨を王に具申したんです。──そこに姉さまがやってきたんですわ」
「………」
「わたくしが──まァ格好よく言えば犠牲になろうとしていることを知って、姉さまは烈火のごとく怒り出しました」
「あのラピスが……」
「『セラを犠牲にするくらいならわたしが嫁ぐ』。そう言って譲らなかったんです」
「……想像できるわね」
「わたくしも姉さまも譲りません。そう、わたくしたちは互いを想い合うばかりに、大きくすれ違ってしまったんです。これが、わたくしたち姉妹の、唯一の大喧嘩ですわ」
「………」
「結局、この婚約を重要なものと見た王が、第一王女である姉さまを婚約者に推してしまいました」
「………っ」
「悔しかったですわ。あんなに自分の無力を痛感した日はありません」
「……辛かったわね」
「はい。でも今は、姉さまもリリィ義姉さまもいますし、幸せですわ」
「ふふ。ありがとう」
「すっかりわたくしの過去語りになってしまいましたが、伝えたいことはこの先ですの」
「あ、そうだったわね。聞かせて?」
「はい。──万が一姉さまと喧嘩したとき、間違っても“嫌い”とは言わないでください」
「…………ゆう自分が想像できないんだけど」
「わたくしもそうでした。ですがわたくしは──わたくしと姉さまは、その禁断の言葉を口にしてしまったんです」
「!」
「『ゆうこと聞かないセラなんて嫌い!』『わたくしも、姉さまなんて嫌いですわ!』」
「………」
「そのときの台詞です。わたくしが世界で1番好きなのは姉さまですが、世界で1番嫌いなのは、あのときの自分ですわ」
「………」
「言ったあとに自分がなにを口にしたか気づいたんでしょうね。わたくしと姉さまは、怒りながら泣いていましたわ」
「…………セラ」
「好きな人から言われる、嫌いという言葉が、あんなにも傷つくものとは知りませんでした。その夜わたくしたちは、夜通し泣きながら謝りましたわ」
「……ぐす……」
「あ、リリィ義姉さま。泣かないでくださいまし。結果論ですが、あの出来事のおかげで、わたくしたち姉妹はもっと仲よくなれたんですわ」
「……セラァ……」
「だからリリィ義姉さま。喧嘩をするのは構いません。あ、いえ、本当はしてほしくないんですけど。でもしてしまった場合、絶対に嫌いと言わないと、約束してくださいまし」
「……わかっだ。……約束ずるわ」
「約束ですわよ。もし破ったら、わたくしも泣いてしまいますからね? ほら、涙を拭いてください」
「う。……ありがとう」
「ふふふ。リリィ義姉さま、とってもお姉さんなのに、意外と泣き虫ですわね」
「……とってもお姉さんにツッコめばいいのか、意外と泣き虫にツッコめばいいのか」
「まァいいではありませんの。まだ時間もありますし、可愛い姉さまの可愛いエピソードでも聞きません?」
「なんか上手くはぐらかされた気がするわ。聞くけど」
「ではお話ししますわ。あれは今から──」




