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外に出て広がる景色はまず森、そして川、滝、遠くには山。
田舎と呼ぶのも烏滸がましい、完全なる僻地だった。
初めて外を見たときは驚いたラピスだったが、どこからともなくリリィが惣菜を買ってくる(持ってくる?)ので、思っているより近くに街があるのだろうと勝手に納得していた。
「ねェリリィさん。街までどのくらいなの? あとどっちに歩くの?」
ラピスの問いかけにリリィはこてんと首を傾げる。
「街はあっちだけど……歩くと多分、2日くらいかかるわよ?」
「うぇ?」
予想外の数字に思わずおかしな声を出す。精々1時間半、かかっても2時間くらいだと思っていたのだ。
だがそうすると計算が合わない。リリィはフラッと出ていったと思ったら、4~5時間で戻ってきていたのだ。
つまり、彼女には歩き以外の移動手段があると考えられる。
ここでラピスはリリィの職業を思い出した。普段がぐうたらな所為ですっかり忘れていたが、彼女は魔女だった。ということはつまり──
「わかった! 箒で飛んで行くんでしょ! 魔女だもんね!」
自信満々なドヤ顔で答えるラピス。リリィはそれを可愛いと思ったが、やんわりと否定した。
「違うわよ。6000年くらい以前までは箒で飛んでたけど、あれって結構お尻が痛くなって嫌だったのよ。だからあたしは“これ”を作ってね、以来ずっとこの子に乗ってるわ」
そう言うと、リリィは懐から掌大のカードを取り出し、中空に投げた。
するとどうだろう、カードが淡く輝きだし、光が収まると、そこには宙に浮く絨毯が出現しているではないか。
「どお? 驚いた? あたしの傑作、空飛ぶ絨毯よ」
「凄い! 魔法のランプが出てくる物語みたい!」
「ああ、あれ、この子がモデルなのよ。作者の子、あたしの友達だったの」
「おお、長生きっぽい台詞だ!」
ウキウキと早く乗りたそうにするラピスに、リリィは微笑み、先に絨毯に乗り込むと、ラピスを引っ張りあげた。
「2時間くらいで着くから、しっかり掴まっててね」
ラピスはコクリと頷き、悩んだ末にリリィの左腕にしっかりと抱きついた。
「じゃ、行くわよ」
「うん!」
二人を乗せた絨毯はゆっくりと高度を上げていき、森の木を越える高さに達すると、街へ向かって飛んで行った。
気温はぽかぽかと暖かく、風も少ない。絶好のフライト日和だった。
「どお? ラピスちゃん。気持ちいいでしょ?」
「………」
「ふふ、声も出ないのね。無理もないわ。綺麗な景色だもの」
「………」
「あ、あそこに洞窟があるの見える? あそこね、漆雷獣が住んでるのよ」
「………」
「2000年くらい以前だったかしら。生意気にもあたしに喧嘩を吹っ掛けてきてね」
「………」
「まァあっさり返り討ちにしたんだけど、それ以来懐かれちゃって。今ではうちの番犬をしてくれてるのよ」
「………」
「お礼に虹色孔雀の卵とかをあげてるんだけど──ラピスちゃん聞いてる? ……ラピスちゃん!?」
反応がなかったラピスを訝しみ、顔を覗き込んでみると、びっくりするくらいに血の気が引いた彼女がそこにいた。
「……リ……リリリリ……リリ、ィさん……わ、わた、わたし……」
「もしかして、高い所ダメだった?」
「そ……そそそそそう、みたい。……………………しぬかも」
ラピスの顔色は蒼白を通り越し、紙のように真っ白だった。最早誰の目にも余裕がないことは明白だ。
「しょうがないわねェ。──よい……しょっと」
「あ、うぅ……」
リリィはラピスを持ち上げると、自分の膝の上に抱き合うように座らせた。
「これなら多少は安心感が増すと思うんだけど……どおかしら?」
「…………うん、ありがとう。…………これならだいじょうぶ」
「どうしても無理そうなら言うのよ? 適当な所に降りるから。襲ってくる獣は焼き払うし」
「…………だいじょうぶ。…………リリィさんのにおいがしてあんしんするから。…………つくまでこのままでいい?」
「ええ、もちろん」
さりげに怖いことを言っていたリリィだったが、ラピスにはまだツッコむだけの余裕がなかった。
およそ2時間後。
「ラピスちゃん、着いたわよ。もう足もつくから目を開けて」
「…………ん」
結局、フライトの間は目を瞑って、リリィに両手両脚でしがみついていたラピスだったが、地面に自分の脚で立って一安心。
おもいっきり深呼吸をしていた。
「……地面が揺れないって素晴らしい」
「航海中に船酔いで苦しんだ人みたいな感想ね」
隣に降りて歩き出したリリィにクスクスと笑われる。
その反応にラピスは唇を尖らせて追いかけた。
「もう! 本当に怖かったんだからね!」
「ごめんごめん。もう笑わないから赦して」
「むゥ、いいけど……。…………帰りもあれに乗るんだよね」
「まァ……そこは我慢してもらうしかないわね」
リリィは申し訳なさそうに言い、ラピスは憂鬱そうに嘆息する。
「…………帰りも、ぎゅっとしてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
「……それなら、頑張る」
「ごめんね」
ラピスの雰囲気が少し明るくなる。
それを見てリリィは、よかったと微笑むのだった。