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「ホルンは初めてだったんだよ? 素敵な思い出にしてあげようとか、忘れられない一夜にしようとか、そうゆうのはなかったの? ねェ、アイリス」
「…………返ず、言葉もございまぜん」
「泣けば赦されると思っていそうなその性根が気に入りませんわ。アイリス、その鬱陶しい涙、止めなさいな」
「……うぐっ……ひぐっ……」
「大体、付き合って一月もしないうちに、ってのが気持ち悪いよね。身体目当てかよ、って思ったもん」
「! そ、そんな──」
「誰が喋っていいって言いましたの? まだ殴られ足りませんか?」
「も……申し訳、ありません……」
「ホルンはこれからこう思うんだよ。『そういえば初めては、結婚記念日でもなんでもないあの日でしたねェ……』って。思いやりってゆうのは、ちゃんと相手の気持ちを考えることをゆうんだよ?」
「…………おっしゃるとおりです」
「それをあなたは、蔑ろにしました。自分の気持ちを優先──いいえ、自分のことしか考えていませんでした」
「………………ぐすっ」
「正直、今のアイリスにはホルンを任せたくない。でも、ホルンが怒ってない以上、わたしはそこに関してはなにも言わない」
「………」
「ですが、もしまたわたくしたちの親友を蔑ろにするようなら……わかっていますわね?」
殺意すら込められた姉妹の視線に、アイリスはコクコクと壊れたオモチャのように頷いた。
それを見て、ラピスとセラは怒気を収める。
緊迫した空気が霧散したのを察知して、リリィが存在感を取り戻した。
「あ、終わった?」
「うん。終わったよ。……まだちょっと、赦す気にはなれないけど」
「わたくしもですわ」
怒りを持続させる姉妹に、リリィは苦笑を浮かべて言う。
「アイリスもね、悪気があってのことじゃないのよ? ホルンちゃんを想う気持ちも本物だし」
「そこはわたしも疑ってないよ」
「もし悪気があったら殺していますわ」
ビクッ! と再びアイリスが震え上がる。そんな彼女を、ホルンは「怖かったッスねェ……」と慰めていた。
「……ラピス。セラちゃん。この空気の中言いづらいんだけど、アイリスはあたしの友達なのよ。どうしたら赦してくれるのかしら?」
ラピスは少し考えてから言う。
「まず、この先恋人としての姿勢を改めること」
「当然ね。他には?」
「ちゃんとホルンの気持ちを汲むこと。だけどなにごともホルンを優先、っていうのもダメ。それだと今度はアイリスに負担がかかっちゃうし、そんなのは愛じゃないからね」
「……ええ」
「二人にとってなにがベストなのか、常に考え続けること。絶対に妥協はしちゃダメ」
「………」
思ったよりも高いハードルに、思わず我が身を振り返るリリィだった。
「わたしからはこのくらいかな。セラはなんかある?」
セラも考え込んでから口を開く。
「概ね姉さまに同意ですわね。なによりお二人には、圧倒的に時間が足りていません。付き合ってまだ一月でしょう? その程度の付き合いで相手を知った気になるなんて、おこがましいにも程がありますわ」
「うん、セラ、もっとゆってやって」
「よって、改善だけでは足りません。なにかペナルティを課すべきだと考えますわ」
視線がアイリスに集中する。彼女は涙を拭って居住まいを正した。
「アイリス。あなたには一月の間、お米禁止を言い渡しますわ」
「!! そ、そんな殺生な……」
「醤油や味噌を許可するだけ、優しいと思ってくださいまし」
「……ち、炒飯は?」
「ダメですわ」
「……ドリア」
「ドリアもパエリアもリゾットもオムライスも、全部全部ダメですわ!」
下された沙汰に、アイリスは絶望の表情を浮かべる。さっきまで泣きはらして赤かった顔が、見る見る青くなっていった。
ラピスがセラを引き継ぐ。
「ずるして食べてもダメだからね。ホルンに訊けば一発でわかるんだから」
「……すんませんアイリスさん。この件に関しては、ウチはラピスさま派ッス」
アイリスは力なくうなだれて、やがて蚊の鳴くような声で「……わかりました」と言った。
ひとまず一件落着となって、そろそろ夕食時。
一緒に食べることになったラピスたちだが、なぜかメニューはラピスが決めた。
そして出てきた料理が──
「なんで『さばの味噌煮』なのだ!」
「え? 嫌がらせだけど?」
「酷すぎる!」
だんだん、というより、結構前からアイリスのキャラ崩壊がヤバい。
格好いいイメージはどこ行った。
アイリスはさばの味噌煮を頬張る。美味しい。超美味しい。ご飯が欲しい。
ふと隣を見る。ホルンが美味しそうにご飯を食べていた。
「………」
「そんなもの欲しそうな目をしてもダメッスよ。まだ初日じゃないッスか。頑張ってください」
今日の恋人は、いつになく厳しかった。
食事が終わった。
米が食べられないだけなので、パンなどは普通に食べられる。だからひもじさとは無縁なのだが……違うのだ。
満腹感はあるが、満足感がないのだ。
さっきまで米が置いてあった一点を、穴が空く程凝視する。
東の島国文化にかぶれ、お米の魅力に取り憑かれた魔女、アイリス・J・ローズクォーツ。
彼女にとってこの罰は、なによりも効果覿面だった。




