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ラピスが拾われてから10日。
傷も体力も完調した彼女は──メイドとして精力的に働いていた。
何を隠そうこの小屋の主リリィ、掃除も洗濯も料理も裁縫も、家事と名のつくものはなにもできないのだ。
ラピスが寝ている間に出された食事は全て出来合いのものだったし、綺麗に片づいた部屋は見る見る散らかっていった。
最初はなんで片づいてたの? とラピスが問えば、月に一度、友達の魔女が片づけに来てくれるそうだ。で、あの日が片づけてもらった翌日だったという理由らしい。
動けるようになったラピスはすぐに掃除を開始し、慣れた手際で瞬く間に部屋を片づけた。記憶はなくとも身体がやりかたを憶えていたらしい。
次は洗濯。
わざとやっているのではと疑いたくなる程にごちゃごちゃになった衣服たちを、これまた手際よく色物と白物に分けていく。洗濯板はどこかとリリィに訊くと、そんなものはなく、指先一つで動く魔法の道具で洗うとのこと。
そんな便利なアイテムがあるならなんで小まめに洗濯しないの!? と、ラピスは初めて声を荒らげたが、リリィの答えは「面倒くさい」であった。このとき、ラピスはリリィに敬語を使うのをやめた。
洗濯が終わったら次は料理。
食器すら満足になかったが、かろうじてフライパンだけはあったので、余っていたまだ食べられそうな野菜と肉をサッと炒めた。腐っていたものはひとまとめにして外に出してある。
簡単な炒め物と簡単なスープ、それにリリィが買ってきたパンという極めて簡素な夕食になってしまったが──昼食は恒例の、買ってきた惣菜とパンで済ませた──それでもリリィは満足気だった。
「ラピスちゃん、あたしと結婚してずっとここにいない?」とはそのときにリリィが言った冗談だが、怒るでもなく、ただただ真っ赤になって俯くラピスが印象的だった。
その後、なんだかんだと理由をつけて一緒に風呂に入ったり、怪我をしていたときと同様同じベッドで寝たりと、ラピスはドキドキしながら一日を終えた。
翌朝。
「食材が全然ない」
新しく買ってもらったメイド服(3着目)を着て、ラピスはリリィに詰め寄った。
「まったく。リリィさんってばどんな食生活してたの? 食材どころか調味料もないって相当だよ? ほんと、六千年も生きてて食事も覚束ないなんて」
「め、面目ないわね」
「掃除も洗濯もできないし、有り余る程あった時間をなんで有効活用しないの? どうせ研究に没頭してたんでしょ」
「……仰る通りでございます」
「いくら友達がやってくれるとはゆっても限度があるんだからね。これからは少しずつ練習すること。いいね?」
「……はい、仰せの通りに」
シュンと縮こまり、いつもより一回り小さく見えるリリィであった。
言いたいことを言い終えたラピスはそのままの調子で最初の話題に戻る。
「とゆうわけで食材がないから買いに行きたいんだけど、リリィさんお金持ってる?」
「え、ええ。自慢じゃないけどお金には不自由してないわ。魔女って結構儲かるのよ」
「……なんか俗っぽくてやだな」
「しょうがないじゃない。人間、お金がないと生きていけないのよ」
「うん、わかってるんだけど……。まァいいや。お買い物に行こ」
「わかったわ。じゃあラピスちゃん、昨日たくさん外出着を揃えておいたから、着替えてらっしゃい」
「わかった。ちょっと待っててね」
隣の部屋──と言うよりは完全に物置と化してしまっている部屋に行き、用意してもらった自分のスペースに目を向ける。そこには大量のメイド服と可愛らしい洋服がハンガーにかけられて、ズラリと並んでいた。
少なく見積もっても、それぞれ30着はあるだろう。
「………」
言葉を失うラピス。
いくらなんでも多すぎる。全部でいくらかかったのかを考えると眩暈がしそうだった。
とりあえず、自分の青みがかった銀髪と、リリィの服の黒との調和を考えて、紺のワンピースをチョイスして、リリィの元に戻った。
「ふわァ、ラピスちゃん可愛すぎ! よく似合ってるわ。ギュッてしていい?」
「もうしてるじゃん……」
顔を合わせるなり、ラピスを抱きしめるリリィであった。この魔女は少し、自由奔放すぎる。
尚、抱きしめられていたラピスが頬に紅葉を散らしていたことを追記しておく。
「そ、それより! なんなの? あの服の量は!」
ハグから逃れながらラピスは問う。まだ頬が赤い。
「え? だって最低30着はないと一月回らないでしょ? 他にもラピスちゃんに似合いそうなのを見繕ってたら40くらいになっちゃったけど」
「毎日洗濯をしなさい! 一般人は多くても5~6着なの!」
「まァいいじゃない。腐ってダメになるものでもないんだし」
「うぅ、でもわたし、あんなにお金返せないかも」
「なに言ってんの。いらないわよ、お金なんて」
「でも! 服ってすごく高いし……」
「いいの。ラピスちゃんには家事をやってもらってるし。それにあれは、あたしが買いたいから買ったの。これ以上の苦情は受けつけないからね。受け取っときなさい」
「んー……わかった。ありがとうリリィさん。お料理とか頑張るからね」
「ふふ、期待してるわ」
決着がついたところで、二人は揃って小屋を出た。