47
ラピスたちと他のグループが帰るタイミングは、偶然にもほぼ同じだった。
アイリスとホルンは表情といい仕種といい、今朝よりも格段に明るくなっていた。デートは大成功だったのだろう。
一方リリィは朝と然して変わらない。
ただ、恋人と離れて寂しかったのか、帰ってくるなりラピスに抱きついてキスをしていた。
夕飯までの時間をそれぞれ本を読んで過ごす。
ラピスとホルンは料理本。アイリスは植物図鑑。リリィは最近流行りの小説。セラは古今東西の美術品の一覧。
ここでもよく個性が出る結果になった。
時間がいい具合に潰れ、夕飯の準備を始める頃になって、ラピスとホルンはパタンと本を閉じた。
「よし、ピザを作ろう」
「うし、グラタンを作るッス」
二人の意見が割れる。
ラピスは困ったように笑って言う。
「えっと。お昼がスパゲティだったから、またパスタはちょっと……」
「うっ、マジッスか」
今度はホルンが気まずそうに口を開く。
「実はウチら、お昼ピザだったんスよ。なんでピザは遠慮したいところッス」
「あちゃー、そっかァ……」
なんとも言えない空気が満ちる。
ラピスは他の3人にもリクエストを訊くことにした。
「リリィはなんか食べたいものある?」
「んー、あたしはご飯ものが食べたいわ」
「ご飯ね。──セラは?」
「姉さまの作ったものならなんでも! と言いたいところですが、それだと困りますわよね? んー、野菜が食べたいですわね」
「野菜ね」
そこまで聞いて、ホルンが恋人に訊く。
「アイリスさんはなんか食べたいものないッスか?」
「そうだな。……卵料理が食べたいな」
「卵ッスね」
それぞれのリクエストを踏まえて考えると──
「……オムライスとサラダかな?」
「そッスね。スープもつければ完璧ッス」
メニューが決まったので調理に取りかかる。
ラピスは米を研いで炊飯器にセットする。人数が多いし、魔女勢がよく食べるので一升だ。炊きすぎかもしれないが、余ったら余ったで活用法があるので問題ない。
ホルンは玉ねぎと人参をみじん切りにして、鶏肉も細かく刻む。
それから圧力鍋に、適当にちぎったキャベツと水と塩胡椒、それから鶏皮とコンソメを容れて蓋をした。
「この圧力鍋ってやつ、便利すぎッスね」
「でしょ? リリィにお願いして作ってもらったの」
美味しいもの作ってあげるって言ったら一発だったよ、と笑って言うラピス。
話しながら作業を進めていき、直に米が炊ける。
先程刻んだ野菜と鶏肉を先に炒め、そこにご飯を投入した。鶏の脂が馴染んだら、塩胡椒を適量、ケチャップをどばどばと入れる。経験と勘からくる目分量だ。更に炒めて皿に移し、チキンライスの完成だ。
次はオムレツを焼いていく。
ほんの少しの牛乳を混ぜた卵を器用に焼いていき、ふんわりと仕上げる。それをチキンライスの上に乗せて、包丁で真ん中を切ればオムライスの完成だ。
「はい、できたよォ。ケチャップとデミグラスソース、好きなほうをかけてね」
サラダとスープも並べて、食卓につく。ラピスとセラ姉妹はデミグラス、他の3名はケチャップだ。
……尤も魔女勢は、まずはケチャップ、だが。
いただきます、と言って食事が始まった。
「美味しい! ラピス、これ美味しいわ!」
「ふふ、ありがとう。おかわりも作るからどんどん食べてね♪」
「リリィ義姉さま。口元にケチャップがついてますわよ」
ラピスたちがわいわいと食を進めるのに対して、アイリスは無言でスプーンを動かし続ける。どうやら彼女は、美味しいものは無駄口叩かずに食べるタイプらしい。
その様子を眺めるホルンも自然と無言になる。一言も喋らずに甘い雰囲気を作り上げていた。
リリィとアイリスが3回ずつおかわりして食事が終わる。余ったご飯はドリアか炒飯にでもなるだろう。
リリィの希望で食後にアイスコーヒーが振る舞われる。ラピスとホルンはカフェオレ、セラに至ってはコーヒー牛乳だった。
ほっこりしていると、アイリスがなにかを思い出したらしい。徐にマジックバッグに手を突っ込んだ。
「なにしてるんスか? アイリス
さん」
「いや、東の島国で酒を買ったことを思い出してな。せっかくだしリリィ先輩と呑もうかと」
「ヘェ、お酒? いいわね」
出てきた瓶を見ながらリリィが言う。
次いで、傍らのラピスと触れ合いながら「ラピスとセラちゃんもどお?」と誘った。
それに姉妹は首を横に振る。
「遠慮しとくよ。わたしびっくりするくらいお酒弱いし」
「そおなの? どのくらい?」
「匂いだけで酔う。一舐めしたら寝る」
「…………相当ね」
苦笑いで一筋汗を流すリリィだった。
「わたくしもお酒は結構ですわ」
「セラちゃんも弱いの?」
「姉さま程ではありませんが、かなり弱いです。あと、信じられないくらいに酒癖が悪いですわ」
「そおなの? どのくらい?」
「姉さまを褒めちぎって、それ以外をひたすら罵倒します。以前はホルンさんに罵詈雑言を吐いたらしいですわ」
「………」
視線がホルンに集まる。彼女は遠い目をして答えた。
「──…あれは辛かったッスねェ……。人格を否定されたのは初めての経験でした……」
「……誠に申し訳ありませんでしたわ」
掘り下げても誰も得をしなさそうだったので、話を切り上げる。
「えっと、じゃああたしはいただくけど、ホルンちゃんはどおする?」
「ウチも呑むッス。興味あるんで」
呑むグループと呑まないグループに別れる。
呑まないグループの姉妹、特にラピスは酒の匂いもダメなので、風呂に避難して、そのまま寝ることにした。
彼女たちを見送って、アイリスは栓を開けた。芳醇な香りが辺りに満ちる。
「いい香りね。なんてゆうお酒なの?」
「それが、この酒には名前がないんです。いずれは東の島国の名を冠する酒になるそうなのですが……」
ホルンが用意したグラスに注ぎながら、アイリスが説明する。それに追加するのはホルンだ。
「ラピスさまから聞いたんスけど、東の島国はまだ国のトップが決まってないらしいんス。決まり次第国の名前も決めるらしいんスけど、候補がありすぎて憶えてないんで、その辺はラピスさまに訊いてください」
説明を聞いていると、いつの間にかテーブルの上にチーズと炙ったベーコンが置いてあった。ホルンが用意してくれたらしい。
リリィは目で謝意を伝えてグラスを持った。
「じゃあ、アイリスに恋人ができたことを祝って──」
「え!? あ、いや、リリィ先輩!?」
「──乾杯」
リリィの突き出したグラスに、ホルンが恥ずかしそうに自分のグラスをコツンと当てる。
アイリスが真っ赤になって慌てるとともに、晩酌は始まった。
程よく酔いも回ってきたところで、ラピスとセラが風呂から上がってきた。
色っぽく火照った肌にリリィは衝動のまま抱きつこうとしたが、ラピスは酒の匂いもダメだということを思い出して自重した。
離れたところから魔法をかけて姉妹の髪を乾かす。そのまま手を振って、寝室に行く彼女たちを見送るつもりだった。
「──ねェリリィ」
しかし図らずもお呼びがかかる。
「近づいても平気?」と問いかけるとゆっくり頷かれたので、手の届く距離まで近づいた。
「どおしたの?」
「うっ。……やっぱりリリィお酒くさいね」
「…………ちょっと傷つくわ」
こんなことを言うために呼んだのかと、リリィは肩を落とす。
「あ、ごめんごめん。そうじゃなくてね──」
そこで言葉を切って、ラピスはセラにアイコンタクトを送る。それに対してセラは任せろと言わんばかりに頷いた。
「ねェリリィ。ちょっと下向いて」
「? こお?」
リリィが首を傾けた瞬間、ラピスは距離を詰めてその唇を奪った。
突然のことに動揺するリリィ。咄嗟に唇を離そうとするも、しっかりと頭を固定されていて叶わない。
それどころか、舌を入れて口の中を蹂躙される。
ラピスの舌がリリィの口腔内で暴れまわり、歯といい舌といい、あらゆる場所を舐め回した。
たっぷり1分間、ディープなキスを交わして、ラピスは離れる。その顔は火が出そうな程に真っ赤だった。
「……き、今日はあんまり構ってあげられらかったかられ。これはそろ埋め合わせらよ」
リリィの口に残る僅かなアルコールを舐めてしまったのだろう。ラピスはふらふらに酔っぱらって、その場に倒れる。それを絶妙なタイミングでセラが支えた。
「ではリリィ義姉さま。わたくしたちは先に休ませてもらいます。おやすみなさいませ」
「…………ええ。…………おやすみ」
呆然と、ラピスを背負って階段を上るセラを見送る。
ふらふらと覚束ない足取りで席に戻り、そっと唇を押さえた。
「いいものを見させてもらいました」
「ラピスさま可愛いッス。リリィさまは幸せ者ッスね」
囃し立てる二人の声など全く耳に入らず、魂を抜かれたかのようにボーっとする。
──気持ちよかった──
さっきのキスは酔った自分の視た夢なんじゃないかと、馬鹿な考えが頭をよぎる。だが夢ではない証拠に、リリィの唇は未だに熱を保っていた。
酔いはすっかり醒めていた。




