最終話
──ラピスとセラが魔女と同じ寿命を得て、およそ1000年の月日が流れた。
1000年。
普通の人間ならば生きられるはずもない時間であり、それは国においても同じこと。1000年前に存在していた国は、その殆どが名前を変えて生まれ変わっていた。
そんな数ある名前を変えた国、その一国。旧アレキサンドライト王国。現『オブシディアン公国』。
そこにはまだ、ラピスたちオブシディアン一家が住んでいた。
年が明けて本日は1の月の1日。ラピスとセラの誕生日である。
セラは999歳、ラピスはようやく──と言うのもおかしな表現だが、1000歳になった。
場にはお祝いをしようと集まった、総勢13名。
ホルン、アイリス、サクラ、カンナ、エリカ、コスモス、シオン、ダリア、ネリネ、ルドベキア、プルメリア、ベロニカ、ルピナスである。
この1000年で彼女たちとは随分と仲よくなった。もう敬語を使わないで話す仲だ。……ラピスは最初からそうだった。
更に、この1000年で変わったことがある。これだけの時間を重ねれば、変化は当然なのだが、進歩となれば話は別だ。
大きな変化は3つ。
まず1つ目は、ラピスの男性恐怖症が治った。
1000年前のロッゾやルドベキアを始めとした、気のいい男性との付き合いで徐々に慣れていったのだ。
言葉にすれば簡単な感じだが、これには大変な苦労がつきまとった。
リリィの影に隠れなくても話せるように練習し、つっかえずに話せるように練習し、1対1でも話せるように練習し……今では初対面の男性と1対1で話せるまで成長した。
途中何度も心が折れそうになった。その度にリリィやセラの献身に支えられた。
その努力の甲斐もあり、恐怖心を克服することに成功したのだ。
…………だが、まだ高所恐怖症は克服できていない。おばけも雷も怖いままだ。
これはこれで可愛いので、無理に克服させるつもりはなかった。
そして2つ目の変化。大きな……それはもう途轍もなく大きな変化だ。
それは──
「お待たせー。ごはんできたよ」
「おお、すまぬ。誕生日なのに働かせてしまって」
「んーん。これ、わたしの至福の時間だから♡ ね? リリィ♡」
「ええ♡ あたしもラピスと一緒に料理する時間が1番幸せよ♡」
そう、リリィの家事スキルのアップ。
今や彼女は家事のエキスパート。掃除や洗濯もなんのその、裁縫までも器用にこなし、果てはラピスと肩を並べて料理をするまでに成長した。──否、進化した。
もう壊滅的な家事スキルは過去のもの。この頃はセラも交えた3人でキッチンに立ち、一緒に料理をして食事をして、片づけまで一緒にすることがなによりも幸せなひとときだ。
「ほんにそなたらは、いつまでも新婚みたいじゃな。仲よすぎじゃろ」
「否定はしませんよ♡」
「まァね♡ でもあっちも相当だよね」
そう言ってラピスが見る方向にはホルンとアイリス。
そこには1000年前と変わらず──否、それよりもずっと仲睦まじい二人がいた。
ホルンもアイリスも、見た目は殆ど変わっていない。強いて言えば、ホルンのまとう雰囲気が若干大人っぽくなったことくらいだ。
それでも姉たちの前ではころりと妹に戻り、ころころと甘える。その特別感が、ラピスとセラは誇らしかった。
「ホルン。もち米はもう蒸していいのか?」
「キッチンが空いたらいいッスよ。あとで皆で餅つき大会ッスね♪」
会話だけ聞けば色気より食い気。だがその会話が腕を組んで為されていたとなれば話は別だった。
ほっこりとその光景を見ていると、次にやって来たのはセラ。彼女の家事スキルももちろん上がっている。今はキッチンで、大量のカレーをルピナスと一緒に作ったところだった。
「カレーができましたわよ。順番に取りに来てくださいまし」
「セラちゃんとの合作だから超美味しいし。気絶する覚悟を決めてから食べることをオススメするし♪」
ルピナスの大言壮語に苦笑しながら魔女たちはカレーをよそう。楽しく食べ始めたところで──ルドベキアが気絶した。
「!? ルドーっ!?」
ネリネが叫んで彼を抱き起こす。ルドの表情は恍惚としたもので、だらしなく表情筋がゆるんでいた。
「ルドさんは覚悟が足りなかったし」
「あれホンマだったん!?」
ネリネが驚愕を顕にするが、ルピナスは取り合わない。ラピスにカレーを献上するべく動いていた。
「相変わらずね~、ルピナスは~」
「あの子らしいであります」
エリカとコスモスは美味しそうにカレーを食べている。絶品なんて生易しい表現では足りないレベルの美味しさだ。
ルドの前例があるので、全員覚悟を決めてから口に運ぶ。そのおかげで犠牲者はルド一人で済んだ。
魔女でも誕生日を祝うようになってからは、毎年こんな感じだ。
誰かの誕生日の度にその誰かの家に集まり、料理を持ち寄り、思いっきり騒ぐ。年に16回もあるイベントなので、月に2回以上開かれることもある。数百年単位で継続しているので飽きるかと思いきや、その懸念は杞憂で済んだ。
ちなみにサクラは誕生日を憶えていなかったので、ラピスが勝手に3の月の27日に決めた。旧陽出地──現『神楽』で定められている、桜の日である。
カレーの他にもさまざまな料理を楽しみ、思い思いに声をかける。特に本日の主役は大忙しだ。
「あ、シオン姉とダリア姉はチョコラスクなんだね。サクサクで美味しいよ♡」
「…………チョコはわたし」
「にはは。パンはあたしだよん♪」
この1000年の間に、ダリアもしれっとラピスの姉の立場に収まっていた。
セラとホルンは内心複雑なものを抱えているようで、決して二人のことを姉と呼んだりはしない。あだ名のようなもの、と無理矢理割りきっているようだが、これが原因で1度喧嘩したこともある。
だが長くはもたず、数時間で喧嘩は終息した。姉妹で口を利けないという状況に耐えきれなかったのだ。
あだ名のようなもので本当に姉と慕っているわけではないと説明して、ラピスは妹たちと仲直りした。喧嘩が終わったあとはどこかおかしく、3姉妹で意味もなく笑い続けてしまった。
「ベロニカさまとプルメリアさまも、仲睦まじいようでなによりですわ」
「まーねー。最近よーやく女の子を口説くのをやめてくれたのー」
「人聞きが悪いことを言わないでくれないかい? あれは挨拶さ。ぼくはベロニカ一筋だよ」
ベロニカとプルメリア。この二人もめでたく結婚し、家庭を築いている。といっても、それ以前から一緒に暮らしていたので、変わったことは殆どないようだ。
決定的な変化と言えば、スキンシップが増えたこと。1000年前は手を繋ぐことすら恥じらっていたベロニカだが、今は人前でないのなら、という条件つきでイチャイチャしまくっている。
1度ラピスがその余りあるコミュ力で聞き出したのだが、『夜』は意外なことに、ベロニカのほうが積極的らしい。ほぼほぼ毎日のように求められると、プルメリアが惚気ていた。
「……なんてもんを作ったんや、スピネルはんは」
「流石でございますね。料理の腕では、間違いなく3指に入りますよ」
「オブシディアン婦人への崇敬ゆえに、やな」
「その通りでございます」
カンナとネリネは以前より仲よくなったようだ。
なんでも、ラピスたちを見ていたら感化されたらしく、カンナにも結婚願望が出てきたらしい。しかしミステリアスを自称している彼女は本人たちには言えず、仲のいいホルンたちにも言えない。結果、ちょうどいい距離感にいたネリネに白羽の矢が立ったのだ。
婚活を始めたカンナと後押しするネリネ。気づけば意気投合し、よく話すようになったのだとか。
その甲斐あって、カンナは好みの女の子に出逢えた。しかし相手のほうにはその気がないようで、彼女は懸命にアプローチしている。カンナの婚活はもう少し続きそうだった。
そして忘れてはならないのがこの二人。──いや、二匹。
「クルゥ!」
「きゅおん!」
「あ、来た来た。遅かったわね、二人とも」
リリィに出迎えられた二匹は言わずもがな、この家のペット、漆雷獣のリンドブルムと、天白狐のフローラである。
彼女たちは本当に変わらない。
サクラ曰く、1番長く生きている漆雷獣は彼女よりも遥かに歳上だそうなので、この二匹はまだまだ子供だということだ。
いつまでも可愛くていいね♡ とラピスは暢気に言っていたが、どちらも規格外の幻獣なのでサクラはなんとも言えない表情を浮かべていた。
これにてオブシディアン一家の関係者、全員集合。
ウィーアやアイたちは普通の人間なので普通に天寿を全うしたが、その子孫にはいつでも会いに行ける。お祖母ちゃんやお祖父ちゃんの話をしてあげると喜ぶので、ラピスたちに限らず街に親しい相手がいる魔女は、積極的に昔の話をしていた。
「さて、誕生日もめでたいが年明けもめでたいのじゃ。お年玉をやるぞ。子供は取りにこい」
「呼んでるよ、セラ。ホルン」
「くっ、ついにこの日が来ましたか……。来年になればわたくしも大人ですわ」
「1、2歳違うだけでこの屈辱……。ウチもすぐに大人になるッス」
この面子で1000歳を超えていないのはセラとホルンだけ。サクラが言うには1000歳を超えない限り子供だそうなので、ラピスはこれ以上ない程のドヤ顔で二人の妹を見送った。
……だが──
「なにをゆうておる。2000歳以下はまだ子供じゃ。ラピスもルピナスも取りにこい」
「なんで!?」
酷い裏切りにあった! とラピスは驚愕に目を見開く。
1000年前と言っていることが違う! ラピスはそう猛烈に抗議するも、全く取り合ってもらえない。
用意してもらったものを受け取らないのは失礼に当たる。それをよく理解しているラピスは、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるセラとホルンに見送られ、渋々お年玉を受け取る。
それは自分が子供だと認める、屈辱的な行動だった。
ラピスは傷ついた心を癒してもらおうとリリィに抱きつく。
リリィはそんな可愛いラピスを存分に甘やかす。
セラは二人の姉にまざるべく、両手を拡げて姉たちを抱きしめる。
ホルンはアイリスの手を取り、可愛い姉たちを自慢する。
アイリスはホルンの話に相槌を打ちながら、彼女の手の感触を堪能する。
カンナは外に出てリンドブルムとフローラを思いっきり構う。
エリカは趣味全開の話を臆面もなく披露し、皆にドン引きされている。
コスモスは天然を発揮して、刺身にソースをかけて食べても気づかない。
シオンはソファーを占領し、クッションを枕にしてだらけている。
ダリアはその持ち前の明るさで、場を盛り上げている。
ネリネはやっと意識が戻ったルドを膝枕して、安堵の息をついている。
ルドベキアは妻の太ももの心地好さと、スペースを広く使ってしまっていることの間で葛藤している。
プルメリアはベロニカに愛を囁き、赤面させてからかっている。
ベロニカはやられるばかりではなく、不意討ち気味のキスでプルメリアを赤面させることに成功する。
ルピナスは独り、ラピスがこの世に生まれたことに感謝を捧げている。
サクラは全体を見回し、満足げにかかっと笑う。
「善哉善哉。平和が1番じゃな。──はて? 一人足らぬような……」
ところで、冒頭に述べたことを憶えているだろうか?
大きな変化は3つ、というやつだ。
1つ目はラピスの男性恐怖症の克服。
2つ目はリリィの家事スキルの向上。
──さて3つ目は?
そして更にこう述べたことに気づいただろうか?
『誕生日は、年に16回もあるイベント』と。
ラピス、リリィ、セラ、ホルン、アイリス、サクラ、カンナ、エリカ、コスモス、シオン、ダリア、ネリネ、ルドベキア、プルメリア、ベロニカ、ルピナス。締めて16人。
ならば年に16回で合っている? 否、そうではない。
忘れてはならないのだが、本日、1の月の1日は、ラピスとセラ二人の誕生日なのだ。
ゆえに、年に祝われる誕生日は15回であって然るべきだ。
なのになぜイベントは16回もあるのか?
答えは単純。
それと同時に、3つ目の大きな変化の正体にもお答えできる。
それこそが──
「──ラピスさん! 今日こそはミオが勝つのです! 勝負なのです!」
ラピスたちの愛の巣の玄関をバタン! と開けて、丁寧に靴を脱いで上がってきた少女。彼女こそがその答えだ。
ミオソティス・L・スペッサルティン。
この1000年の間に誕生した、新しい魔女だ。
歳は800歳。ラピスよりちょうど200歳歳下だ。
サクラよりもわずかに低い身長。鮮やかな青い髪をラピスと同じくらいの長さまで伸ばしている。
この寒いのに下はホットパンツ。幼さが残るものの綺麗な脚を惜しげもなく晒している。
魔女の例に洩れず、目鼻立ちはとても整っていて、その筋の人からすれば垂涎ものだろう。
今は関係ないが、最近のカンナは彼女にご執心だ。魔女界隈では『カンナロリコン疑惑』がまことしやかに語られている。
全員の注目を集めたミオソティス──ミオは、一直線にラピスの許を目指した。そしてもう1度。
「ラピスさん! 勝負なので──」
「聞こえてるよ。でも挨拶が先でしょ? ミオちゃん」
「あ、ごめんなさいなのです。こんにちはです。あと、お誕生日おめでとうなのです」
「うん、ありがとう。挨拶できて偉いね」
「えへへー♪」
ラピスが頭を撫でると、ミオはだらしなく笑う。それを見てルピナスは歯噛みする。ラピスに構ってもらっている新参者が羨ましいのだ。
「……この……! ラピスちゃんの御手がどれだけ尊いか理解してるのか、あのクソガキ……!」
「ルピナスちゃん。キャラ崩れてるッスよ」
言い直そう。妬ましいのだ。
ホルンから軽くツッコみを受けた。
「──…はっ! 危ないのです! 籠絡されるとこだったのです! その手には乗らないのです!」
「籠絡されかかってるじゃありませんの」
今度はセラのツッコみ。
だがここまではいつものことなので、セラは興味をなくしてリリィに寄りかかった。
「ラピスさん! 勝負なのです!」
「ん、いいよ。なにで勝負するの?」
「今日はこれなのです!」
ミオが取り出したのは、東のほうから取り寄せた対戦ボードゲーム。『ショーギ』というらしい。
「ルールは知ってるのです?」
「うん、だいじょうぶだよ。で、ハンデは?」
「6枚落ちでお願いするのです!」
「遠慮ないなァ。まァいいけど」
急遽始まったラピスとミオの対局。最早見慣れた光景なので、誰もがスルーした。
20分後。
「はい王手。てゆうか詰みだよね」
「なんでなのですー!?」
ミオは叫んで転がり回る。ラピスとリリィが毎日掃除しているので汚くはないのだが、埃が立つのでやめていただきたい。
「もう1回! もう1回なのです!」
「1日1回の約束でしょ? ほら、セラとルピナスちゃんの合作カレーあるよ」
「わーい! カレー大好きなのですー!」
負けたミオの扱いも慣れたもの。そしてここまでがワンセットなので、誰も注意を向けたりはしなかった。
ふふ、と微笑んでからラピスは妻たちの許に戻る。二人の間に入り、それぞれの手を両手で握った。
リリィの左手を右手で、セラの右手を左手で。
リリィとセラも、愛する妻の手をしっかりと握る。幸せが止めどなく溢れてきて、自然と笑みがこぼれた。
「…………ラピス。セラ」
「ん?」
「なんですの?」
「……大好き♡」
「えへへ。何万回目だろうね? それ言われるの♡」
「何度言われてもいいものですわ♡」
「むゥ。……返事は?」
「ごめんごめん拗ねないで。わたしも大好きだよ♡」
「ごめんなさいですわ。わたくしも大好きですの♡」
幸せな感情が更に大きくなる。
手を繋いだまま、楽しげなパーティーの光景を見る。
1000年前に危惧していた、長く生きることへの恐れはもうない。いつまでも、いつまでだって共に生きていきたい。
ラピスがいて、リリィがいて、セラがいて。3人でいれば、どこまでも幸せになれる。
手を通して感情が伝わる。
手を離し、じっと3人で見つめ合った。
リリィとセラが頬をくっつけて目を瞑る。ラピスは二人の唇に、そっと自分のそれを重ねた。
瞬間、拍手が巻き起こる。どうやら皆に見られていたらしい。
唇を離して照れたようにはにかむと、ラピスたちは改めて自分の気持ちを伝え合った。
「リリィ。セラ。これからもよろしくお願いね♡」
「ラピス。セラ。これからもよろしくお願いするわ♡」
「姉さま。リリィ義姉さま。これからもよろしくお願いしますわ♡」
この家族の幸せを阻む者がいれば自分が赦さない。魔女たちの心が1つになった瞬間だった。
しかしそれは杞憂だろう。
ラピス、リリィ、セラ。
3人の幸せを壊すことなど、例えどのような手段を用いても、できるわけがないのだから──。
Fin




