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キャベツを切る。ひたすら切る。
切る。切る。
切る切る切る切る切る切る。
「うがァあああ! キャベツばっかこんなに!」
「こら、ホルン師匠。手が止まってるよ」
「師匠と慕うならもっと労ってほしいッス!」
ラピスとホルンは今、大量のキャベツを刻んでいる。もちろん、お好み焼きのたねになる分だ。
アイリスが泊まっていくことになったので、今日の夕飯は5人分。そしてリリィは、初めて食べる美味しいものなら軽く3人前くらい食べる。
ホルンに聞くところに依ると、アイリスも標準よりは食べるらしい。ラピスの脳裏に魔女大食い説が浮上した。
なのでキャベツが大量に必要なのだ。一人では作業が回らない程に。
「──うん。そのくらいでいいかな。おつかれ、ホルン」
「お、終わりッスか? やったッス、やってやったッスよォ!」
「あとは混ぜて焼くだけだから、アイリスさんのとこ行っていいよ」
「そ、そうッスか? ならお言葉に甘えて……」
タオルで手を拭いて、ホルンは恋人の許へ小走りで駆けていった。
残ったラピスは4つあるコンロをフル稼働させて、お好み焼きを焼いていく。
種類は豚肉のものと海鮮のものの2つのみ。これ以外は邪道だと、ラピスは思っている。
手際よく焼いていき、手作りのソースとマヨネーズ、そして細かく削ったかつお節をかけて完成だ。欲を言えば青海苔も欲しかったが、残念ながらまだ手に入っていなかった。
「はいお待たせ。お好み焼きだよ。冷めると美味しくないから先に食べちゃって」
それぞれの前に皿をと箸を置いて、ラピスはまたキッチンに戻る。自分の分と、おかわり分を焼くためだ。
またコンロをフル稼働させていると、後ろから「美味しい!」と声が複数聞こえる。それを耳にしてラピスはへへ、と照れたように笑った。
「──おかわり焼けたよ。リリィとアイリスさんと……セラも食べる?」
「半分いただきますわ」
「あ、ラピスさま。ウチ焼くの代わるッス」
「そお? じゃあお願い」
ラピスはホルンと場所を代わる──と思いきや、リリィとセラの間に座った。二人がけのソファーに無理矢理3人座るわけだから、当然身体が密着する。だがそれは、3人とも望むところだった。
ところ構わず人目憚らず、隙あらばイチャイチャするカップルとシスコン姉妹だった。
「あ、美味しい。我ながら上出来♪」
「このカツオブシというものはたこ焼きにもかかっていたな。あれも美味だった」
「アイリスさん、たこ焼き食べたの? いいなァ……」
和気藹々と食事は進み、やがてお好み焼きのたねは空になった。
「……マジでなくなったッスねェ……」
「ね? いっぱい切ってよかったでしょ?」
洗い物をしながら呟くホルンに、お茶を淹れながらラピスは返す。
ちなみに作ったお好み焼きを10とすると、リリィ4、アイリス3、ラピスセラホルンそれぞれ1、という感じで食べた。魔女勢、明らかに食べすぎである。
ほうじ茶を飲んでホッと一息。
話は風呂に入る順番に及んだ。
「アイリスとホルンちゃん、お風呂は一緒に入る?」
「自分はそれでもいいですが──」
「無理ッス無理ッス! ウチにはまだ早いッス!」
「まァ人それぞれペースがあるからね。ゆっくりでいいんじゃない?」
「わたくしはもちろん、姉さまと一緒に入りますわよ」
「あの……ウチもそのグループがいいッス」
「ホルン。自分と一緒に入るのは嫌なのに、他の女とは入るのか」
「え? あ、いや、ちが」
「ふふ、アイリス。意地悪言うものじゃないわよ」
「でもそうなると、わたしたち4人とアイリスさんに分かれちゃうよ?」
「…………ウ、ウチ、アイリスさんとはい、入る……うぅ」
「いや、そんな涙目で言われてもな」
「仕方ないわね。あたしがアイリスと入るわ」
「リリィ義姉さま。いいんですの?」
「ええ。その分け方が一番でしょ?」
「……すんません。ウチのわがままで」
「いいよいいよ。さっきもゆったけど、それぞれペースがあるからね」
「ではリリィ義姉さまとアイリスさま、先に入りますか?」
「いや、我々は後でいい。自分は平気で2時間くらい入るからな」
「……あたしは先に出るわよ?」
「構いませんよ」
「じゃあリリィ。お風呂溜めてきて」
「オッケー。待ってて」
リリィが席を外し、浴室へ向かった。そしてものの20秒程で戻ってくる。
「溜まったわよ」
「ありがとう」
魔法でお湯を出すので、溜まるのは一瞬だ。お礼を言ってラピスは、セラとホルンを伴って風呂に向かった。
脱衣場にて。
「あ、そおいえばわたしこの家に住んで、リリィとお風呂入らないの初めてだ」
「ずっと仲いいんスねェ。憧れるッス」
「ほんと、リリィ義姉さまには感謝ですわね」
服を脱いで裸になる。3人で浴室に入った。
ラピスとセラが交互に身体を洗い合うことは知っているので、ホルンは一人で身体を洗う。大きな胸がぷるんと震えた。
「ああ、姉さま綺麗で可愛くて……無敵ですわね♪」
「誰と戦うの……。それにセラのほうが可愛いし」
「姉さま。基本的にわたくしは、姉さまのゆうことは全肯定しますけど、それには異論を挟みますわ。姉さまのほうが可愛いです」
「ははは、面白いことゆうね、セラは。この世界にセラより可愛い生物はいないのに」
「姉さまこそ面白いこと言いますわね。それ以上ゆうようなら、その唇塞ぎますわよ?」
言い争っているようでいて、その実褒め合っている姉妹を余所に、ホルンは髪を洗う。耳の位置が普通の人と違うので、少し気をつけて洗うのだ。
「(仲よすぎッスねェ、お二人とも。これでリリィさまが嫉妬しないなんて、なんでなんスかねェ)」
そんなことを考えながら髪を洗い流し、お湯につかる。この家に来るまで風呂はシャワーのみだったが、すっかり湯船の魅力にはまってしまった。
まったく、罪作りなお湯である。
そこに身体を綺麗にした姉妹もやってくる。心なしか、いつもよりキラキラしている気がする。
そんな二人がホルンに詰め寄る。
「ねェホルン。どお見ても、セラのほうが可愛いよね?」
「いいえ。姉さまのほうが断然可愛いです。ホルンさんならわかっていただけますわよね?」
まだ続けてたのか、と思いながらホルンは答える。
「すんません。ウチは基本的にラピスさまの味方なんス」
「そ、そんな……っ」
「ふふん。だからゆったでしょ? セラのほうが可愛い──」
「だからラピスさまのほうが可愛いと思うッス」
「ホルン!?」
「流石ホルンさんですわ!」
まさかの裏切りだった。
なんとか自分の味方をしてもらおうと言葉を尽くすラピスだが、ホルンは頑として譲らない。結局2対1の構図を崩すことはできなかった。
微妙な敗北感とともに風呂を出て、アイリスの土産──浴衣を着る。想像よりもずっと動きやすくて、ラピスはこの服を気に入った。
「あの……姉さま。……着方がわかりません」
「……ウチもッス」
「しょうがないなァ。やってあげるよ」
「ありがとうございますわ」
「むしろラピスさま、なんで普通に着れるんスか?」
「へっへー。わたし、東の島国のファンだからね」
セラとホルンにも浴衣を着せて、リビングに戻る。
「お風呂空いたよォ。あとリリィ、髪乾かして」
「はぁい。その服似合ってるわね。可愛いわ♪」
ラピスを抱きしめてリリィは魔法を行使する。瞬く間にラピスとセラの髪が乾いた。
「ホルンも似合っているぞ。今すぐ抱きしめたいくらいだ」
「にゃう!」
硬直するホルンにアイリスが魔法をかけ、髪を乾かした。
「? ラピス、なんかいい匂いがするわ」
「お風呂上がりだからじゃない?」
「あ、そうかも! いっつも一緒に入ってたから気づかなかったのね」
リリィは深く息を吸い込む。大きな幸せに満たされた。
「は、恥ずかしいね、これ。──リリィもお風呂入ってきなよ」
「ええ、入ってくるわ。いい匂いさせてくるから待っててね」
「うん」
リリィとアイリスを見送って、冷たい飲み物を用意する。今は甘いものの気分だったので、リンゴを搾ったジュースにした。
「はい、セラ。リンゴジュース」
「ありがとうですわ」
「ホルンも」
「ありがとうッス」
姉妹とホルンに別れて座り、ジュースを飲む。
彼女ができて浮かれているホルンを質問責めにしたりして、時間を潰した。
30分くらいしてリリィが上がってくる。髪は既に乾いていた。
「ラピスゥ。どお? いい匂いする?」
「ふわァ……リリィいい匂い♪」
抱き合って互いの匂いを嗅ぎ合う。
「リリィも浴衣似合ってるね。一人で着れたの?」
「んーん。アイリスに手伝ってもらったの」
「そのアイリスさんは?」
「お風呂。1時間くらい入り直すって。先に寝てていいってゆってたわ」
そう言って離れるリリィに、セラがリンゴジュースを渡す。「ありがとう」と言ってリリィは受け取った。
「じゃあ先に寝ちゃおうかな。1日歩き回って疲れたし」
「そうね。セラちゃんとホルンちゃんはどおする?」
「わたくしも寝ますわ。フィギュア作りで結構疲れたので」
「ウチは起きてるッス。……アイリスさんと一緒に寝たいッスし……」
赤くなってうつむくホルンをによによと眺めてから、3人は寝室へ向かった。
ラピスを真ん中にしてベッドに入る。
「おやすみ、ラピス」
「おやすみ、リリィ」
右隣の恋人におやすみのキスをして──
「おやすみなさい、姉さま」
「おやすみ、セラ」
左隣の妹にもおやすみのキスをして、ラピスは眠りに就いた。