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声をかけてきた少女の名前はノエルというらしい。すぐそこの赤い建物──調味料屋の店主のニーナ、その孫娘だそうだ。
そんな自己紹介をされたので、ホルンとアイリスも名乗る。依然として状況はわからないが、彼女は悪い人物でもなさそうだ。時計を見る限り時間にはまだ余裕があるので、少しならば話を聞いてみてもいいだろう。
その旨を伝えると、ノエルは大袈裟に「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「で、なにを聞きたいんスか? ウチら、初対面ッスよね?」
「はい! バリバリ初対面です!」
「……わからんな。パッと思いつくのはラピスさん関連だが──」
「そお! それです!」
ノエルはビシッとアイリスを指差す。人を指差してはいけない。
「改めて名乗りましょう。わたしはノエル。ラピセラちゃんのファンクラブ、会員ナンバー9番のノエルです!」
「「ファンクラブ?」」
ホルンとアイリスの声が重なる。
ノエルは無駄に厳かに頷いた。
「はい。あそこのカフェの料理長──ウィーアさんを会長に戴く、由緒正しいファンクラブです」
「由緒正しいて。せいぜい結成数ヶ月だろう?」
「で、そのウィーアさんの口から何度か聞いたことがあるんです。ラピセラちゃんの親友で、料理の腕が抜群で、猫系の先祖返りだっていうホルンさんのことを」
「あー、懐かしいッスね。あの頃はまだ親友でした」
ホルンは言葉の通り、本当に懐かしそうに目を細める。今でこそ妹という立場を確立したが、あの頃はまだ関係があやふやだった。親友だったり師匠だったり恩人だったり姉妹だったり、だ。
「それでいつかホルンさんにお会いできたら、ラピスちゃんとセラちゃんの昔の話などを窺いたいと思ってたんです!」
「なるほど。事情はわかったッス。要するに布教活動ッスね?」
「そお、それです!」
「ウチでよければ喜んで話すッスよ♪ でもウチ、今日はちょっと時間ないんス。またいずれ、でいいスか?」
「あ、はい。こちらがわがままをゆってるわけですし、いつでも構いません!」
「じゃあ……3日後にまた来るッス。その調味料屋さんに行けばいいんスか?」
「はい! それでお願いします! 時間を割いていただき、ありがとうございます!」
ノエルは丁寧に頭を下げて、赤い建物へと駆けていった。店番の途中だったらしい。
そんなファンクラブ会員ナンバー9番を見送って、ホルンは優しい笑みを、アイリスは疲れたような表情を作る。
「お姉ちゃんたちはやっぱり人気者ッスね♡ 流石ッス」
「…………自分はもう、魔女なんかよりラピスさんのほうがよっぽど不思議に見えるよ」
「いやァ、いいとこッスね、ここ♡ ウチも頼めばファンクラブに入れてくれるでしょうか?」
「妹なのに入りたいのか? それにノエルが9番だったから、一桁代は埋まってるぞ?」
「入りたいッスね。楽しそうですし。あとナンバーは交渉してゼロ番を貰うッス♪」
もうシスコンと呼んでいいのかもわからないホルンのラピスへの愛情。そんなホルンも可愛くて最高なのだが、今回のこれはアイリスの理解の外であった。
彼女はバレないようにこっそりため息をつき、ホルンと共に本来の目的地へと歩みを進めた。
「──…とゆうことがあったんだ」
アイリスの語りを聞いていた一同の反応はそれぞれ異なるものだった。
ラピスとセラは案の定恥ずかしがり、リリィは「ファンクラブねェ……」と呟いてニヤニヤ姉妹を見つめている。
カンナは「あらあら」と頬に手を当てて、ホルンは店の観察を終えてアイリスに抱きついていた。
赤い顔のまま肩を震わせ、ラピスは問いかける。
「……会長はウィーアさんってゆってたっけ?」
「ああ。間違いない」
「そっか。……ちょっとお話してくるよ」
「……わたくしも行きますわ」
ラピスとセラは連れ立って厨房に向かう。リリィはほどほどにね、と言って見送った。
ラピセラが席を外したが、話題はそのまま、ファンクラブの話だ。特にリリィとしては興味がつきない。自分の可愛いお嫁さんと可愛い義妹の可愛さに気づくとはなかなか見込みがあると、上から目線なことを考えてもいた。
「ファンクラブとは、一体なにをする集団なのでしょうか? いまいち実態が掴めませんが」
「特に決まりはないらしい。時折集まって情報交換をしたり、こんな話をしたと自慢したり……要は同士による仲よしクラブだな」
「なるほど。それは楽しそうでございますね」
「だが……ラピスさんとセラフィさんは災難だな。自分たちの預り知らないところでそんなものが発足していて」
「もしかしたらアイリスさまにもあるかもしれませんよ?」
「……やめてくれ。ゾッとしない」
アイリスとカンナの会話を聞いて、リリィはなるほどと思った。もしかしたら自分が知らないだけで、他のファンクラブもあるかもしれない。
例えばホルンとか。この可愛い義妹にファンクラブがないなど、むしろそのほうが不自然と言えよう。
「? どおしたんスか? リリィ義姉さま」
「あ、いえ。ひょっとしたらホルンちゃんのファンクラブもあるかもしれない、って思ってね」
「はは、なにゆってんスか。そんなものあるわけ──」
「あるぞ」
アイリスが会話をぶった切る。ホルンは残像さえ見えそうな速度で振り向いた。
「嘘ッスよね!? お願いですから嘘ってゆってください!」
「いや、本当だ。これが会員証だ」
「なんで持ってるんスか! って会員ナンバー1番、アイリスって書いてあるッス!?」
「うむ。1番を他の輩に譲るわけにはいかないからな。ちなみに発起人は自分だ」
「まさかの身内の裏切りッス! なんてことしてくれたんスか!」
ホルンはポカポカとアイリスの胸を叩く。だがアイリスはまるでノーダメージ。はっはと笑って強引に長そうとしていた。
それにしても今のホルンは可愛い。これならばファンクラブに入る理由もわかる。
「ねェアイリス。あたしもファンクラブに入っていい?」
「わたくしめもお願い致します」
「リリィ義姉さまとカンナさんまで!? 酷いッス! 酷い裏切りッス!」
大袈裟に騒ぐホルンはやはり可愛い。
ファンクラブに入りたい云々は彼女をからかうための冗談だったが、この分なら本気で検討してもいいかもしれないと、リリィは思った。




