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誰かが写実機を買いに行ったことを敏感に察知したリリィは、ゆるめた歩調を再度速めて、ラピセラに急ぐよう促した。可愛いお嫁さんと義妹を自慢したい気持ちはあれど、それを写真として残されるのはまた別なのだ。
銀髪の姉妹はなにがなんだかわかっていない様子だったが、おとなしく従うことにした。
駆け込むようにカフェに入る。写真を撮られた様子はない。リリィはそっと胸を撫で下ろし、写実機を買いに行ったファンたちは絶望にむせび泣いたという。
入ってすぐのところで息を調えていると、奥から茶髪の双子の姉妹がやって来た。サイドテールが右にあるのがユウ、左にあるのがユアである。
「? どおしたんです? リリィさんたち」
「? どおしたんです? ラピセラちゃんたち」
左右対称の動きで問いかける。この双子はあらゆるところでシンクロ率が高い。
顔だってそっくり。サイドテールの位置以外では見分けられない程だ。……まァ、なぜかラピスは見分けられるのだが。
「ふゥ……いえね、ちょっと厄介事が起こりそうで……」
「へ? だいじょうぶなんですか?」
「え? 平気なんですか?」
「平気よ。ちゃんと撒いてきたから」
撒くとは穏やかではないな、と思ったところで双子はラピスとセラに目を遣る。そしてなるほどと納得した。
これならばファンたちが騒ぐのも無理はない。現に彼女たちも、本人たちを前にしているから平静を装っているだけで、内心では狂喜乱舞している。
見慣れていない者にとって、ラピセラの和メイド服は最早凶器であった。
「と、とりあえず奥へどおぞ。リリィさんはあっちです」
「ひ、ひとまずは奥へどおぞ。リリィさんはこっちです」
調理を手伝う組と手伝えない組に別れて奥に入る。
ラピスとセラが厨房へ向かうのを見送って、リリィはいつもの席へ。
今日は貸し切りなのでどこに座っても構わないのだが、自然と足がこちらを向いてしまうのだ。
待ってる間これでも、と出してもらったコーヒーを飲んで、厨房から聞こえてくる声に耳を傾ける。ラピセラの和メイド服姿はここでも好評のようで、褒めちぎる声や黄色い悲鳴やらが聞こえてくる。リリィはふふん、と鼻高々になった。
時計を見ると、サクラたちが来るまでまだかなり時間がある。つまりは料理の仕込みもそれなりにかかるだろう。
リリィはマジックバッグから愛読書とラピス謹製チョコクッキーを取り出して、優雅にコーヒーブレイクと洒落込む。
自分でコーヒーも淹れられないくせに、自分でクッキーも焼けないくせに、脚を組んで本を読むその姿は妙に画になるリリィだった。
一方その頃ラピ──
「きゃあァあああー! 可愛いィいいいー!」
「可愛いんだぜ! ヤバいんだぜ!」
「……可憐、否、美麗、否々……言語化不能」
「ものすっごく可愛いですよね♡」
「最っ高に可愛いですよね♡」
「「…………あぅ……」」
…………一方その頃ラピスとセラ。
スタッフ総出で囲まれて褒められてもみくちゃにされていた。
頭を撫でられ髪を触られ肩を抱かれ腰をさすられスカートをめくられていた。女子しかいない空間ならでは──と言いたいところではあるが、普通にやりすぎである。特にスカートをめくっている奴、リリィにぶん殴られるからやめなさい。
「! ……なんか今ゾクッとしたんだぜ!?」
はい、案の定マイでした。このお調子者はまるで懲りない。が、命の危機を察するくらいはできるようだ。
しばらくラピスとセラに構っていたスタッフたちだったが、ウィーアに一喝されて各々の作業へと戻っていった。
銀髪の姉妹は赤い顔のまま乱れた服装を直して、ウィーアに指示をあおぐ。
──しかし。
「まったく、あいつらも仕方ねェな。ちょっと服装が違うだけでああもはしゃぎやがって」
「あの、ウィーアさん?」
「そもそもラピスちゃんのルックスならどんな服でも似合うんだから、可愛い服で魅力が上がることくらい想像できただろうに」
「ウィーアさんってば」
「だいたいラピスちゃんは既婚者だぜ? あんな不躾に身体に触るのはなしだろ、やっぱり」
「ウィーアさん!」
「こっち見ないでくださいお願いします!」
いつまでも目を合わせないウィーアに痺れを切らしてラピスが大声を上げたのだが、割りとガチめに懇願されてしまった図だ。
ウィーアもラピスとセラのファン。和メイド服姿はちょっと刺激が強すぎたようだ。
「……あとウィーアって呼ばないでくれ。アタシはそんな可愛い名前似合わねェ」
「? ウィーアさんはウィーアさんじゃん。ウィーアさんのことをウィーアさんって呼べないなら、わたしはウィーアさんのことなんて呼べばいいの? ウィーアさん」
「わざとだろ!?」
「てへ♡」
あざとい。だが可愛い。ウィーアと、隣のセラがノックアウトされていた。
「と、とにかく! 臨時とはいえここで働くならアタシのことは料理長って呼びな」
「わかったよ、料理長さん」
「わかりましたわ、ウィーア料理長」
「へいセラフィちゃん!」
「てへ♡」
今度はセラ。あざとい。だが可愛い。赦さざるを得ない。
これ以上ふざけると本当に収拾がつかなくなりそうなので、切り替えて調理に入る。
ウィーアの指示する作業をラピスが受け持ち、セラはそのサポートだ。セラはまだ一人前とは言えないし、1番力を発揮できるのはラピスの隣なので、なかなか的確な指示だった。
スタッフ一同が和メイド服に慣れ(ウィーアを除く)、作業も佳境に入ってきた。調理はあらかた終えて、あとは直前にするべき工程のみ。
ウィーアは額に浮かんだ汗を拭った。
「──…ふゥ……ラピスちゃんの結婚式を思い出す忙しさだぜ。あとは仕上げだけだから、ラピセラちゃんは上がってくれ。あとで甘いものでも差し入れに行く」
「ん、わかった」
「了解しましたわ」
ラピスとセラは手を洗って、リリィの待ついつもの個室へと移動する。この個室を『いつもの』と呼べることが、どことなく嬉しかった。
銀髪の姉妹を見送り、ウィーアたちも仕上げに入る。
よっし、と気合いを入れるその表情は、流石はプロと言えるものだった。




