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「──ふゥ。緊張したねェ……」
ため息をつきながら、ラピスは心の内を吐露する。
相手が女性なら気後れしないで話せるラピスだが、今回ばかりは話が別だ。
なにせ、自分の一生を左右する問題だ。できるだけ素敵な思い出にするために下手なことは言えないし、最善を尽くしたい。
すると自然に緊張して、上手く喋れなかったのだ。
「ふふ、ガッチガチだったわね、ラピス」
「うん。リリィがいてくれて助かったよ。ありがとね♪」
「え、ええ……」
からかうトーンで言ったのに素直にお礼を言われて、逆に狼狽えるリリィだった。
お互い少し落ち着いてきたので、手を繋いで歩き出す。向かう先は、服や帽子、靴などを扱っている通り、通称ファッション通りだ。
少し離れた所にあるので、そこまでニコニコと話しながら歩く。
「ねェリリィ。新婚旅行の話、憶えてる?」
「もちろん。東の島国でしょ? ……近いうちにって言ったのに、遅くなっちゃってごめんね」
「んーん、それはいいの。そうじゃなくて、セラはどおするのかな?」
「? セラちゃんも一緒に旅行でしょ?」
「うん。わたしもそう思ってたんだけど、セラ、遠慮しそうじゃない? 『新婚旅行についていく程、わたくしは無粋じゃありませんわ』って」
「ラピス、物真似超似てるわね。でもうん、言いそうね」
「でしょ? だからどうしようかな、って」
「んー。まずあたしたち二人きりで行って、次の旅行はセラちゃんも連れて行くのはどお?」
「あ、それいいかも。そうしよっか」
幸せな未来に想いを馳せていると、知らぬ間に目的地に到着していた。
ファッション通りの名に相応しく、服の他にアクセサリーの店などもある。
様々な店を順繰りに巡っていく。気になった店があれば中に入り、色んなアイテムを物色した。
「リリィリリィ。これ着てみて!」
「なにこれ!? 身体のラインが丸見えじゃない!」
ある店ではシン国のドレスをリリィに着せてみたり。
「ラピス。これつけてみて!」
「に、にゃあ。可愛いかにゃ?」
ある店では猫耳を模したカチューシャをラピスに着けたり。
「これ、セラに似合いそう♪ こっちはホルンに♪」
「買っていきましょう」
ある店では妹とメイドへのお土産を見繕ったり。
これぞデート! と断言できるような、定番のデートを二人楽しむ。
彼女たちは本当に幸せそうで、見るものの心をほっこりさせていた。
買ったものをマジックバッグに容れ、外に出ると、日が大きく傾いていた。
もうそろそろ街を出ないと、夕飯に遅れてしまうかもしれない。
だがラピスには、どうしても寄りたい店があと一件あった。リリィのその旨を伝えると、快く了承される。
ラピスはリリィの手を引いて歩き出した。
「──この店?」
「うん」
着いたのは水着を専門に取り扱っている店。なかなか攻めた商売だ。
「夏になったら海とか行きたいし、今のうちに買っておこ?」
「いいわね。さしあたってはラピスに20着くらいプレゼントしたいわ♪」
「多すぎだよ……。2~3着でいいんじゃない?」
「じゃあ自分で選ぶ1着と、相手に着てほしい1着でどおかしら?」
「それいいね! それでいこう。あ、セラとホルンのはまた今度、皆で買いにこよ」
「そうね、そうしましょ」
繋いでいた手を離し、それぞれ水着を選ぶ作業に入る。
各々の目は真剣で、妥協を許さない職人さながらだった。
ラピスは考える。
「(んー。恥ずかしいけど、ワンピースよりはツーピースかな? リリィに可愛いって言ってほしいし。わたしのはそれなりのを選ぶとして、問題はリリィだよね。スタイルいいから何を着ても似合いそう。だからこそ選ぶ側のセンスが問われるってゆうか……。……どおしようかな)」
考えながら次々と棚を物色していく。
ワンピース、モノキニ、Aライン、セパレーツ、タンキニ、ビキニ──種類が多すぎる。
中にはどの層をターゲットにしているのか不明な、マイクロビキニやスリングショットなんかもあったが、なるべく視界に入らないようにスルーしていく。
15分程店内を回り、自分の水着は決まった。だが肝腎のリリィの水着が決まらない。
ひょっとするとこの店では見つからないかもしれない。そんな思いに捕らわれていたときだった。
何気なく手に取った水着がハンガーから落ちてしまった。慌ててしゃがんで拾う。そのときだ。
棚の奥の奥、誰も気づかないような位置にそれはあった。
なにかに導かれるようにラピスはそれを手に取る。
それは黒いツーピース水着。
トップスは胸元から鎖骨辺りまでを覆う構造になっており、大事な部分以外はシースルーになっている。
ボトムスは一見、スカートのようにも見えるパレオが付いていて、そのパレオもシースルー仕様だった。
「(…………可愛い……)」
その水着を着たリリィを想像し、笑みがこぼれる。
絶対に似合う──その確信があった。
これにしよう。ラピスはそう決心する。
店員にお金を払って、自前のマジックバッグに容れる。リリィにはまだ見せない。当日のサプライズにしたいからだ。
ちょうどそのタイミングでリリィも店から出てきた。手にはマジックバッグ以外何も持っていない。考えることは同じのようだ。
「可愛いの見つけた?」
「うん♪ 楽しみにしててね♪」
上機嫌に返して、ラピスは腕と指を絡める。リリィは微笑んで歩きやすい体勢を取ると、二人寄り添って歩いていった。