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ラピス的にはまだ訊きたいこともあったのだが、サクラは台所に引っ込んでしまった。更には手伝いを禁止されるおまけつき。
訊きたいことは後回しにして、今はおとなしく言いつけを守ろうと切り替える。
場を見渡せばたくさんの魔女。これから先、何千年もの付き合いになるであろう人たちなので、友好を深めておくに越したことはないだろう。
見ればセラは既にルピナスにつれられて、エリカと楽しげに話している。あの人見知りだった妹が成長したものだと、ラピスは涙腺がゆるんだ。
「? なに涙ぐんでるのよ」
「……いやー、セラの成長が嬉しくて」
「親か」
リリィから短いツッコみが入る。ラピスは苦笑いして流した。
ちゃぶ台の上に置かれている煎餅やみかんなどを食べながら、魔女たちは楽しそうに話している。完全に出遅れた。
食事前だが摘まむ程度のものならいいだろうと、ラピスはマジックバッグから作り置きしておいたクッキーを取り出し、「よかったら食べて」とちゃぶ台の真ん中に置く。一人の例外もなく、喜んで食べていた。
これがきっかけになってくれたのか、ラピスに話しかける人物がいた。ネリネだ。
「ちょっとええか? オブシディアン婦人」
「ん、いいよ」
「紹介したい人が居んねん。うちの旦那なんやけど」
「…………わ、わかった」
男性は怖いが、ここで断るのが途轍もない無礼だということはラピスにもわかる。恐怖心を押し殺して、彼女は頷いた。
それでも独りで相対するのは自信がないので、視線でリリィに助けを求める。彼女は雑談相手のカンナに「ちょっとごめんなさいね」と断りを入れ、ラピスの許に来てくれた。
「ごめんねリリィ。カンナさんと話してたのに」
「いいわよそんなの。ラピス以上に優先することなんてないし、それはカンナもわかってくれてるから」
「リリィ……♡」
ラピスはリリィが好きだと再認識した。カンナにはあとで自分からも謝るとして、今はリリィだけを感じていたい。
ラピスはリリィの腕を取って身体を預け──
「………」
「………」
そこで2対の視線が自分に向けられていることに気がついた。無論、ネリネとルドベキアである。
幸いにしてその視線は微笑ましいものを見守るような温かいものだったが、いたたまれない気持ちになるラピスだった。
「そ、そちらがネリネさんの旦那さん?」
誤魔化すように早口で訊ねる。その気持ちはよくわかるネリネなので、さっきのは見なかったことにして話題に乗ってあげた。
「せや。うちの自慢の旦那や♡」
「初めまして、オブシディアン婦人。ネリネの夫のルドベキアと申します。よろしければルドとお呼びください」
ラピスが男性を苦手としていることを、ルドは知っている。なのでしっかり3メートル以上の距離を取り、穏やかな表情と穏やかな声を意識しての自己紹介だった。
その気遣いが嬉しかったので、ラピスはリリィの陰に隠れるのをやめた。
「初めまして、ルドさん。……ラピスラズリ・A・オブシディアンです」
「ご丁寧にありがとうございます。では俺は他のかたへの挨拶もありますので……失礼します」
本当に挨拶だけして、ルドは離れていった。
他のかたへの挨拶、というのが方便だということはラピスも気づいていたが、敢えて気づかない振りをするのが礼儀かと思って黙って見送った。
「どや? うちの旦那、めっちゃ気遣いできるやろ?」
「うん。ああゆう人を男前ってゆうんだろうね。わたしにはよくわからないけど」
「はっはー。それでええ。あんまりルドのよさに気づかれちゃあかなわんからな」
「だいじょうぶだよ。わたし、リリィとセラ一筋だから」
ラピスは再度リリィの腕を取る。魔女の面々の前でも堂々としているところ、イチャイチャレベルが上がっている。……イチャイチャレベルってなんだ。
「おっと惚気か? 見せつけてくれるのう! うちも負けへんようルドんとこ行くわ。ほなな」
ネリネは隅っこのほうに戻ると、早速ルドとじゃれ合い始めた。
その様子を見てラピスは柄にもなく、ちょっと負けてるかも? と察した。
「──姉さまー」
と、セラのお呼びがかかる。ラピスはリリィにカンナのところに戻るよう目で伝えてから、セラの許に移動する。いつの間にかホルンもその輪に混じっており、エリカとルピナスも含めた4人で談笑していたようだ。
「はいはい。なに?」
「いえいえ。エリカさまに可愛いお姉ちゃんを自慢したくなっただけですの」
「どおスか? エリカさま。めっちゃ可愛いでしょう? ウチらのお姉ちゃん♡」
「ええ~。とても可愛らしいわね~」
間延びした声で褒められる。最近では無意味に謙遜したり、否定したりしないよう教育を受けているラピスは、真っ赤になって照れた。
「え、えっと、こおして話すのは初めてだよね。エリカさん」
「そおね~。可愛いお姉ちゃん~♪」
「可愛いお姉ちゃんはやめて!」
「いいじゃないの~。あ、クッキー美味しかったわよ~」
妙にマイペースなお姉さんだ。ラピスはそんな印象を抱いた。しかしセラとホルンが仲よく話しているところを見るに、魅力的な人物なのだろう。
…………そう思っていた時期がラピスにもあった。
「姉さまは高いところが苦手でして、絨毯で移動するときはわたくしかリリィ義姉さまにぎゅっと抱きついてくださるんですのよ♡」
「そおなの~。可愛いわね~♪」
「ラピスお姉ちゃんはめっちゃシスコンで、ウチのことも甘やかしてくれるんス。一緒の布団で寝ると一晩中抱いててくれるんスよ♡」
「そおなの~。可愛いわね~♪」
「ラピスちゃんの可愛さは誰もが知るところだけど、注目してほしいのはその内面だし。料理にもお菓子にも食べる人のことを考えた細かい気遣いがされてて……ああゆうのをできる女ってゆうに違いないし」
「そおなの~。可愛いわね~♪」
「………………」
なんだこれ? とラピスは思った。
なんだこの拷問。自分の目の前で、自分のことを褒めそやす言葉を聞き続ける。恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
見る限りエリカは全てわかった上で、3人から褒詞を引き出しているように見える。誰にも気づかれないタイミングでこちらを見ては、ニヤリと意地悪に笑うのがいい証拠だ。
来る場所を間違えた。リリィについていけばよかったと、ラピスは本気で後悔した。
「(……エリカさんはドS……!)」
魅力的な人物という第一印象を払拭し、ラピスは要警戒リストにエリカの名を刻んだ。




