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この世界に新しいカップルが誕生したころから少し時は遡り。
もう一組のカップルはというと──絶対服従の名目の下にデートをしていた。
大型の動物は生息していない長閑な山にて。ラピスとリリィは腕を組んでハイキングと洒落こんでいる。
天気は快晴。というよりリリィが魔法で雲を根こそぎ吹き飛ばした。
動きやすい靴も履いてきたし、お弁当の用意もばっちり。楽しみすぎて昨日はあまり眠れなかったけど、リリィの魔法のおかげで体調も万全だ。
だが、なぜかリリィの顔色が優れない。いつまでも真っ赤なままだ。
さすがに心配になってラピスは声をかける。
「リリィ。だいじょうぶ? デートだからって無理とかしてない?」
「だ、だいじょうぶよ。体調なんて魔法でどおとでもなるし」
「うん、だよね。でもなんでそんなに顔赤いの?」
コテンと首を傾げるラピス。
リリィはそっぽを向いて答える。
「…………い、いつ、ぱんつ脱げってゆわれるのかしら?」
「ゆわないよ!?」
予想外の台詞に驚くラピスだった。
「ゆ、ゆわないの? こんな短いスカート履かせるから、てっきり……」
「その発想にびっくりだよ。むしろなんでそう思ったの?」
「だって昔読んだ小説にそんな展開があったから」
「ふぅん。まァわたしはそんなことゆわないよ。そのメイド服以外に命令するつもりもないし」
「へ? ないの?」
「うん。リリィのメイド姿を見れたから満足♪」
ラピスは幸せそうに笑って、リリィの腕を一層強く抱く。
そんな感じでイチャイチャラブラブと山を登り続け、1時間くらいで頂上に到達した。
頂上は絶景だった。
周りの山々の木々は鮮やかな深緑に染まり、晴れ渡った空の蒼に映えている。遠くには湖も見えて、太陽の光をキラキラと反射していた。
「いやァ、絶景ね。ちゃんと自分の足で登ってきてよかったわ」
「本当にね。絨毯で頂上に着陸とか、正気の沙汰じゃないからね」
「……もう二度とゆわないわ」
凹むリリィから離れ、ピクニックシートを敷く。リリィはマジックバッグからクッションを取り出し、そこに置いた。
そのクッションを背もたれにするように、ラピスは腰を下ろす。リリィは彼女に凭れかかるように座った。
「あれ? 今日はリリィ、甘えん坊?」
「ええ。以前にセラちゃんがやってたの見て、羨ましかったから♪」
「ゆってくれればいつでもするよ。でも、この後交代だからね?」
「わかったわ」
その体勢のまま景色を眺めたり、雑談をしたり、なにをするでもなくボーっとしたり、ふわふわとした時間が過ぎていく。しかしその時間は決して無意味ではなく、互いに向けられる愛情を感じ取る、大切な時間だった。
「──ねェリリィ」
「なに?」
「結婚式、こおゆうところで挙げたいな」
「あたしも、そう思ってた」
ラピスの提案に、リリィは微笑んで同意する。
リリィは振り返って目を瞑る。それだけで察したラピスは抱きしめる力を強めて、恋人の唇にキスを落とした。
「……幸せだね」
「……そおね」
止めるもののいないこの空間で、二人は深く、互いの体温を交換しあった。
太陽の位置が中天に差し掛かり、彼女たちはようやくキスをやめた。
「あ、あはは。ちょっと調子に乗りすぎたかな」
「え、ええ。歯止めが効かなかったわね」
照れたようにはにかんで身体を離す。二人とも顔がほんのり赤かった。
「──…お、お弁当食べようか?」
「そ、そおね。お腹も空いたし」
ラピスが自前の風呂敷から弁当を取り出す。マジックバッグに容れてもよかったのだが、ここは様式美にこだわった。
「ちなみにお弁当とゆう文化は東の島国発祥です」
「流石ね、東の島国。機能的だわ」
弁当の中身は定番のおにぎりとサンドウィッチ。他にも卵焼き、ウインナー、ロールキャベツ、カレイの煮付け、ポテトサラダ、カボチャの煮物。ラピスなりに冷めても美味しいものを詰めこんだ。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
食事前の挨拶と同時に、リリィが弁当を魔法で温めた。
「………」
せっかくメニューに気を遣ったのに、とも思ったが、温かいほうが美味しく食べれるので、苦情はぐっと呑み込んだ。
「ねェラピス。一度あーんってやってみたいんだけど、いい?」
「あー、そういえばしたことなかったね。やってみよっか」
「ふふ、じゃあはい。あーん」
「あーん」
箸で掴んだ卵焼きをラピスに差し出す。彼女はそれに雛鳥のように食いついた。
「美味しい?」
「……うん。わたしが作った卵焼きの味がする」
「あーんの効果は?」
「…………ないかな」
「えー」
唇を尖らせるリリィ。ラピスはお返しにと、ロールキャベツを箸で掴む。
「はいリリィ。あーん」
「あーん」
もぐもぐと咀嚼。
「どお?」
「……いつも通り美味しいわ」
「あーんの効果は?」
「…………ないかも」
「でしょ?」
この相手に食べさせるあーんという行為は、彼女たちにはあまり向いていなかったらしく、以後気が向いたときにしかやらなくなった。
そもそも彼女たちはすでに、あーんよりも進んだことをいくつも経験している。今更こんなことをする必要もなく、ベタベタとスキンシップをしていたほうが有意義だった。
食事を終え、再びイチャイチャし始めるラピスとリリィ。髪を撫でたりうなじを舐めたり、指を絡め合ったり胸に顔をうずめたり、やりたい放題だった。
今度は然程時間を置かずに、二人とも我に返る。
太陽の位置を見て、ラピスはリリィに訊いた。
「今何時?」
「えっと……」
懐から時計を取り出す。
「1時半ね」
「じゃあ今から行けばちょうどいいかな」
「そうね。行きましょうか」
ピクニックシートや諸々を片付け、マジックバッグにしまう。それから空飛ぶ絨毯を取り出した。
「下山までが登山じゃないの?」
「なにゆってんの? リリィ。下山は下山だよ」
「……釈然としないわ」
絨毯に乗り込み、ラピスはリリィにぎゅーっと抱きつく。
しばらくしてからポンポン、とリリィの背中が叩かれた。覚悟を決めたという合図だ。
それを待ってからリリィは絨毯を飛ばす。
向かう先はいつもの街。
予約していた“あの店”で用事を済まして、その後は買い物デートだ。




