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その凛とした声に振り向けば、そこには見たこともない美人が立っていた。
誰だろう? とセラが首をひねっている間にも、事態は進行していく。美人はずかずかとセラと門番の間に入り、威圧的な態度で門番の胸に人差し指を突き立てた。
「いいかい? 門番くん。君の仕事は悪人を街に入れないようにすることであって、善人を泣かせることではないんだ。仕事に真面目に取り組むがあまり、勢いで彼女に詰め寄ったというだけならまだわかる。だが君は少女を泣かせたにもかかわらず謝罪の1つもない。それは男としてどおなんだい? なあ? 門番くん。そもそも、だ。仮に怪しいと思ったのならなおさら先に声をかけるべきだろう? 不意を突いた拍子に、君のゆう危険物が爆発したりしたらどおするつもりなんだい? その辺りにもまったく配慮が足りていない。まァ色々ゆったが、要約すれば1つだけだ。──女の子泣かしてんじゃねェよ、下衆め」
「!!!?」
長々と喋ったのち、美人は門番に向けて尋常ではない殺気を放った。門番は殺気に耐えられず、呆気なく意識を手放す。
ドサリと仰向けに倒れた彼を冷たい視線で見下ろすと、美人は雰囲気を一変させてラピスたちに振り返った。
「──やっほい二人とも! 結婚式以来だねっ。元気してた?」
変わりすぎだった。
本当に今の殺気の主と同一人物なのか、ずっと見ていたセラでさえ自信がなくなってきた。というよりも──
「──…結婚式以来……?」
ラピスを抱きしめながらセラは呟く。
この美人が人違いをしていないのなら、結婚式というのはラピスとリリィの結婚式のことだろう。そして先程の殺気を踏まえて考えると正体は魔女なのだろうが、セラは見憶えがなかった。ラピスに訊ねようにも彼女はグロッキー。失礼を承知で目の前の美人に直接訊ねるしかないようだ。
「あ、あの……すみません。どおにも思い出せなくて。──どちらさまでしょうか?」
申し訳なさそうな態度を全面に出しながらセラは訊ねる。美人は怒るでもなく、「やっぱわかんないよねっ」と朗らかに笑った。
「あたしあたし。ダリアだよん♪」
「ダリアさま…………え? えっと……変わられましたね……」
ダリアが結婚式に参列したときは、赤とピンクの間のような色合いの髪をショートカットにした、10代にも見えそうな美少女だったと、セラは記憶している。あと特徴的だったのは、頭に差した綺麗な花飾りだ。
しかし目の前の彼女は、髪の色と花飾りこそ同じだが長さが違う。腰に届きそうなくらいロングヘアだ。半年足らずでここまでは伸びないだろう。
それに見た目年齢も違う。今の彼女はパッと見25~26歳に見える。化粧でどうにかできるレベルを超えているだろう。
セラの疑問にダリアは「にはは」と快活に笑った。
「魔法で外見を変えてるんだよん♪ 子供っぽい見た目じゃ嘗められるしねっ。言葉遣いもそれ相応にしてんだけどどお? 違和感とかなかった?」
「あ、はい。だいじょうぶですわ」
なにがだいじょうぶなのかはわからないが、とりあえずセラは頷いた。
「にはは、ありがとう♪ さて、立ち話もなんだし街に入ろ♪ よく行くカフェがあるからそこに行こうよ。魔法かけてあげるから、お姉ちゃんを背負ってあげて?」
「あ、はい」
ダリアは無造作にセラに身体強化の魔法を施す。終始ダリアのペースだ。
若干人見知りの気があるセラは、諾々と従うだけだった。
場所を変えてカフェの個室。
人に見られる心配がなくなったのでダリアは魔法を解き、元の姿に戻った。なぜか服まで縮む。どんな原理かはわからないが、魔女のすることなので考えるだけ無駄だろう。
ラピスは一言も喋らず、ずっとセラに抱きついている。嬉しい気持ちもあるが、原因を考えると素直に喜べないセラだった。
「では改めまして! ダリア・S・ガーネットだよん♪ よろしくねん♪」
「セラフィナイト・A・オブシディアンと申しますわ。よろしくお願いします。それから先程は助けていただき、ありがとうございました」
フルネームで名乗ることが極端に少ないので忘れられがちだが、これが今の彼女の本名だ。
「…………ラピス」
ラピスのこれは自己紹介なのだろうか? 必要最低限しか喋っていない。
恐怖に震える今は仕方ないのかもしれないが、それなら可愛いのをやめてもらいたい(無茶振り)。
注文した飲み物が到着し、店員が下がる。ドリンクを一口飲んで、ダリアは切り出した。
「んで? 『ララちゃん』はどおしちゃったの? 『フィーナちゃん』」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいまし! 誰ですの!? それ!」
いや、本当に誰だ。
「? ラピスラズリだから『ララちゃん』で、セラフィナイトだから『フィーナちゃん』だよ?」
「………………」
感性が独特すぎる!
セラはそう叫びそうになったが意思の力で堪えた。自分でもよくやったと褒めたくなるくらい意思の力を使った。
初対面の人に文句を言うことなど、社交性のないセラにはできやしない。仕方がないのでため息を噛み殺して「……それでいいですわ」と言った。
「そお? じゃあ話戻すけどララちゃんはどおしちゃったの?」
「姉さまは男性が苦手なので──」
セラは自分に抱きついているラピスを撫でながら説明する。ラピスは未だに身体の自由が効かないようで、飲み物にも手をつけていない。ひっしとセラにしがみつくのがやっとだ。
セラの説明とラピスの現状で、否応なくそれが真実だと理解させられる。ダリアは何度も頷いた。
しかし困ったことになった。
この街の男女比は半々くらいだが、素行の悪い者が多い印象がある。あくまでもダリアの主観だが、そこまで間違ってはいないだろう。
そんな街を、この可愛らしい姉妹だけで歩かせることができるだろうか? いや、できない(反語)。
普通に歩くだけでもナンパなどに引っかかりそうなのに、その上片方は男性が苦手ときている。
ここは大人として、二人の保護者を務めよう。ダリアは殆ど考えることなく、その結論に至った。
「なら街を出るまで、あたしがボディーガードしたげるよっ。大船に乗ったつもりでいて♪」
「助かりますが……ダリアさまはよろしいのですか?」
「全然へーき! それにリリィさんのお嫁さんをほっとくわけにもいかないしねっ」
「………。……すみません。よろしくお願いしますわ」
セラのほうも、実質殆ど考えていない。ラピスがこうである以上、取れる方法は街を移るかダリアに頼るしかないのだ。
そして、ラピスの望みを叶えるのであればダリアに頼るのが最善。その結論に至るのは、そこまで難しくはなかった。
「うんうん任せて! この街は可愛い服がいっぱい売ってるからね♪ 案内だってできるよん♪」
ダリアのその発言で暗く澱んでいたラピスの瞳が、光を取り戻したような気がした。




