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カジノの入り口では入念なボディチェックを受けた。カードや磁石など、イカサマに使えそうなものの持ち込みを厳しく制限しているのだとか。
ルールなので仕方なく受けたが、他の女性が自分の妻にベタベタと触るのは、お互い面白くなかった。
ちなみに、いくらでもものを隠せそうなマジックバッグは、一時的にリリィの魔法の内ポケットにしまっている。中をあらためられたとき、言い訳のしようがないからだ。
代わりにマジックバッグの中に容れておいた普通の可愛らしいバッグを肩にかけ、カムフラージュとした。
ボディチェックと荷物チェックが終わって、ようやく中に入れる。入るや否や、二人は腕を組んだ。
うっすらと、自分以外の女の匂いがする。ラピスとリリィは今出てきた方向を睨み、チッと舌打ちをした。ガラがわりィ。
まァ仕方ないと無理矢理割り切り、目の前の異空間に意識を向ける。
そう、異空間だ。
そこはラピスが未だかつて見たことがない程にきらびやかで、賑やかだった。
チカチカと光るネオンライト、やかましくない程度に鳴り響く音楽、結果に一喜一憂するゲスト。
それらが下品ではない形で融合し、一種の異空間を形成している。一言で言えば楽しそうだった。
「おおォ! 初めて見るものがいっぱい! めっちゃ賑やか!」
「あたしは久しぶりね。ここじゃないけど、ギャンブルができて間もない頃に荒稼ぎしたことがあるわ。えっと……600年くらい以前かしら?」
「相変わらずスケールおっきいねェ。じゃあリリィ先輩、詳しく教えて♪」
「せ、先輩……。……ふへへ♪」
満更でもないリリィ。アイリスから呼ばれる“先輩”とは、また別の趣があった。
表情を引き締めて──引き締めたつもりになって、リリィはラピスを伴い、ここでしか使えないコインを購入する。チップというらしい。
それから真ん中にあるテーブルへ。女性が多い区画を選んでそこに座った。
「で、リリィ先輩。これはどんなゲームなの?」
「リリィ先輩はやめてちょうだい。変な気持ちになるわ」
リリィはやんわりとラピスを窘める。今言った通り、変な気持ちになるのだ。
「じゃあリリィお姉ちゃん」
「普通に呼ぶって選択肢は!?」
「あはは。からかいすぎたね。で、どんなゲームなの?」
「これはブラックジャックね。詳しい説明はその都度するけど、究極的には手持ちのカードを21に近づけるゲームよ」
深く頷くラピス。テーブルをよく見ればルールの説明書きがあったので、それもよく読んだ。
ざっくりだがルールは理解した。練習がてらやってみる。
リリィはいくら使ってもいいと言うのだが、ラピスは自分のお小遣いの範囲で楽しもうと決めていた。
とりあえず最低ラインの参加料を場に置き、配られたカードをめくる。数字は8。
「微妙なカードが来たわね」
「そおなの? でももう1枚貰うしかなくない?」
「あたしだったら降りるわ」
「──…上級者っぽい……」
今はラピスの練習中なので、リリィも過度なアドバイスはしない。結局続けることにして、ラピスはもう1枚カードをめくった。数字は4。
「ほら。順調だよ」
「………」
「なんでそんな苦々しい顔してんの?」
ラピスは気づいていないが、リリィは8割方負けると思っていた。
まァ降りようが負けようが、失うチップに大差はない。ラピスの好きなようにやらせることにする。
もう1枚めくり、結果は絵札。これは10としてカウントされる。
つまりラピスの手札は合計22。ドボンである。
「なんで!?」
「そりゃそおでしょ。確率論で言えば、10が来る確率が1番高いのよ?」
「…………むー」
頭の回転が早いラピスのことだ。そんなことはとっくに理解していたはずだが、不満そうな態度は隠せていない。
というか、なぜこんなにも自信満々だったのか。
「──わたし、運はいいほうなのに」
「根拠それだけ!?」
随分と薄弱な根拠の下、勝負していたらしい。ラピスのことは大好きだが、さすがに呆れて物も言えないリリィだった。
それからも何度か繰り返す。負けが混んできたところで「これはわたしと相性が悪い!」と謎なことを言ってゲームを変える。
なお、リリィは手持ちの額が1.5倍くらいになっていた。金額に直すと、一般人が一月暮らせる程度のお金をこの短時間で稼いだことになる。
自己申告に偽りはなかった。
続いてポーカー、ビンゴ、スロット、ルーレットと挑戦していくも、ラピスはその悉くで負ける。ゲームで遊ぶためにきたので勝ち負けにはそこまで拘らないのだが、ここまで負けると話が別だ。ラピスは結構不機嫌になっていた。
なお、リリィは手がつけられないくらい大勝ちしていた。チップが堆く積み上がっていて、周囲の注目を集めていた。
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。結婚して以来、沈黙を気まずいと思ったのは初めてだった。
「えっと……」
「リリィ」
「……はい」
「わたし、ゲームよわい」
ラピスは無表情で、声にも抑揚がない。その容姿も相俟って、人形のようで不気味だった。
「よかったね。わたしにできないことあったよ」
「あー、ラピス? あたしが勝ってるから、そのお金で美味しいもの食べに行きましょ?」
「そだね。これいじょうつづけてもそんするだけだし」
「…………ごめんね?」
リリィが悪いわけではないのだが、なんとなく雰囲気的に謝る。そこまで間違った判断ではないだろう。
チップを現金に換金する。かなりの大金なので時間がかかった。
それを受け取って普通のバッグに容れる。質量的にギリギリでめちゃくちゃ重い。リリィは身体強化の魔法を施してバッグを背負った。
「よし。じゃあ行きましょうか」
「あまいものがたべたい」
「いいわね。でもその前に喋り方戻しなさい」
「ん。……甘いものが食べたい」
「よし。個室のある店を探しましょ」
ラピスとリリィは手を繋いでカジノをあとにする。
こうして、ラピスのギャンブルデビューは失敗に終わった。




